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2004.05.25

04・05・25 アケビとムベ、語源考

アケビとムベ、数多の植物の多様性の中に置いてみれば、この二つは実によく似た兄弟のような存在です。ならばその名前だって同じ血筋を引いているのではないかと考えるのは自然な発想でしょう。

つまり「アケビ」と「ムベ」は、よく似た両者の違いを際立たせる共通の視点にたって命名されている筈だという仮説です。

世の中に広く言われている説を調べると、「アケビ」は熟すと実が割れて開くところから「開く実」が語源とされています。一方「ムベ」は、無病長寿の霊果と聞かされこれを食した天智天皇が、その美味さに感動して「むべなるかな」との言葉が発せられたことに由来するというのです。例えばこんなページがありますが、国語辞典などにも同様の説明があります。

この説に従うと、アケビとムベの名前は、全く異なる発想に基づいていることになるわけで、そこがどうも腑に落ちません。

熟すと実が割れるアケビが「開く」に由来しているというのなら、熟しても実が割れないムベは「開かない」という意味を持っていてほしいと私は思います。

で、akebiとmubeという音をよく噛みしめてみると、ake-biとmu-beに分解されて、-biと-beがよく似ています。biやbeが実を意味するのでは?と簡単に推理できます。

まてよ、と考えるとマタタbi、シキbi、イタbi、biワなんかが思い浮かびます。さらに強気に展開するとbiはmiにも似ています。biと発音する時に鼻をつまめばmiになりますからね。

仮にbiとbeがともに実を意味し、ake-が「開く」を意味するならば、mu-beのmu-は「開かない」を意味することはできないのか?

さて、muという音は唇を閉じて声帯を鳴らします。ならば、ムベの割れない実という特徴を閉じた唇の形で表現したのではないかという仮説が浮かんで来るのです。

…という説を、去年、ある雑学仲間に投げかけたことがあります。もちろん結論など出ませんが。

最近、ちょっとした気紛れで、本棚でホコリをかぶっていた古い岩波新書#849「日本人と植物」(1973年 前川文夫著)を手にとりました。たまたま開いた191ページにこんなことが書いてあるではありませんか。

オオムギの花頴が硬く閉じて脱粒し難いことと合わせて、口を閉じている状態と形態とに合わせた形容詞、それは、口を閉じたままでの発音ムで示されることは果実の口を開くアケビに対して、果実が熟しても裂開しない種類がムベであることと軌を一にすると考えていたからであった。

ムベとムギのムが共通だというのですね。そのムはまさに私の説?と同じ。でも考えてみると、前川先生は30年以上前にこの説を唱えているのに、今日、どの辞書にも採用されていません。だから私が再発明するハメになったということですかね。

前書きによると、この本は本来は昭和23年に「植物語源論序説」として出版する筈だったのが中止になったのだそうで、その理由が可笑しい。

一つには私の筆不精が利いているが、今一つブレーキになったのは、語源などいじるのは老人のすることで、当時まだ助教授であった若い身空の私が打ち込むべき仕事じゃない。もっとすることがあるはずだという、何となく立ち込めていた周りの空気、それに確かにそうだとする私自身の中の肯定的な気持とであった。
この気持ちわかりますね。特にblogをやっていると、時々、blogをやっている場合か?と自問することがないでもない。それはさておき、結局、前川先生が岩波新書としてこれを書き上げたのは昭和47年、64歳の時だったのでした。

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