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2003.12.30

03・12・30 BOOK-OFFで考えたこと

ラーメン屋に行くのに何か読み物がほしいと思って、めったに行かないブックオフに立ち寄って100円の新書を2冊買いました。元の定価は550円(12年前の出版)と780円(わずか2年前の本!)でした。

その時考えたことが幾つかあります。

■「あざみ野周辺ではいつの間にかブックオフが最大の書籍店なんだ」
既存の書店はだいたいが雑誌店になっていて書籍はあまりストックしていない。そういう意味ではもう本屋じゃないのですね。ブックオフのほうがよほど本屋らしい。

■「要するに書籍の価格が市場価格になってるじゃないの」
かなり大雑把ではあるけど読まれない本は安く、読まれる本は高く、値段がついているわけです。ブックオフとしての仕入れ値段の決め方のことは置いておいて、もっぱら買う側の視点で言うと、そう見えるのです。

立派な装丁の文芸書が100円だったりして、文壇の大御所の権威なんかまるで通用しません。書籍が世間の荒波にモロに洗われて、一冊一冊が自分のマーケット・ヴァリューを虚心に受け止めようと真剣になって棚でかしこまっているようにも見えるのが微笑ましいのですね。

■「当たり前ですが、価格が安いということには大きな意味があるな」
100円ならハズレでもいいし、それこそ読まずに捨ててもいいかな、というお気楽な買い方ができる。ラーメン屋の待ち時間や電車移動のヒマつぶしに100円は、週刊誌はもちろん新聞よりも安い。

■「一般の書店よりは棚の整理が行き届いているんじゃないかな」
例えば日本文学の棚には作家名を大きな文字で印刷した仕切り板があって、遠くからでもよく見える。目的の本が探しやすい。ちょっと古めの作家のプレートもちゃんとある。

■「品揃えが、あの本あったよね、という記憶の時間範囲をうまくカバーできている」
既存の新刊書の書店では新陳代謝が早すぎて一年前に出た地味な本を探すのは無理でしょうが、ブックオフだともう少しユッタリとした時間の中で本に接することができると思いました。

■「問題は著者への印税=お布施ですね。これはどう考えるべきか」
一冊の本がブックオフを通じて5人に回し読みされたとしても著者の印税は一冊分だけというのはおかしいではないか、とにかく五冊分よこせという議論があるわけです。

個人が所蔵することを想定して販売した本が、再び流通市場に戻って来て新刊書と同じ土俵で勝負されてしまうと、中身としての商品価値はまったく減耗していないので、新刊書が圧倒的に困るという側面もあります。

いちおう問題は理解できます。

ただ、一回読んだら古本屋に売ってしまおうという程度の本なんじゃないのか?という疑いも否定できないでしょう。少なくとも売った人にとってはその程度の価値しか無かったと言えます。

買っては見たけれどちゃんと読むヒマや意欲がなくて、「いらないモノ買っちゃったよ」ということになって古本屋に売る場合もあるわけで、この場合は、読んでもいないのだから印税だって払う義務はないだろうという理屈も成り立つでしょう。

最悪のケースは、読んでみたらヒドイ内容で腹が立ったという場合。それを古本屋に売って多少とも元を取り返すのは当然ではないか、ということ。本来なら著者から印税分を取り返したいぐらいだ、ということだってあります。

一人が新刊で買った本が、その後、ブックオフを安値でグルグルと回転して、最終的に気に入って所蔵する人にたどり着くとすると、結局、一冊の本に一人の所蔵者という対応関係が成立します。その限りではフェアな関係になっていると言えるんじゃないかな。

印税というものを、その本来の精神に立ち帰って「お布施」だと捉えるならば、金額は自由だと思います。有り難いと思った分だけ、その人の自由な経済尺度に従って払えば良いでしょう。お布施に相場なんて考え方はありませんよ、と浄土真宗のお坊さんから言われたことがあります。

ブックオフという仕組みが出現して、結局、市場メカニズムによるお布施額の調整が起きたと言えませんかね。

ブックオフ問題というのは、どうも著者の側が、「おい、最近、お布施が少ないじゃないか」とブツブツ言っているようにも見えるわけですね。

■「本の価値は売れることと関係ないのではないか?」
100年経たないと理解されない芸術だったあるわけです。例えば音楽の世界だと、J.S.バッハは今でこそ神様扱いですが、じつは、没後約80年たった1829年に指揮者としてのメンデルスゾーンが「マタイ受難曲」を取り上げるまでは歴史の中に埋もれた存在だったと言われています。

ということは、そもそも存命中に印税制度があったとしても、バッハはあまり儲かっていなかったかも知れないのですね。

でも、300年たっても聴くに値する作品を残すことができたのはなぜでしょう。

どうも本を出すと儲かるぞという風潮が、本の質を落とし、古本屋の在庫を増やす現象を招いているのではないかという気もするわけです。

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