2009.09.23

09・09・23 御殿場でゴルフの新境地に踏み込む

DSCF6192太平洋クラブ御殿場コースの18番ホール。約480ヤードと比較的短いパー5だが、グリーン手前を大きな池がガードしている。池の左側に十分な幅のフェアウェイがあることはあるのだが、全面的に右に傾斜しており、転がって来た球を池へ池へと導く仕掛けになっている。従って多くの場合セカンドで池の手前の広々としたフェアウェイに刻み、サードで池越えの100ヤード前後を打つ攻略パターンが推奨されるわけだ。

それでよいのなら何もティーショットでドライバーを振り回す必然性はないのだが、いつも頑張って飛ばしに行くのは、ひょっとしたらセカンドで冒険をするチャンスに恵まれるかも知れないという期待があるからだろう。

090921御殿場#18先日がちょうどそういう日だった。ティーショットがまずまずで約230ヤード飛んだ。しかも、あのコースの左半分を無効にしている巨大なお魚バンカーの右側のフェアウェイ中央に運ぶことができた。この位置からだと、2オンは私の飛距離では無理だが、池の左の花道は攻めやすい角度になる。

バフィーで打った球は狙い通りグリーン左手前のバンカー方向に低くまっすぐ飛んで行った。200ヤードは行ったと思う。

行ってみると球はフェアウェイだ。爪先下がりのライではあるが、二段グリーンの下の段に切られたカップに向かって、池はもはや視界になく、やや下りの花道が続いていた。距離を歩測すると40ヤード。こんなに易しいルートが隠されていたのかと思った。馴染みの店で今まで知らなかった特別席に通されたような気分だった。

アプローチはピッチショットではなく8番アイアンでのランニングを選択した。これがピン左奥2メートルに着いた。ワン・パットで決めればバーディという微かな下りのストレート・ラインが残った。結果はわずかに外れてタップ・インのパーではあったが、このホールを初めて完璧に攻めることができたという満足感を味わっていた。

そして御殿場コースでの私の自己ベストを3打更新する81のラウンドが完成したのだった。

改めてスコアの中身を分析してみると、パーが10個、ボギーが7個、一つだけダブルボギーであり、非常に安定していたと言える。ダボが一つだけというラウンドは私にとっては稀である。

パット数32は上出来の方だが、言うまでもなく一般的には決して少ないとは言えない。良かったのはショットだ。

49打というショット数はこのコースでの私の最少記録タイで、これが記録の土台を固めたのだと思う。パーオンは7回でフツーだが、グリーンを外したあとの30ヤード以内からの処理に無駄がなかった。バンカーに5回もつかまるという、本来ならスコア的には苦戦を強いられる状況だったのだが、凌ぐことができた。

意識して8番アイアンの転がしを多用したアプローチはほとんどがワン・パット圏内に寄った。だが、パーセーブできたのは11回中4回だけだから、やはりパットはいまいちだったことになる。スティンプ・メーター9.5フィート以上と思われる高速グリーンをよく把握してはいたが、微妙に外した悔しいパットが多かった。

ベン・ホーガンの言うfundamentalsを守ってスウィングするようになってから目に見えてショットが安定して来た。グリーンを外したとしてもピンから半径30ヤード以内に収まる確率が高くなった。従ってあとは30ヤードから2打でまとめる「技術」を固めることができれば79打以下で回ることも現実的になってくる。仮に18ホールの全てでグリーンを外しても、11ホールでパーセーブできれば79だ。つまり30ヤードから約6割の確率でパーを拾う「技術」があればよいのだ。

じつはこの日は、スタート前からこの確率を考えていた。アプローチの練習場でピッチングと8番とを比較してみたところ、今の私の技術では8番の方が圧倒的に寄ることが判ったのだった。結果的に成功率は11分の4で36%だったが、この技を磨こうという明確な目標意識が芽生えた、私にとっては画期的なラウンドだったのだった。

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2009.08.23

09・08・23 コーヒー・ミルのオーバー・ホール

使い始めて約40年になるコーノのコーヒー・ミルをオーバー・ホールした。

最近なかなかいいコーヒー豆に出会わない。そもそも、いつのまにかスタバ・タリーズ文明に毒されて、炭のようなコーヒーを平気で飲むようになってしまったことに味覚の危機を感じていた。

昨日、たまたまいつもと違うスーパーで買い物をして、久しぶりにキャラバン・コーヒーを見つけた。かつてよく飲んだこのブランドなら大丈夫かも知れないとゴールデンキャメルというのを買って帰った。

今日、この豆を挽くにあたって、最近の深煎りの豆の成分がベットリとこびりついているに違いないミルをきれいに掃除しようと思い立ち、久しぶりの分解掃除となった。解体して部品を洗剤で洗ってドライヤーで乾かしただけ。緩んでいたネジもしっかりとめた。それだけのことである。そのスライドショーである。

スライドショーのBGMはNAXOSのシモーネ・イアンナネッリ作曲のイタリアン・コーヒーNo.5 "L'ultimo Caffe insieme"。YouTubeにも音源がある。

そして、やおらゴールデンキャメルを挽いた。ミルの音も乾いて軽やかである。

一口飲んで炭地獄から解放されたことがわかった。キャラバンの説明を読むと、これは日本のコーヒーが「アメリカン」という軽いコーヒーに傾いていた1970年頃に、その対極のコクのある味わいを提供して高い評価を受けていたコーヒーだとのこと。偶然だがスウィートスポットをヒットするコーヒーに出会った、というか再会したにちがいない。

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09・08・23 選挙カーの声が無い「振り逃げ解散」総選挙

我が家の近辺では、昨日も今日も、選挙カーの声が全く聞こえない。聞こえるのはミンミンゼミとカラスだけ。こんなに静かな選挙がこれまであっただろうかと考えるほど。候補者たちは人出の多い場所を選んで活動しているのだろうか?住宅街には「最後のお願い」の段階でやって来るのだろうか?

もっとも、いまさら来られてもむだで、こっちはもう期日前投票をすませてしまった。

この半年余り、首相は支持率をみて解散のタイミングを計って来たのだろう。好球必打を自らに言い聞かせるバッターのように。

首相就任直後の10月には解散予定記事らしきものが文藝春秋に掲載されたが、あそこで一回目の解散空振りがあったのではないか。

その後、漢字が読めない問題が表面化して状況は悪くなる一方だったが、小沢代表の秘書逮捕という絶好球が来た。しかし、国策捜査という八百長疑惑を恐れてか解散しなかった。これが二回目の見送り。

民主党は電光石火の代表交代劇でこの窮地をしのぎ、勢いを取り戻した。だが、鳩山新代表の「故人献金問題」が暴露され、首相にしたら久しぶりの甘い球となったが、またもや見逃し。

いつまでたっても支持率が解散を勇気づけるほどまでには回復しなかったために、好球も見逃し続けて、野球ならこれで三振バッター・アウトだ。

ところが麻生首相はそのあとに衆議院を解散して一塁ベースに向かって走り出した。三振振り逃げである。

今回の選挙は、最後の詰めで、民主党が一塁に正確な送球をやり遂げることができるかどうか、それとも麻生首相が奇跡的に一塁ベースに先に駆け込むかという戦いになった。

今朝の政治討論番組に出演した麻生太郎氏の表情をみるかぎり、あまりdesperateな感じを受けなかった。彼なりのダンディズムなのか、それとも、もう間に合いっこないと思っているのか。

「ホップ・ステップ・肉離れ」の民主党に何かが起きるのか起きないのか、選挙戦最後の一週間が注目だ。

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2009.08.16

09・08・16 ドライエージング・ビーフ

三十数年前、マンハッタンのギャラガーズというレストランで食べたステーキがとても"アメリカン"だった。もちろん鉄板焼きではない。肉質も霜降りではない。食感はトロけない。肉の歯ごたえがある。そして何よりも新鮮じゃない!熟成させた肉なのだ。店の中から黒っぽい熟成中の肉がガラス越しに覗けるようになっていた。

日本流の鉄板焼きは焼いてはいなくて、鉄板と肉の隙間の蒸気で肉を白っぽく蒸してしまうのがイヤだ。歯ごたえのないトロ身は肉を食べた実感がない。ニューヨークのステーキは野蛮だが懐かしい。そういう肉のステーキを日本で食べたことがない、という話をしたら、日本でも買えるよと、ある人が教えてくれた。ドライエージングという熟成方法がミソなんだそうだ。早速、通販の店を探して買ってみた。いわゆる霜降り高級和牛に比べたら価格は安いと言ってよい。その記録がこのスライドショーである。

スライドショーのBGM(Naxos)The Roast Beef of Old England 他にYouTube版もある。その歌詞などのwiki
まずは厚さ3cmの肉をローストビーフのように焼いてみた。焼き方を色々と工夫してみたいところだが、そのつもりで買ってあった2枚目の肉は、いつのまにか冷蔵庫から姿を消していた。うちの息子が肉好きだということを計算していなかった。

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09・08・16 看板をくわえるトウカエデ

DSCF5195あざみ野で見つけた街路樹のトウカエデは看板をくわえていた。フェンスや手すりが幹にめり込んでいるのならよく見掛けるが、こういうのは初めて見た。

おそらく、はじめは生ゴミ収集場所の目印としての看板をトウカエデの幹に釘か何かで止めたのだろうか。街路樹として植えられた当時は支柱もあったはずだ。看板の上の縁をくわえ込んでいるように見える瘤はその名残かも知れないな。それから何年経ったか知らないが、今では幹から黒い手が伸びて看板がずり落ちないように押さえているかのようだ。自然と文明とのせめぎ合いの最前線がここにある、とも見える。DSCF5196

あざみ野名所の一つにノミネートしたいところだが、生ゴミ云々の看板がいただけない。街路樹は横浜市の資産であり、そこに横浜市の業務連絡の看板を持たせて何かいけませんか?と言われれば文句はないのだが。

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09・08・16 久しぶりのアケビ結実

隣の家の玄関わきのアケビに実がついているのは数週間前から気付いていた。アケビは自家受粉しないので我が家のアケビがお役にたったのかも知れないなと見ていた。ウチのアケビだって4月には有り余るほどの花をつけていたのだから。

DSCF4517

見た目には無数のたわわな実りを期待させるのだが、アケビの花は99パーセント実にならない徒花である。新製品開発の成功率より低い。もしやアケビちゃんも、毎年わかりきった同じような実を付けるルーチンに飽きて、あえて毎年微妙に違う新しいタイプの実を成らせようと余計な工夫をしているのではないか?職人になりきれないアケビなのだ。ムベとアケビは何かと比較されるが、ムベはまるで職人のように確実に実をつける。その確度はアケビの何十倍もあるように感じる。

隣に実が付くなら花粉のブツブツ交換(ツブツブ交換か?)でウチのにも実が付いてもおかしくない、という期待があった。ただ我が家のアケビはヘクソカヅラとレンギョウとジャノメエリカに絡まれて(どっちが?)小さな青い実がついても見つけにくい。面倒なので、秋になって薄紫の大きな実に突然気付くのも悪くないだろうと考えて、あまり探さなかった。

DSCF5481

そして先日、ガレージでクルマを降りると頭のすぐ上にまだ小ぶりの実が静かに垂れ下がっていたのだった。いやあ、お久しぶり。庭のボケに絡んでいる株には以前大きな実がついたが、玄関側の株に実がついたのはこれが初めてだ。

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2009.08.15

09・08・15 アマは考えがアマ~い

太平洋クラブ御殿場コースの16番ホールは401ヤードのパー4。

「ドッグレッグの角にある高い木が250ヤードです」とキャディが言う。

そんなにあるか?と一瞬思ったが、いつもと違ってバック・ティーからやっているので、そうかも知れない。確かに、急いで考えてみても、曲がり角のところにグリーンまで150ヤードの標識があることは何度もプレーしているのでわかっている。401ヤードから150ヤードを引けば残りは251ヤードだ。なるほど。

例によってベン・ホーガンの教えに忠実に右手フィンガー・グリップを確認し、ワッグルを2-3回やってヘッドの軌道を確認し、スウィングした。

ドライバーは、めずらしくダフリもせずトップもせず、ほぼ芯に当たった。球は軽いドローの軌道を描いてフェアウェイ中央に飛んで行った。あとちょっとで奥のバンカーに突っ込みそうに見えた。

余りにもいい感じだったので、飛距離を歩測してみると、木から28ヤードあった。ということは250+28で278ヤード?!。このホールは二打地点まではフェアウェイがほぼ平坦なので、飛距離の実力を知るのに適している。そうか、ベン・ホーガン師匠の教えを守ると、ふだんは230ヤードぐらいしか飛ばない私でもこんなに飛ぶのかと喜んだ。とりあえずはね。

しかし、帰宅してよくよく考えるうちに、だんだんとそんなに飛ぶわけないぞ、という気がしてきた。プレー前の約4週間は全くラウンドをせず、歩く機会も少なかったから下半身はむしろ弱っていたはずだ。

そこで、当日のGPSロガーのデータを詳細に点検してみた。ログは5秒間に1回ずつ記録されている。

Gotemba#16

ショットをするために立ち止まった地点は、少なくとも数個のデータが近くに重なっているので、プレーの記憶とも照合することで、だいたい特定することができる。これで1打地点と2打地点がわかる。

その2地点の距離をGoogle Earthの定規機能で測定した。すると、あのナイス・ショットの飛距離はせいぜい240ヤードだという結論になった。どう頑張っても278にはならない。

この数値にはとてもリアリティがある。実測という説得力がある。でも、ちょっとばかりの悲哀感もある。やっぱりダメなのね。自分の能力の真実を知らないのがアマのアマたる所以である。

ところで、全米プロ選手権に出場した17歳の高校生プロ石川遼くんはギリギリではあるが予選通過をはたした。40歳の藤田選手はもっと上位で通過したが、片山選手や今田選手でさえ落ちたのだから、堂々たる快挙である。USPGAのサイトによると、4大メジャー予選通過の最年少記録は1952年のマスターズでのトミー・ジェイコブズの17歳1ヶ月だったので、遼くんの17歳10ヶ月は及ばない。しかし、このPGAツアー選手権に限れば彼が史上最年少だと特筆している。米国基準でみても快挙なのだ。

ゴルフをするオジサンたちはミネソタ州からの深夜の生中継を観るものだから、ゴルフ場でも朝の挨拶はみんな「いやー寝不足でして」。でもオジサンたちはみんな彼の活躍に目を細めている。よく「彗星のように」現れたというが、この彗星はどんどん地球に接近しますます大きく輝き出しており、ひょっとして今世紀最大の彗星になるのかも知れない。

仮に楽に300ヤードを飛ばす遼くんが御殿場の16番を攻めるとどうなるのだろうね。定規でその球筋を描いてみた。ティー・ショットの方向がまるで違う。しかも、曲がり角の高い木の右側を林越えで行くのでひときわ高い軌道が求められる。ただし、実際のトーナメントでは使うティーがもっと奥になるので、こういうルートで打つことはないだろうが。

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2009.08.04

09・08・04 夏は甲州ヴィーニョ・ヴェルデ

このところポルトガルづいている。数年前にたまたま行った高輪台のポルトガル料理店が面白くて、ソムリエというより宣教師のようなBeppuさんにワインや料理を色々と教えてもらっている。ただ帰宅したころにはアルコールのせいで記憶が消滅していることが多く、また通うはめになる。
DSCF5293干しダラ(バカリャウ)料理を真似るのは手間がかかるが、イワシを焼くのは簡単である。先日近所のスーパーで新鮮なイワシが安いのに驚いた。いや、イワシとしては高いのかもしれない。よくわからない。しかし刺身に比べたらまちがいなく安い。これを見て、そうだ、これをポルトガル風に焼いてみようとひらめいた。

ワインはヴィーニョ・ヴェルデにしようと、同じ店のワイン売場を探した。けっこう品揃えが多いのだがポルトガルはダンが2種類ほどあるだけで見つからなかった。なけりゃ無くてもけっこう。この際、かねてあたためていた実験を敢行すべしと、炭酸水だけを買って帰った。

イワシよりワインが本題である。

DSCF5302甲州種のワインはほんとうにレベルが高くなったと思う。しかしながら、だからと言って甲州種をあえて選んで飲む機会が増えたとは思わない。ここがつらいところだ。

ワイナリーというと芸術品のような熟成高級ワインに注目が行きがちである。ビジネスとしてみると、じっくり樽熟成してから出荷するなんていうことは、ワインという形になった資金を1年以上も眠らせることを意味しており、なかなか恐ろしい話である。

高級ワインはブランドの確立には必要だが、ビジネスとしては、大量に消費される新酒にも取り組むことも大切であろう。仕込んですぐに出荷する新酒は間違いなく資本効率をよくするのだから。

ボージョレ・ヌーボーはそういう商品だが、ガメイ種以外のヌーボーは(私は好きだが)一般的にはマイナーのままだ。甲州ヌーボーもしかり。そこで、思うのが、甲州種によるヴィーニョ・ヴェルデである。

ヴィーニョ・ヴェルデ(Vinho Verde)はポルトガルの若摘みのブドウで作る低アルコール度数の微発泡のワインである。白も赤もある。ビールがわりにグイグイと飲む軽いワインだ。これが日本の夏のビールがわりになるワインなのだが、残念ながらあまり売ってないし、決して安いとは言えない。

DSCF5412日本の甲州種はそもそも食用ブドウがメインで、収量重視の栽培方法もあって、あまり糖度が高くない。これは高級ワイン作りのためには欠点だが、ヴィーニョ・ヴェルデ作りにはお誂え向きではないだろうか?ぜひどこかのワイナリーで挑戦していただきたいものだ。

とはいえ、それを待っていると何時までたってもさっき買ったイワシを食べることができない。そこで私は、甲州種のワインを炭酸水で割って、擬似的にヴィーニョ・ヴェルデを作りだそうというわけだ。

勝沼醸造のアルガブランカ・クラレーゼは12度ぐらいなので、ワイン2に対して炭酸水1ぐらいで8度ぐらいに薄まる。やってみると、おおむね、ヴィーニョ・ヴェルデ感を楽しむことができた。けっこうオススメである。ただし、炭酸水でも硬度があまり高いものは向かないように感じたことを付け加えておく。

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2009.05.31

09・05・31 或る日突然ベン・ホーガン

ゴルフとは極めてメンタルなゲームである。私はゴルフ歴38年である。別に今初めて気がついたわけではない。そんな話は何度も聞いた。しかし、何度も聞き流して忘れた。

ゴルフとは、大多数のアマチュアにとっては、週末の時間をやりすごす遊びのひとつにすぎない。しかし、プロは生活も名誉もそれが全てだ。

今日も大洗ゴルフクラブで行われた試合で、プロ17年目にして初優勝を遂げたプロが涙を流す映像があった。偶然の勝利だったら泣く理由がない。泣いたということは、その背景に長年の精神的・肉体的苦闘の日々があり、宿願成就の瞬間だったからだろう。

アマが仲間のコンペで優勝して泣くことはないだろう。アマはゴルフという行為をそこまで深く重く受けとめない。それがアマということでもある。

だから、なのだろうが、アマは、ゴルフについてプロが語る言葉をしっかりと受けとめていないような気がする。

今年は絶不調が続いていた。8回やって一度も90を切れていない。約4週間前、91を出しているが、翌日は98。どうにも90は当分切れそうにない客観情勢であった。スコアが悪いだけでなく、ショットの感じも全くつかめていない。例年シーズン始めは調子が出ないのだが、今年こそ!?このままズルズルとダメスコアが続くのではないか?そんな不安を抱えていた。

ところが昨日の30日、今年9回目のゴルフは、一の宮カントリークラブの西コース、いちおう6300ヤードで、IN-40とOUT-41の81が出た。たぶんこの2-3年のベスト・スコアである。

ダメダメの不安状況と81までの間に何があったか?

少なくとも肉体的には思い当たる変化は何もない。鍛えたというよりは、むしろ筋肉はだらけていた。唯一具体的な変化は、古いベン・ホーガンのレッスン書を拾い読みしたことだ。

"Five Lessons The Modern Fundamentals of Golf"は初版が1957年で、私が持っているのは1976年のreprint版。わずか127ページの薄いチープなペーパーバックは$1.95。ちょっと待てよ。これがあの水谷準訳の立派なハードカバーの「モダン・ゴルフ」の原書かい?こっちも持っているので本棚から引っ張りだして確認すると、サイズもふたまわりほど大きい当時定価1500円のこの本は、内容はまちがいなく同じだった。1958年初版で私の持っているのは1975年3月31日の第2版第8刷だった。

先週、紙が茶色く酸化しかけたベン・ホーガンの原書を30年振りに開いてみた。全くの気まぐれである。自分でもなぜなのかはわからないが、数多のレッスン書やゴルフ雑誌のページを捲る時とは心構えが違っていた。

その違いを説明するのはなかなか難しいのだが、この本は、単に売れるレッスン書を作ったのとは何かちがう。ベン・ホーガンという人物をゴルフの神がこの世に遣わした預言者だと見立てて、彼の口から語られた言葉を書きとめておこうと企画された書物、つまりゴルフの聖書のようなオーラがあるのだ。

どの世界にも預言者的人物がいたとしてもおかしくはないが、宗教以外となると、まさか彼や彼女が「神」の遣いだとは考えない。まして、プロ・ゴルファーである。早い話が大規模な賭けゴルフで生活をしている人々だ。その人の口から発せられた言葉を、発せられたまま最大限の敬意を払い受けとめて、心の中で咀嚼し反芻し、やがてそれを自身の心の中に宿し、自我との区別がつかなくなるまでに受けいれることがあるだろうか?

結論を急ぐと、ベン・ホーガンは、汝右手で打つなかれ、と言っていたのだ。本質は左右の手の力のバランスであるが、それを達成するために、右手のグリップは右の指で握ることを強調していた。インパクトの瞬間はプロといえども意識できない。それを右手でコントロールしようなどと考えてはいけない。不可能である。指で握ることによりクラブヘッドは身体全体の動きに呼応して自由に走るようになる。そうしておいてあとは正しい身体の動きを達成すればよい、というのだ。

このところ私は右手を使うことを考えることが多くなっていたのだが、それを絶対にダメだと言われたわけだ。

昨日、私が心掛けたのはこの一点だけ。右手は指でグリップし掌で握らないように注意する。ワッグルしてヘッドが自由に走る状態にあることを確認してからバックスイングに入る。ドライバーからショートアイアンまで、みんな同じ。たったこれだけで、あれほどワイルドだったショットが正気を取り戻し、一気に最近のベストスコアが出たのである。

ベン・ホーガンは誰でも70台を出せるとも言っている。ここはひとつベン・ホーガン教に帰依してみようと思っている。

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2009.05.06

09・05・06 「グラン・トリノ」は1972年Ford Gran Torinoだった

クリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」を観た。実にン?年ぶりの映画館である。アカデミー賞を取りそこなったこの作品が心の隅にひっかかっていた。ゴールデン・ウィークの自由時間に、ふとその気になった。

いまだに私にとって彼はローハイドのローディであって、監督として意識するのは初めてかも知れない、と思ったが「マディソン郡の橋」も彼の作品だったことを思い出した。あれもいい映画だったが、今回の作品にはもっと感動した、というより驚いた。

西部劇でカッコつけてたニーチャンが、といっても年齢的にはボクの叔父さんぐらいなのだが、久しぶりに会ったらどっぷりと純文学映画をやっていた。大きなテーマを映画らしい映画に表現する意欲と技量を見せつけられて、まるで昔の日本映画に再会した思いだった。みんな知っていたんだろうが、映画をあまり観ない私には大いなる発見となった。比較する必要はないが、つい愚痴のように言いたくなる。同じ晩年でも黒澤作品とは大違いだ、と。

題名の「グラン・トリノ」は1972年Ford Gran Torinoというアメ車のことだった。クリント・イーストウッドが演じる主人公のウォルト・コワルスキーは朝鮮戦争で13人は殺したという退役軍人である。帰還して、フォードの工場で働いていた。

その後アメリカの自動車産業は日本車に敗退して今にも潰れそうだ。ウォルトの馬鹿息子だってトヨタのセールスマンをやっている有り様だ。冗談じゃないと彼は思っている。

老いたウォルトは、アメリカ中西部のさびれ行く町で、毎日することもなくポーチに座ってPabst Blue Ribbonのビールを飲んでいる。

このミルウォーキーの香り高いビールは私の好みだったが、ブルー・リボンの名のとおり、ブルーカラー、すなわち工場労働者のビールだった。

隣人たちがいつのまにか東洋系ばかりになってしまった町から、彼が愛し誇りに思って来た「アメリカ」が融けて流れて消えて行くばかり。白人の若者も不甲斐ないやつばかりだ。

ウォルトは、いつも軒先に星条旗を掲げ、毎日、狭い前庭の芝刈りを怠らない。三十数年前、自分が工場の組み立てラインで部品を取り付けた「グラン・トリノ」を今も新車と見紛うばかりに手入れしている。その車はアメリカの栄光の象徴であると同時に、彼の人生の誇りそのものである。それを守ろうとひとりぼっちのささやかな抵抗を続けている。

しかし彼は老いて行くばかり。肺を病んでおり時々咳き込んで吐血する。アメリカが老いて病んでいるのだ。

ちなみに、クリント・イーストウッドは82年に制作した"Honkytonk Man"(たまたま「すご録」に入っていたので昨日観たが、これもいい作品だ)の中でも血を吐いているが、吐血に関するオブセションがあるのだろうか。

隣人の東洋人たちは嘆かわしいほどアメリカの価値を無視し壊して行く。それどころか彼らの価値観を辟易するほど押しつけて来る。

ある日、その隣家の東洋娘が白昼路上で黒人ギャングに取り囲まれているところを、通り掛かったウォルトが助ける。それが切っ掛けで、隣家との付き合いが親密に変化して行く。ウォルトは、それまで人種偏見の対象でしかなかった彼らが、自身の息子たちよりもよほど道徳的な人間であることに気付くようになる。

しかし隣家の親戚にはギャング集団がおり、東洋娘の内気な弟を脅して手引きをさせてウォルトの「グラン・トリノ」を盗もうとする。

いつのまにか東洋人隣家と親戚同様の付き合いをするようになっていたウォルトは、ギャング集団と一家の腐れ縁をなんとか断ち切ってやろうという意欲を燃やすようになる。そして、敵のアジトに踏み込みきついお仕置きを見舞う。

ところがそれが逆効果となり、一家はギャングたちからの過激な反撃に遇っただけでなく、東洋娘が暴行を受けるという事件に発展する。

責任を感じたウォルトはギャングを殲滅する計画を練る。ここにいたって内気な弟も命懸けの復讐を誓う。いよいよ彼がギャングたちを銃撃で退治する結末を期待するところだが、意外にも、ウォルトは丸腰でギャングたちの前に進み出て、彼等の無数の銃撃を全身に受けて死んでしまう。しかし、ギャングたちは警察の手で逮捕され東洋人一家の前から姿を消すことになり、計算通りに、ウォルトの目論見は実現する。

死後、ウォルトの遺言が発見され、「グラン・トリノ」は、実の息子たちではなく、東洋人隣家の内気な弟に与えられることになる。

ウォルトとの付き合いの中でようやくアメリカ社会を生きるに相応しい逞しさを身につけた若い東洋人が「グラン・トリノ」、すなわち「アメリカ合衆国」でありウォルトの魂でもある象徴を運転してミシガン湖畔を走るシーンで映画は終わるのである。

アメリカの現代を生き終えようとしている誰もが抱くであろう落日の思いがある。また、アメリカの未来に関する暗喩もある。これではいかん、という思いと、これでいいのかも知れないという思いとがアンビバレントに響き合い協和とも不協和とも言えないモダンな和声を紡ぎだしている。

サブプライムローンで金持ちは大儲けをしつつ大損をし、貧乏人は夢を見つつ夢破れ、アメリカの国力の象徴たる自動車産業をとうとう乗り捨てて、アメリカという国は黒人大統領のもと新しい国家に生まれ変わろうとしている。我々がこの現代を何十年か先に思い出すのに、この映画はきっと一つの道標になっているに違いない。

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2009.04.12

09・04・12 NAXOS MUSIC LIBRARYに寄り倒される

たまたまたどりついたこのNAXOS(ナクソス)のサイトで、お試しの無料試聴をしたのが運命の扉を開くことになった。

きっかけは、私のお気に入りで一緒にカラオケもしたことがあるジャズ・ヴォーカリストPinky WintersのCD"Rain Sometimes"で伴奏をしているRichard Rodney Bennettだ。聴くたびにこのピアノがとてもいいと感じていた。何者だろうと、たまたま今日、google検索した。

リチャード・ロドニー・ベネット (Richard Rodney Bennett) - 作曲家 ...A musician of great versatility, the English composer Richard Rodney Bennett studied in London with Lennox Berkeley ... In addition to his very varied work as a composer, he is also known as a pianist, not least in jazz performances. ...
で、NAXOSのこのページに連れた来られた。やはり、ただものではないことがすぐわかった。作曲家である。さもありなん。15分間の無料試聴で彼のJazzの弾き語りを聴くことができた。そんな音源に出会えるとは、想像だにしていなかった。これは凄いことだ!

NAXOSのCDはけっこう買って来た。あまり馴染みのない楽曲をとりあえず音だけでも聴きたいという時に、ここの膨大な品揃えは頼もしく、マイナーな作品でもけっこう見つかるのだ。私にとっては音が出る楽曲百科事典のような存在である。もっぱら名曲の名演を求める楽しみ方には適さないかも知れないが。

NAXOS MUSIC LIBRARYとは、その音源を月々1890円で「聴き放題」だというのだ。ダウンロードはできない。ストリーミング方式である。試聴サービスを体験したあと、自問自答してみた。

問1 年間CDを幾ら買ってるかな?
答1 最低でも10枚以上は買ってるだろうね。

問2 で、そのCDに満足しているかな?
答2 当たり外れ、色々あって、すぐに聴かなくなるモノも多い。熱が冷める場合もあるし。

問3 そもそも、CDの整理ができているかね?
答3 まったくダメ。目的のCDはなかなか見つからない。買ったことを忘れているモノもある。置き場所にも困っている。

問4 買ったCDをiTunesに放り込んでるかな?
答4 iPodが壊れたのがきっかけで、もう殆どやっていない。そもそもいつクラッシュするかわからない自宅のPCにデータベースを構築するのは不安だ。

問5 新しくCDを買う切っ掛けは?
答5 コンサートで知った楽曲を買い求めるパターンが多い。アンコールで演奏された曲が魅力的なのだが、名前がわからなくて、無性に知りたく、また、欲しくなることがよくある。

問6 月々1890円という料金体系をどう評価する?
答6 まず、CD購入を減らすことで簡単に1890円/月は捻出できるだろう。だから決して損にはならない。これは確実だ。

問7 新たに得られる価値は何だろうか?
答7 なんと言っても、あの膨大なNAXOXの音楽DBから好きな作品を検索して聴くことができること自体が夢のような贅沢だと思う。まさに音の出る楽曲百科事典だ。同じことをCD購入でやったら金銭的に大変なことになる。その贅沢の値段としては間違いなく安い。好奇心のおもむくままに音楽の「大人買い」ができる。


と考えて、サッサと会員登録をして使い始めた。

今日、一日だけでもたぶん20枚以上のアルバムからいろいろな作品を聞きかじっただろうか。

昔、譜面だけもらって歌伴をさせられたベンジャミン・ブリテンのSailor Boyも初めてプロの演奏を聴くことができた。やっぱりこの曲は難しい! 清水有紀さんのコンサートで聴いたドヴォルザークのロマンティックな小品 Op. 75の I. Allegro moderatoにも再会することができた。実にせつない美しさを湛えた曲だ。今、練習中のアントニオ・ラウロの4つのワルツのお手本演奏もある。

もうこれからは音楽CDをあまり買わなくなるかも知れない。iPodの時以上に、この漠然とした予感が強まったと感じる。今日は、音楽消費者としての行動パターンが、あるtipping pointを越えた瞬間だったと思う。

私はNAXOS MUSIC LIBRARYに完全に寄り倒されたのだった。

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2009.02.08

09・02・08 Walking with GPS logger

真冬である。この時期は原則としてゴルフに行かない。枯れたフェアウェイで寒風に吹かれてもゴルフ・マインドが燃えないからだ。

090124walking 12.2km

すると運動不足になり筋力が衰える。飲み食いは相変わらずなので体重が増える。よってゴルフシーズン開幕の3月頃には絶不調状態からスタートするはめになる。

そもそもわが下肢深部静脈弁不全症にとっても歩きが少ないのはよろしくない。そこでこのオフ・シーズンはGPSロガーを携帯してあちこち歩いている。

昨年末にららぽーとで友人に会う時も10km歩いたが、それにとどまらない。みなとみらいホールの日フィルのコンサートを聴きに行くのも歩いてやろうと考えた。わが港北ニュータウンからMM21まで感覚的にはとても遠い。歩いてみたら本当に遠かった。開演時間に間に合いそうにないのでやむなく片倉町から横浜市営地下鉄に頼る結果になった。でも12kmを2時間で歩いた。

090201Walking12km

先週は日吉駅までの12kmを2時間で歩いた。そして昨日は、南青山でのランチの約束に、武蔵小山駅から6.8kmを1時間半でブラブラと歩いた。

横浜や日吉に行く場合、事前に地図でルートの計画をたてるが、そもそも多少の土地鑑があるので歩き始めたら勘でなんとかなる。もっとも日吉ルートをGPSログで確認すると少し北にずれている。私が日吉の方向をそのように誤解していたことによる。

090207WalkingChezPierre 6.8km

知らない土地を歩く場合は入念な計画が必要になる。昨日の武蔵小山から南青山ルートの場合、若い頃、東京シティボーイだった私としては山手線の中はなんとかなるが、外側には暗い。

こういう時にもGoogle Earthが威力を発揮する。定規機能をオンにして、始点から終点まで道を一本ずつすべての行程を丹念にたどって行く。ズームインとアウトを繰り返し、最短ルートからなるべく外れないように道を選んでゆく。最後に合計距離を確認し所要時間を推定する。

南青山ウォーキングではGPSロガーが示す移動距離が事前にGoogle Earthで調べた距離とピッタリ一致したのにはちょっと感動を覚えた。GPSロガーの軌跡は数メートルから10メートルぐらい位置がずれることがあると感じるが、累計距離は誤差が相殺されて案外正確になるようだ。

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09・02・08 Google Earthで見た相模18番ホール

sagami


Google Earth 5.0がリリースされて海底地形が立体で見られるぞ、と話題になっている。

地上の立体表示が以前から可能だったのかどうかは知らないが、この機会にあちこち「旅」をしてみた。なかでも良く知っているゴルフコースを眺めるのは興味がつきない。

一つ前の記事に書いた太平洋クラブ相模コースの18番ホールの画像に、あの時の私のショットの軌跡を書き込んでキャプチャーしてみた。ちなみに、この白い線と赤い点はGoogle Earthの定規機能で描いたもの。軌跡に沿った距離を測定することができる。

高さは若干強調した表示にしてあるが、確かにこのとおり、ダラダラとした打ち上げになっている。マウスを置いた地点の標高がわかるので調べてみると、ティーグラウンドは385メートル、グリーンは414メートルになる。なんと30メートル近い高低差があるのだ。これは驚きである。コースで見た時に実感しづらい部分である。Google Earthの表示をどこまで厳密に受けとめてよいか疑っておく必要はあるだろうが。

定規機能でティーからグリーンまでの距離を測定すると、せいぜい354ヤードである。1打と2打の二つの線分の単純合計ではなく、短い線分をつないで斜面を這って行ったと仮定してもそんなものである。スコアカードが表示する394ヤードは、高低差33ヤードの効果を加味して出て来た数字に見える。

ならばと思って太平洋クラブ御殿場コースの10番を測定してみるとスコアカード通りの372ヤード(レギュラーティー)になる。11番ホール506ヤードも一致する。高低差のある1番ホールを2打でつないで測定しても416ヤードという表示からずれない。その他のホールも驚くほど表示と測定が一致する。

ゴルフ場の距離表示には実測値方式と実感加味方式とでも言うべきものが混在しているような印象を受けた。

で、相模18番に戻るが、Google Earthでみるとティーショットを受けとめるフェアウェイが右傾斜している。しかしこの傾斜はどうも記憶にないのである。造成のマジックで錯覚させられているのかも知れない。この次プレーする機会に確認したいと思う。

こんな具合に、Google Earthはゴルファーにとってはコース分析のための貴重なリソースである。冬場、コースに出なくてもけっこう楽しめる。素直に驚いている次第。

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2009.01.01

09・01・01 大晦日ゴルフまさかのドラマ

わが2008年のゴルフは、43回目のラウンドの最後のハーフで久々の30台を記録して気分よく幕を閉じた。

12月29日 厚木国際西コース 43(in) 49(out)=92 快晴 微風
12月30日 太平洋相模コース 42(out)48(in) =90 快晴 微風
12月31日 太平洋相模コース 47(out)39(in) =86 快晴 微風

ほとんどカートに乗らない歩きのラウンドでの三日間だったが、不思議と筋肉痛も疲労感もない。28日に10km歩いたのが効いたようでもあるし、そもそも「ゴルフ体力」が向上したような感じもある。下肢深部静脈弁不全症(もっと短い名前をつけて欲しいが)治療用ストッキングもプレー中はお休みしてみたが、足にむくみなどの異常はない。

5番ティーから4番グリーンを見下ろす太平洋クラブ相模コースはバック・ティーでも6200ヤードほどの短いコースだが、決してやさしくはない。きついアップ・ダウンはグリーンを狙う距離感をおおいに狂わせる。傾斜のある小さいグリーンはただ乗せりゃいいってもんじゃない。

大晦日の最終ホールを迎えて、握った相手に1打のリード。私のスコアはボギーかパーで30台になる。勝負的にも記録的にも緊張を強いられる状況だった。

Eagle Manこの日、前半は相手が38と絶好調。なにしろ7番の三段の棚田型フェアウェイに打ち下ろすミドルホールでは2打目約90ヤードを直接カップインするイーグルだ。グリーンは日陰の部分はまだ固く凍っていた。ところが彼の球はうまい具合にやわらかい部分に着地してから凍結部分を転がって行ったのだった。ありえないことが起きた。4番でもバーディを出しており、もう誰も彼の勢いを止めることができないと思われた。私はそのホールまでに既に二つのOBで早くも8打差。今日は負けたと観念して相方のイーグル記念撮影をするサービスをしたほどである。

ところがゴルフはわからないものだ。昼食後、二人の調子は完全に逆転した。ついに15番ホールでまさかの同スコアとなり、大接戦のまま18番のティーグラウンドに立ったのだった。

一般に最終ホールの設計は、積極果敢に攻めたヒーローの勝ちというタイプと、逆に厳しい試練に耐えたサバイバーの勝ちというタイプとに別れる。

相模コースの18番。フェアウェイはだらだらと登っており、ティーショットの距離が削がれる。一日の最後がこれかよと無力感におそわれる。左OBで左ドッグレッグの角には大きな木が立っている。まして、この日のBグリーンは左の奥。右から攻めないといけない。

18番はホールハンディ4。明らかにむずかしいのである。私はボギーでいいと考えた。パーオンを狙わない。となると1打目の距離は出なくても、とにかく右サイドに持って行くことを考えた。ティーを低めにして軽いスライスを意図した。結果はハーフトップの軽いスライスで右のラフ。

相手はいわゆるチーピン気味で左サイドOBに向かって飛んで行ったが、なんとかラフで止まってセーフ。グリーンは狙えない位置だった。

二打地点から200ヤード先、左奥の高みにある砲台グリーンはバンカーにガードされた城砦のように見える。これはサバイバーを選ぶホールなのだ。

先に打った相手はかなり芯を食ったロングアイアンのナイスショットを放った。砲台グリーンの手前40ヤードぐらいの上り斜面に止まった。私は3番アイアンでハーフトップ。右ラフ残り60ヤードほどのところに行ったが、さいわい平坦な地形だ。予想通り、三打目の寄せの勝負となった。

グリーンの面は全く見えない。ピンは受けグリーンのやや左やや奥。ピンの右から攻めて左に流れて寄せるイメージを持った。左に行き過ぎるとバンカーに転げ落ちる危険すらありそうだ。三打地点に戻り改めて方向を決め、サンドウェッジのフェースをやや開いてピンの右を狙って構えた。

ところが、なぜか私のショットは引っかけてピン方向にまっすぐ飛び出した。しかも距離がちょっと足りない。アッと声を出す。行って見ると球はグリーン左手前エッジ、ピンまで上り約9ヤード地点にあった。着地して転がって左に流れつつ下ってグリーン手前にぼれ落ちたものと想像した。とりあえずボギーを取ることは可能だと思った。

次に相手が傾斜の真下からきれいなアプローチを打った。まっすぐ飛んだ球はピン手前に落ちると斜面を転がり登って行った。速いグリーンだ。ピンを通り過ぎても登って行く。これは長い下りのパットが残るぞと見ていた。ところが今日の彼はイーグルをなし遂げた奇跡の人だった。なんと斜面を登り切った球はそこで静止せずに、今度は斜面を自ら意思を持つかのように下り始めたのだった。トロトロ、トロトロ、転がって来る。しかもカップを目指して!打った当人も私もゲラゲラ笑ってしまうほどの球のパフォーマンス。やめてくれ!と私が叫ぶと、球はカップの真上、1メートル弱のところでようやく停止した。9ヤード vs 1ヤード。これは負けたと思った。彼も勝ったような表情である。

私は入れないとダメだと思った。上りのスライスライン。問題は曲がり幅だ。

最近の私のポリシーとして、曲がりは多めに見込むようにしている。外しても残りをいわゆるプロサイドに残す作戦である。これは一理あって、プロサイドに残ったということは斜面が思ったほどでなかったということであり、従って残りのパットはより平坦な面にあることになる。逆にアマチュアサイドに残るということは、残りのパットは思ったよりも急な斜面にあるわけで、後始末で更に緊張を強いられることになる。

カップの左50センチメートルほどを狙った私のファーストパットは、打った瞬間、強すぎたと判った。しまった。しかも球はちっともスライスせずにまっすぐ斜面を登って行く。あーっと頭を抱えたくなるようなパットをしてしまった。

私の球はカップの大きく左を通り過ぎてスライスしつつ2メートル近く登ったところで静止した。と、思ったら、この球も自分で山を降りて来たのである。トロトロ、また全員の笑いを誘いつつカップに近づいて来た。約25センチメートルのところで停止した。

相手は90センチの下りのパット。触るだけと自らに言い聞かせた。そして触った。球はカップの右縁をかすめて下って行った。返しの上りも外して3パットのダブルボギー。私は1パットのボギー。

斯くして2008年の最終ラウンドはまさかのドラマとなったのだった。

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2008.12.28

08・12・28 10kmのウォーキングと病気談義

今日は鴨居の「ららぽーと」でWさんと久しぶりのランチの約束。横浜市営地下鉄グリーンラインに乗ればわけない所だが、天気もいいことだし、この際、最近の運動不足の解消を兼ねて歩くことにした。20081228 Walking (10km)

このところまとまった距離をシッカリと歩く機会がなかったためどうも足に力強さがない。しかし、5kmあたりでようやく足が目覚めて来て、運動できる身体が戻って来た。自宅から「ららぽーと」まで約7km、1時間15分。

「ららぽーと」でピザ、チーズフォンデュ、スパゲティ、ビール、ワイン、コーヒーを飲み食いしてカロリーは差し引き入超となったにちがいない。

Wさんと二時間ほどお話をした。だいたい病気の話になる。

今日は下肢深部静脈弁不全症の治療用ストッキングをつけずに歩いた。じつは、最近は、ゴルフのように、まとまった距離を歩く機会がある時はストッキングをつけない。二日連続でつけないことも珍しくない。

医師の話では静脈弁の「不全」には二種類ある。一つは、弁という部品が壊れた場合。もう一つは、弁のあたりの静脈血管が異常に広がってしまった結果として弁では血流を塞ぎきれなくなる場合。私のはどうやら後者であり、血管が正常サイズに戻ってくれば、弁の機能も正常に戻ることが期待できるという。将来どうなるのかと不安に思ったこの病気であるが、約1年半にわたる治療用ストッキング着用の効果があって、少しずつ正常に戻りつつあるようだ。

帰りは最寄りの地下鉄の駅まで歩く計画だった。距離的には約3kmと思われる二つの駅のうち、30mほど標高が高い都筑ふれあいの丘駅まで坂を登るのは避けて、丘の裾沿いに平地を行ける川和駅を選択した。既に7km歩いた足をいたわったというより、明日からの三日連続ゴルフのために体力筋力を温存したのであった。

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