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2004.01.07

04・01・07 接ぎ木と実生の哲学

甘い実がなる果樹の枝を台木に接ぎ木をすると?当然ながら甘い実がなります。その枝の貴重な「才能」を保存するためにこそ接ぎ木をするわけですからね。

私が偏愛するZinfandel種のブドウの木には100歳の老木もあるようですが、ラベルにはold vine old cloneなどと書いてありまして、古い台木に接ぎ木をしたのだろうと想像されます。

ここまでの話なら私も聞き流すわけですが、先日、どこかで読んだか聞いたかした話はこうでした…。

「ところが甘い実の種を蒔いて育てても、も必ずしも甘い実がなるわけではないのですね」!!

うむ?なんだか品種改良された甘い果物をスーパーで買ってきて、そのタネを蒔いて育てれば、もとの果物と同じぐらいオイシイ実が収穫できるかのような期待をもっていたのは、全くの素人の幻想だったのか…。

でも考えてみれば当たり前の話。

接ぎ木は「いい形質だけをコピーして残そう」という人間の浅知恵。よくない形質はいらないという発想です。やがて商業的に有利な単一品種だけを育てる浅墓な農業ができて、かつての19世紀のアイルランドのように、特定種のジャガイモの疫病による大飢饉の被害に遭うことになります。良い悪いなんて判断は人間の勝手だということを思い知らされます。

ところがタネを蒔く実生(みしょう)の思想は「将来、どんな形質が必要になるかわからないから、色々な可能性を試しましょ」ってことで甘い実のタネには意外な可能性が潜んでいて、ある意味人間をガッカリさせる、「親の顔がみたい」と。

接ぎ木と実生の違いはなかなか哲学的に深いのですね。

社会や組織の進歩は、一つには多様性=diversityの重要性を理解し、それを積極的に育てることだろうと、植物は教えてくれます。

まあ、それにしても、インターネットの世界では、つぎからつぎへと色々なタネが芽を出してくるものですね。

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