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2004.01.01

04・01・01 経営者とは何者か?

「会社はこれからどうなるのか」岩井克人著 平凡社 2003-2-23 初版1刷 1600円を昨年読みました。

経営者とは何者か?という問いに対するもっとも納得が行く説明がこの本にあります。

「株式会社の経営者とは会社の信任受託者である」ということなのですが、これだけだと理解されないだろうというので、岩井さんは色々と補足をしています。

まず、「信任」という言葉です。英語のfiduciary(フィジューシアリィ)。「日本では日常的にほとんど耳にしない言葉です」とあります。

この意味を深く納得させてくれたのは、以下の医者と患者の関係の本質の説明です。ちょっと引用します。

例えば、無意識の状態で運ばれてきた患者を手術する医者を考えてみましょう。この患者は自分で医者と契約をむすべません。だがそれにもかかわらず、救急病棟につめている医者は、まさに医者であることによって、患者のために手術を行ないます。ここでは医者は、患者の生命をまさに信頼によって任されています。すなわち患者の信任を受けた信任受託者です。

岩井さんは「会社の経営者もその法人にたいして信任の関係にある」と言うのですが、その理由として驚くべきことを言います。

「法人とは、救急病棟に運ばれた無意識の患者と同じように、…(途中省略)…事実上は契約をむすぶ能力をまったくもっていません。」

法人が意識不明ならば、確かに、経営者は医者みたいなものでしょう。形式的にはわかりやすい。だけど、そもそも法人が無意識だなんて、そんなバカなと思いませんか?

でも岩井さんに言わせると、法人というのは、モノのくせにヒトとしての振る舞いを社会的に求められている存在なので、意識不明だと言わざるを得ないというのです。これは私の理解したことですけどね。

この考え方でよいのかどうか、以下に吟味を進めてゆきます。
YarraYering Dry Red No.2, 1996
YarraYering Dry Red No.2, 1996
03・12・31 横浜市都筑区
Copycenter 2003 Akira Kamakura

大晦日にあけた秘蔵6年のShirazブレンド。ツーンという熟成香はありましたが酸味が強くこの先まだ熟成が期待できたのかも知れません。でも後の祭。残るはNo.3のみ。


株主というヒトは「株」というモノを所有しています。でも、株主(ヒト)は会社の資産(モノ)を所有しているわけではない。その証拠に、富士通の株主だからといって倉庫からパソコンを持ち出せば窃盗罪に問われるでしょう(似た例が本の中にも書かれています)。その場合被害者は富士通という「法人」です。あくまでも資産(モノ)を所有しているのは会社という「法人」だからです。これを「二重の所有関係」と呼び株式会社の基本構造だといっています。

盗難の被害届けを出すだけでなく、会社は業務をするのに外部といろいろな契約を結ぶことになりますが、その契約主体は会社です。株主ではありません。というか、現実問題、毎日の会社業務のいちいちを株主全員が判断し署名していたのでは仕事にならない。そこで株主は会社という「法人」に経営を任せるのです。

ここですよポイントは。株主は所有という意味では会社をモノと見なしているくせに、経営となると、会社をヒトであるかのように「頼んだよ」と任せるわけです。

でもモノに意識や判断力があるわけではない。間違いなくモノは意識不明です。だから誰か本当の意識を持つヒトが、会社の「意識」を受け持って、会社という「モノ」を「ヒト」であるかのようにこの社会の中で振る舞わせなければならないことになるわけです。

ということは、会社は意識不明のまま存在することは許されないということが判ります。魂を入れた方が良さそうだからそうしているのではなくて、とにかく誰かの魂を会社に入れないといけないのです。選択の余地はありません。

その魂を受け持つのが代表取締役なのですが、その際の株主との関係は委任契約ではないのだよ、と岩井さんは言います。

実際問題、委任契約ということなら、一人一人の株主はバラバラで互いに矛盾した注文をつけるだろうし、契約の数だけでも履行不能になるでしょう。

しかし理由はもっと本質的なところにあります。つまり経営者は株主の代理人ではないということです。経営者は会社という法人の魂を引き受けているのです。誰に頼まれているか?と敢えて言うなら、意識不明の会社から「たのむよ、もう大変なんだよ。株主がうるさいの。株価上げろ利益をだせって。でもワタシ、意識がないのでどうしようもないの。お願いしますよ」と、頼まれているのです。

だから、株主と委託契約を取り交わす立場にはない、ということです。そんなことをすると意識不明の会社は「おい、やめろっ。オレのカラダを勝手に切り刻んでどうするってんだ。あの株主はオレの将来のことなんか何も考えていないんだから。株主を大事にしないとあんたの首があぶないってのはわかるけど、あんたは経営者なんだから最後はオレのことを考えてくれよ」ということもあり得るのでしょうね。

経営者は、日々、良かれと思うことを会社というモノに施して行きます。その結果会社の資産は良くも悪くも変化します。それを反映して株価も変化し、株主から見たモノとしての会社も変化します。

ということで「株式会社の経営者は、株主の委任を受けた代理人ではなく、会社の信任を受けている信任受託者です」という説明になるわけですね。

従って経営者は、契約に基づいて経営しているわけではなく、忠実義務や注意義務という信任義務が求められており、要するに「倫理」に縛られている存在なのですね。

コーポレート・ガバナンスは私の友人の専門分野ですが、この岩井さんのような認識とアメリカ流のガバナンス理論との関係はどうなるのでしょうかね。

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コメント

経営者らしいBlog書き初めとなりましたね。

鎌倉さんが書いているテーマを読んで川島武宜博士を思い出しました。

川島法学的に言うと鎌倉さんのテーマは私的所有権の「絶対性」と「抽象性」の問題ですね。

所有の「絶対性」とは煮て喰おうが焼いて喰おうが所有者の勝手ということです。

所有の「抽象性」とは、財貨を現実に支配しているという事実を必要としない、つまり、財貨をpossession=所有している事と、それをoccupation=占有していることは同意ではない。所有は占有の事実を必要としない。占有と所有はまったく別のものであるというわけです。

資本主義において株式会社は株主のものです。たとえ単に株屋にすすめられて買っただけでその会社のことを何も知らなくても、その所有権は絶対です。経営者は経営を信託されたといっても占有者でしかない。

岩井先生は、川島法学が指摘した問題をさらに押し進めて経営者の立場を厳密に定義したものと思われます。

この話、資本主義とは何かという根本問題につながる話で、とめどなくテーマはあふれ出しますが、この辺で……。

当方、ようやく腹痛が治まり、今日からぼちぼち活動開始です。

投稿: 和田昌樹 | 2004.01.02 09:21

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