04・06・22 卯の花の小山翠先生
佐々木信綱作詞・小山作之助作曲の「夏は来ぬ」を歌う子供の声を耳にすることはもうあまりないのですが、初夏、ウツギの仲間の植物を見かけると知らず知らず心の中でこの歌を歌っていることがあります。
そして必ず思い出すのが小山翠先生。通っていた新宿区立市ヶ谷小学校の音楽の先生です。四年生から五年生の頃の話です。昭和33年前後でしょう。
卯の花 2004・05・29 横浜市青葉区 Copycenter 2004 Akira Kamakura
学年をまたぐ全校選抜鼓笛隊を編成するような時の指導も小山先生でしたが、そのメンバーに選ばれても素直に練習の招集に従わない私は先生の悩みのタネだったかも知れません。他のメンバーも従えての練習忌避だったし。
それでも本番が近づくと練習に出かけて行く私。先生はやれやれという表情。でもよく見ると、どうして私の指示に素直に従ってくれないのだろうという憂いがそこに読み取れます。
それこそが亜麻色のストレートな髪を後ろに束ねた色白の小山先生の最も魅力的な表情でした。
ちょうどそのころ学校の行事で鑑賞したディズニー映画「101匹ワンちゃん大行進」に出でくる気高いメス犬、確かレディー(Ladyでしょ?)を連想させる目鼻だちの小山翠先生は、たぶん、大方の男の子の憧れのまとだったと思う。でもボクたちは時々ヒステリーを起こすこの先生に無邪気に甘えるほど子供じゃなかったし、交際を申し込むほどオトナでもなかった(そりゃそうだ)。
たぶん母親がPTAから仕入れて来た情報だったのでしょう。この小山先生が小山作之助のお孫さんか何かだということを私は聞かされていました。だからどこか小山先生にあるまぶしさも感じていたのだと思う。
ちなみに、全校選抜の鼓笛隊の練習の時にピアノを弾いていたのが一学年下で後にショパン・コンクールに出場する楊麗貞さんでした。
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コメント
始めまして、「夏は来ぬ」の作曲者小山作之助が産まれた町に住んでいます、作之助について調べているのですが、孫にあたると言う小山翠先生の話が載っていましたがもう少し詳しく教えていただけないでしょうか宜しくお願い致します。
投稿: 柳沢 | 2004.07.26 07:54
翠さんは平成10年に亡くなった画家の倉石隆 婦人で今も南大泉でお元気です。上越の犀潟に有る樹下美術館は倉石隆の作品が沢山展示して有ります。倉石隆は旧高田市本町の出身です。
投稿: 木村康 | 2008.01.21 17:02