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2004.06.10

04・06・10 伊藤芳明さんのいない「森本毅郎スタンバイ」

毎朝目覚まし時計代わりにベッドの中で聴いているTBSラジオの「森本毅郎スタンバイ」。ファンだった木曜日のコメンテータ伊藤芳明さんが降板。毎日新聞大阪本社の編集局長にご栄転とのこと。

登場したばかりの頃の伊藤さんはやや訥弁で、なんだかよくわからんと感じたものです。しかし回を重ねるにつれて、特に中東問題に関して現地経験と幅広い取材を踏まえてモノを言う誠実なジャーナリストであることが伝わって来て、だんだん好きになりました。

去年、毎日新聞の写真部の記者がヨルダン空港で爆弾持ち込み事件を起こした時、その救出に出動したのも伊藤さんでした。その間ラジオはお休みになりましたが、伊藤さんならきっと問題を解決して来るだろうと密かに応援していました。

2〜3ヶ月たって期待通り一件落着となって、このまま降板かなと思ったら律儀に再び番組に復帰しました。しかし活躍を自慢するでもなく淡々と番組を続けました。あれは伊藤さんの美学を感じました。

ジャーナリズムもどのような人格を通じて伝えられるかが大切だと私は思います。要するに署名記事です。たしか毎日新聞は原則全記事が署名記事でした。だからこうしてラジオに出て来てコメンテータを務めることとの連続性があるのでしょう。ちなみに私の認識では他紙は原則署名無しですが、なぜか読売はスポーツ面だけ署名入りです。


さて、私は、この番組を、森本さんの前任者、滑舌饒舌の鈴木潤アナの時代から知っています。

正直いって森本さんに交代した当初は不満でした。でも案外早く、この人はスゴイ!と感じるようになり、潤ちゃんは、ちょっと軽かったとアッサリ見捨ててしまいました。

森本毅郎さんと相方の遠藤泰子さんの二人は、今のラジオから聞こえて来る声の中でも際立って「リアリティのある声」を持っています。

「リアリティ」、この説明が難しい。おそらく二人とも用意された原稿を読み上げているに違いないのですが、でもちゃんと自分の言葉になっている。あるいは、読み上げている内容のとおり、当人の頭の回路もその意味をシッカリととらえている、そういう印象を与えます。

特に森本さんは、時に喜怒哀楽もあらわにします。芝居じゃありません。いつだったか野田正彰さんに電話でコメントを求めた時、妙に不機嫌で質問にまともに答えない野田さんに対して森本さんがキレた。あれは良かった。

これがいかに得難いことかと思い知らされるのは、二人の休暇中に局アナが代理で登場する時です。けっこう有名アナも出て来ますが、ハッキリ言ってどうにもなりません。聴いているこちらとしては、森本さんの不在、泰子さんの不在を感じるばかり。「いたるところに不在があった」という、確か「愛の渇き」での三島由紀夫のレトリックさえ思い出してしまいます。

ラジオは実に恐ろしいメディアで、そこで話している人がクチパクの人形か、それとも魂から汲みあげた言葉を喋る一個の人格なのか、隠しようもなく晒してしまいます。だからテレビでは通用してもラジオでは落ちる人が沢山いるように感じます。

森本・遠藤のコンビはまさにリアリティの男女両横綱の揃い踏みです。

森本さんはNHKを辞めてしばらくの間、テレビという「はったりメディア」ではパッとしなかった印象がありましたが、人物の地金が露出するラジオというメディアで徐々に自信を取り戻したのではないでしょうか。

今朝、伊藤芳明さんの最後の挨拶のあと、たしか森本さんは、これからも末永くおつきあいをお願いしますとか言っていたように聴きましたが、私は、ああ、森本さんも伊藤さんという人物にかなりの敬意と好感を抱いていたんだなと感じたものです。

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