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2004.01.09

04・01・09 音と言葉、楽器と声

さっき、NHKテレビで森進一の歌を聴いていました。

いつごろだったのか記憶はもうハッキリしませんがとにかく1970年代のいつかでしょう、当時芸大教授だった畑中良輔氏が朝日新聞の音楽時評で森進一の歌唱を取り上げていたことが忘れられません。

全身全霊を傾けた森進一の熱唱にそんじょそこらのクラシックの歌手はとうていかなわない、というようなことが書いてあったと思います。歌唱法というより歌への打ち込み方です。

私の高校時代の音楽の教科書には氏の「口笛ふけば」というアマチュアっぽくて微笑ましい歌曲の作品が掲載されていたこともあって畑中さんには親しみを覚えていたものですが、この時評を読んで、この先生は音楽の見かけにとらわれず本質に耳を傾けることができる人なんだと思ったものでした。

クラシックとポピュラーは、いったい、何が違うのか?なかなか説明が難しいものがあります。

森進一の歌を聴きながら考えていたら、こんな説明はどうだろうと思いました。

「言葉」が感極まってメロディーを奏でた結果できた音楽=歌はポピュラーに分類されるものが多いこと。

この手の作品から言葉を取り去って器楽曲として演奏してみるとわかるのですが、音楽的にもぬけのからになっています。楽器を演奏する側の表現意思を受け止めるほどのシッカリした構造がそこに存在しない。その音たちがどうにも表現の器としてスカスカなのですね。でも、にもかかわらず、その音にひとたび歌詞を添えると実に心に響く音楽になるのです。

これに対してクラシックと呼ばれる音楽は、話が逆転していて、「音」が感極まってあと少しのところで「言葉」を喋りそうに感じられるもの、ということができます。

歌曲は別として、実際は「言葉」はありません。だけど聴けば音楽に「言葉」を聞いたような錯覚を覚えるし、楽器を演奏する人は何か言いたいことを言ったぞっという気分になる。言葉にならない言葉を喋ることに確かなカタルシスを覚えるわけです。

言葉にメロディーを与える人間の「声」と、言葉になりたがっている音に形を与える「楽器」とを比べると、機能性や多彩さの点で楽器の勝ち〜ということが多いのはやむを得ないところがあります。

「声」を楽器のように使うのはかつてのSwingle Singersや近年ではBobby McFerrinがあり、本当に凄いなぁ!!と思いますが、それでも楽器には負けてますね。

私は昨年、清水有紀さんのバイオリンが奏でるJ.S.BachのPartita#2のシャコンヌを間近に聴いた時に、あとちょっとで音が言葉に転化しそうというゾクゾク感を体験したものです。

来たる2004年1月28日水曜日に紀尾井ホールでその清水有紀さんのバイオリンコンサートがあります。

2004年1月28(水)19:00
The Art of Violin Playing
Yuki Shimizu piano Kazuoki Fujii
清水有紀(Vn),藤井一興(Pf)
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・J.S.Bach: Violin Sonata in b minor BWV1014
・Prokofiev: Solo Sonata in D major O.115
・Ysaye: Solo Sonata No.4 in e minor Op.27-4
・Toru Takemitsu: Distance de Fee (武満徹 妖精の距離)
・Debussy: Violin Sonata in g minor
・Paganini: La Campanella
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有紀さんのプロフィール

幼少時を米国ボストンで過ごし、メンデルスゾーン協奏曲でデビュー。

日本では神奈川音楽コンクール、全日本学生音楽コンクールに優勝し、神奈川フィルハーモニー管弦楽団や東京交響楽団とたびたび共演する。

近年では、ゲルハルト・ボッセ指揮新日本フィルハーモニー交響楽団とモーツァルトの協奏曲を、神奈川フィルハーモニー管弦楽団とシベリウスの協奏曲を、名古屋フィルハーモニー交響楽団とチャイコフスキーの協奏曲等を共演している。

また、海外ではニューヨーク・ストリングアンサブルのメンバーとしてカーネギーホールにおけるクリスマス・ニューイヤーコンサートで活躍するほか、欧米各国でコンサートに出演し、その奏法の確かさ、美しい音色で定評。

安田財団ファンデーション、ロームミュージック・ファンデーション受賞。文化庁芸術家在外研究員に選出される。

15歳で、桐朋学園大学ソリストディプロマを、16歳でカーティス音楽院オーディションに合格しフルスカラーシップを得る。マンハッタン音楽院に移り、研鑚を続けている。

これまでに、江藤俊哉、徳永二男、原田幸一郎、堀正文、J.ラレード、F.ガリミア、P.コーペック、P.ズッカーマンの各氏等に師事。


有紀さんのお母様から聞いた話ですが、かつて彼女が初めてPinchas Zuckermanの前で演奏した時、"How do you know my sound!" との言葉が先生の口からもれたそうです。

有紀さんのために、私は10枚チケットを引き受けましたが、あと2枚だけ残っています。ぜひ聴きたいという方、ご連絡ください。4000円です。

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