04・01・12 blogで何がどう変わるのか?
RSSリーダーや近い将来の未知のXMLベースのサービスも含めた、可能性としてのblog文化は(ちょっと言い方がずるいかな)、今みんなが知っているメディアの世界に何か構造的な変化をもたらすのでしょうか?
マスの代表としてのテレビの特徴は、単に沢山の人が観ている=リーチが大きいだけなくて、観ている側が暗黙のうちに「皆が観ているだろう」という期待や仮定をもって観ているということが大きいと思いますね。
「○○○が△△△の番組に出てたの観てなかったの?」と言われてビデオで「あっ、ほんとうだ。出てるよ。」と確認するのはナンデダロウ。
でも良く調べたら視聴率1%なので、せいぜい数十万人しか観ていない。
一方「○○○が△△△のblogに書かれてたぜ」と言われても、「そんなの誰も読みゃぁしないって」で終わってしまう。でも良く調べたらリンクがリンクを呼んで同じく数十万人にメッセージが伝わっていたかも知れません。
この差ですね。
テレビに映ることは社会的出来事であり、その情報を「皆」が観ているかもしれないという前提で話題にされます。
マスメディアというのは、自分がそこから直接得る情報に価値があるというよりは、自分以外の他者がどんな情報に接しているのかを確認できることにもっと大きな価値があるメディアだろうと思います。
「みんなこんな番組を観てるのかぁ」「こんなタレントが人気者なのかぁ」「ありゃ、石原さん、こんなこと言っちゃってスキャンダルになるぞぉ」などなど。
ところが、blogとなると、それを読んだのは自分だけかもしれないと思っているので、個人的な出来事で終わってしまう。
掲載されている情報そのものに価値を認めるか、あるいは、blogを発信している人物と出会ったことを喜ぶか、でしょう。
でもそれだと従来のホームページとあまり変わりません。
blogの意義はそれを閲覧する体験に社会性が入る余地がある点です。「このblogの情報や人物はもっと多くの人が知るべきだ!」という衝動を簡単にトラックバックで表現できることです。
blogは個人運営なのでそういうトラックバック衝動を素直に行動に移すことができます。
MilgramやBarabasiの言うようにこの世界は意外にsmall worldであって、たった6人を介在させるだけで世界中の63億の人々が知り合い関係でつながってしまう、ということになっています。
これはトラックバックのつながりが意外に遠くまで伝播して行く理論的な可能性を示しています。たまたまhub的な人につながることで多くの人々に一気に広がって行くこともあり得ます。
「皆が観ているはずだ」という共同幻想で成り立っているマスメディアはどこの社会にとっても必要なものだと私は思います。
また、blogという形で今みんなが手に入れようとしているのは「この情報は皆が知るべきだ」という個人の個別判断の連鎖で成り立つ、まさにこれぞネットワークメディアと言うべきものでしょう。
で、その挙げ句にどこに至るのか?
これは難しいので暫定的に大雑把なあらすじだけを書いておきますと、マスメディアという権力に対抗するもう一つの権力が生まれる、とは思いません。たぶん、共同幻想が少しずつ希薄化して行くのではないでしょうか。具体的には、現在すでにその兆候は出ていますがマスの細分化でしょうか。で、結果的にマスとネットワークとがほどほどに拮抗する力関係になるのではないかな。
マーケティングもその影響を受て、ワントゥワン・マーケティングが相対的により大きな存在になることは間違いないでしょう。
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コメント
世界中が6段階で繋がるって、米国で行われた実験がベースの知見ですよね。チェーンメールで任意の人からターゲットの人にとどいた確率30%が手紙だ4~6段階でつながっていたという話。個人的にも友達の友達は友達だったというのは良く経験することですよね。
投稿: ひでき | 2004.01.28 01:52