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2004.10.31

04・10・31 スカイペンシルの上昇志向

茨城県のあるゴルフ場でスカイペンシルを見ました。この木は園芸店の店頭は別として、そもそもあまり見掛けません。うちの近所でも1ヶ所のみ。成長が遅いはずなので、この大きさはかなり立派なんじゃないでしょうか。しかもこんなにズラッと並んでいるのは初めて見ました。
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スカイペンシル
2004・10・31 茨城県七會村
Copycenter 2004 Akira Kamakura

スカイペンシルは我が家でもいずれ植えたいと思っている木です。場所をあまりとらないでスッと立ってくれるこの手の木が狭い庭では扱いやすいのです。

今のところはセンチネルがその代わりになっています。スカイロケットは植えて13年たち樹高約6mですが育つにつれて意外に幅が広がって来ます。イタリアンサイプレスは約7-8年、樹高3mほどですが、まだまだ小ぶりのまま。これは樹高10mになってもあまり広がらないだろうと期待しています。スカイペンシルもこの例をみるかぎりは、枝が縦方向によくまとまっていますね。

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04・10・31 ムベは熟したのかな?

どうもムベの熟し方がハッキリしない。まだ青いような気がする。一月前とそんなに変わっていないのでは?
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ムベ、まだかな
2004・10・30 横浜市都筑区
Copycenter 2004 Akira Kamakura

じつは近くの蔓にはもっとテカテカの薄紫色をした実がぶら下がっているのです。ところがこっちはこんな具合。最後の詰めでずいぶんと差が開いた感じ。このまま熟すことなく冬を迎えさせるのはかわいそうなので、来週あたりもぎますかね。

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2004.10.24

04・10・24 松尾善雄さんの音楽辞典、故郷に帰る

つい先日、突然、今年の朝日作曲賞受賞者である松尾善雄さんの奥様という方からメールをいただきました。私が6月に書いた「04・06・09 松尾善雄さんの音楽辞典」という記事が松尾さんの学生時代の仲間の方の目にとまり、連絡があったというのです。

奥様によると、あの音楽辞典は松尾さんが病気でお金に困った時に売ったものとのこと。

そうだったのかぁ。なんか苦学生の姿が目に浮かぶなぁ。なんたってあの辞典を阿佐ヶ谷の古本屋で手に入れたのは1970年。四畳半フォークそのままの時代だった。私の友人など井の頭線沿線で三畳一間に下宿していたことを思い出す。

そこで、返信メールで、もしよろしければあの辞典を送ります、いや、朝日作曲賞の私からの私的副賞としてお贈りしますと申し出たところ、携帯メール専門という松尾さんご本人からもご連絡をいただきました。

それによりますと、あの辞典は生涯手許に置いて徹底的に活用するつもりだったからこそ奔放に書き込みをした。ところが、思いがけず病気で一か月ほど働けなくなった。ろくな蓄えもなく、レコードやスコア、本などを泣く泣く売って生活費に当てざるをえなかった、というお話でした。

音楽でやって行くんだと勉強に励んでいた当時の松尾さんの気迫を感じさせるエピソードですが、その勉強ノート同然の辞書を手離さざるを得なかった時はさぞかし悔しい思いをされたことでしょう。これは泣けます。

でも、結果的に、松尾さんはこの辞典なしにその後の人生を歩まれ作曲家として成功されたわけですから、ひょっとしたら手離したことが正解だったのかも知れません。

昨日、早速、あの辞典は宅急便で松尾さんちに向かいました。

DSCF4706.JPGところで、あの音楽辞典を発送する前に、最後の拾い読みをしつつデジカメに収録。そもそもは音楽之友社創立25周年記念事業としての出版だったことを知ります。確かにこの辞典は珍しい資料満載の気合が入った素晴らしい本なのです。山田耕筰の生年は間違っていましたが、そんな枝葉末節はどうでもよろしい。

そして、松尾さんの書き込みを改めて観賞させていただきましたが、三つの書き込みに特に注目しました。

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松尾善雄さんの書き込み 2004・10・24 横浜市都筑区 Copycenter 2004 Akira Kamakura

その1。松尾さんは1946年生まれですが、この書き込みには1946年は「松尾雄の生まれた年」とあります。その2、小倉朗(おぐら・ろう)の項では「まつお・ゆう」とフリガナのように書き込んで、語呂を確かめているフシがある。その3、ベニー・グッドマンの項では"Goodman"に「善男」とまたまたフリガナをつけて、今度は字面を考えているかのよう。

どうも松尾善雄さんはペンネームであって、本名は雄さんなのかなと推理しました。なんだか俄か松尾善雄研究家になってしまいました。
【追記】
その後の連絡によりますと本名が「松尾善雄」なんだそうで、そうするとあの書き込みの「松尾雄」は何を意味するのか、謎が深まりましたね。例えば、当時はまだまだ修行中の身であり、とても「善」を名前に戴くわけにはゆかぬ、といって落としちゃったのかな。

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2004.10.23

04・10・23 フェイジョアの実

フェイジョアの実が落ち始めました。たぶん台風のせいでしょうが、まあ、そろそろそういう季節でもあります。まだ木についたままの実も沢山あります。

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まずは落ちた実を拾い集めて食べてみました。まだちょっと甘みが足りない感じですが十分食べられます。
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フェイジョア 2004・10・23 横浜市都筑区 Copycenter 2004 Akira Kamakura
うちでは実の赤道でスパッと二つに切って、小さなスプーンで半透明のプルプルした部分を掬って食べます。ザラザラとしたグァバのような舌触りの皮の部分もスプーンで浅く削ぎ落として食べます。ま、これはちょっとだけですけど。

今日は全部は食べません。皿に盛ったままもっと熟すのを待とうと思います。

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04・10・23 カミキリムシに食われたエゴノキ

このところ自宅で部屋を移動しているもので、昔の資料が思いがけなく出てきたりします。先日の少年サンデーもその成果?ですが、今日は、十年ほど前に悔しい思いをしたエゴノキの写真がポロッと出てきました。それをデジカメに収めました。
Egonoki1993.JPG
カミキリムシの幼虫に食われたエゴノキ
1993・08・16 横浜市都筑区
Copycenter 2004 Akira Kamakura


植えてちょうど二年経過した1993年の8月、幹の根元付近がカミキリムシの幼虫に食われていることに気づきました。最初の頃はポツンと開いた穴から殺虫剤を噴射したりしていたのですが、幼虫は奥に逃げ込んでいるようでつかまりません。そのうち、穴がかなり深く長いことに気づきました。

どうもこの木は助からないかもと思ったこともあり、思い切って穴に沿って樹皮を取り除いてみたのがこの写真です。見掛けた幼虫は確か二匹。結局つかまえることはできませんでした。それがこんなに広く深く内部を悔い荒していたのには驚きました。これは一種の医学写真ですね。

この木はもちろん枯れてしまいました。

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2004.10.20

04・10・17 八ヶ岳山麓でゴルフ?合宿

土日、八ヶ岳山麓の友人の別荘に金曜の晩から宿泊してのゴルフ。5人のオジサンが飲んで喋って寝たのが午前3時。6時30分に起床してゴルフ場へ。

標高1200メートルほどの高原は肌寒く日中でも気温15度。湿度は80%もあり、コースよりはるか下に雲海が見えました。

林の中を彩るのはツタウルシでしょうか。キノコをたくさん見かけました。ここらへんはシメジが多いそうですが、マツタケはねぇ、とキャディさんは首を傾げます。

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八ヶ岳山麓のゴルフ場 2004・10・16-17 長野県富士見町・山梨県小淵沢町
Copycenter 2004 Akira Kamakura


プレーを終えて別荘に戻りワイン。カリフォルニアはソノマより北に位置するメンドシーノのZinfandelなどを楽しみます。これは樹齢約100年のZinfandelでしたが、あまりZinらしいクセがありません。

カリフォルニアはサンフランの湾から北に離れるほどに冷たい海水の影響が弱まり気温が高くなるので、北の方が南のブドウが育つようなのですが、さすがにメンドシーノまで行くと緯度の効果が勝ってくるのかも知れません。

日曜日はまさに雲一つない快晴。小淵沢のコースから八ヶ岳が驚くほど間近に感じられます。とうとうラウンドを終えるまで雲が出ませんでした。


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2004.10.13

04・10・10 地上のキンモクセイ

10月9日土曜日の夕方、台風22号が凄まじい勢力を保ったまま関東地方を襲いました。

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キンモクセイ 2004・10・10 横浜市青葉区・都筑区 Copycenter 2004 Akira Kamakura
一夜明けた10日の朝、先日6日頃に満開になったばかりのキンモクセイがきれいサッパリと花を落としていました。左の写真は國學院大学萬葉の小径のあたり。

街の何処を歩いても道路はオレンジ色の粉を撒いたよう。香りまで雨に洗い落とされてしまったようでした。

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04・10・13 衆議院TVの不可解な公開期間短縮

今日、臨時国会の映像を見ようかと衆議院TVのサイトに久しぶりにアクセスして驚きました。

なんじゃ、これは!?

平成12年1月より公開されていたビデオライブラリの公開期間については、平成16年8月6日、議院運営委員会国会審議テレビ中継に関する小委員会の協議により、原則、公開から1年間となりましたのでご了承下さい。

これは全くご了承できませんぞ。そもそも一言も理由が書かれていない。

この決定をした「議院運営委員会国会審議テレビ中継に関する小委員会」での議論の様子は、ちょっと探した限りは、このサイトで内容を確認することができないようです。どうも密室で決めたような印象。情報公開の流れに逆行する極めていかがわしいニオイがします。

このサイトが素晴らしいのは、ついこの間までは田中眞紀子議員が純ちゃんがスカート踏んだと抗議した委員会の様子だって映像で見ることができたんですよ。このblogからも頭出しリンクを張ったこともありました。情報公開という点でも、また、自分が選んだ国会議員の活動ぶりが確認できるという点でも、なかなか優れたサービスだと感心していたのに、情けない。

一体全体なにがあったのでしょうか?政界再編のための下準備なのだろうか?過去の発言と将来の立場の矛盾を今のうちからうやむやにしておきたいのだろうか?

その後調べると、議事録は検索できましたので以下に抜粋。

続きを読む "04・10・13 衆議院TVの不可解な公開期間短縮"

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2004.10.11

04・10・11 少年サンデーNo.35=1959年11月22日号

とうとう一冊見つけました、わが想い出の少年サンデー。

01DSCF4434.JPG少年サンデー1959年11月22日号
2004・10・10
横浜市都筑区 Copycenter 2004 Akira Kamakura

表紙をセロテープで補修しているところをみると、これは昔から自宅に保存してあったもののようです。仕入れ値30円ということになります。私は小学六年生。一緒に写っているのは市ヶ谷小学校の同級生の飯田暁子さんの弟さんだ。撮影場所は私の家の自分の勉強机の前ですね。二人の頭の間の奥にチラッと見えている少年サンデーの表紙も私の出演したものです。

10年ほど前のこと、神保町の古書センタービルの二階にある欧風カレーのボンディの順番を待つ間、ヒマつぶしに同じフロアにあった古書店にふらっと入りました。たしか中島書店中野書店。コミック本が多い店の一つの棚に少年雑誌の古いバックナンバーが揃っていて、少年サンデーも創刊の頃の号なんかはビニールに包まれている。まさかなぁと思いつつ一冊ずつ抜き出しては表紙を確認すると、なんと二冊も私がいるではありませんか。

一冊は創刊にかなり近い号で1万円、もう一冊はやや後の号で8千円。さすがにウームとうなる。でも、もう二度と手に入らないかも知れないと思い、2冊をエイヤーッと買ったのでした。当時まだなんとか健在だった両親を驚かせてやろうという思いもありまして。ただあまり反応が無くて拍子抜けでしたけど。撮影はいつも母親が付き添って来たのですが。

97年に母が、2002年に父が他界して、実家の荷物の後始末のドサクサの中で、高価な少年サンデーも行方不明のままとなっています。捨ててはいないはずですが。

さて、この週刊少年サンデーは1959年、昭和34年という創刊の年のものですから45年経過しています。もう紙はボロボロに近い。デジカメにおさめようと動かしているあいだにもかけらがこぼれて来ます。

それまで月刊誌ばかりだった少年誌の中で初めて週刊誌に挑戦したのがこのサンデーとマガジン。調べてみると創刊号は少年マガジンが3月26日号(17日に発売)、少年サンデーが4月5日号となっていて、マガジンの方がちょっと早かったんですね。印象とは逆です。

02DSCF4437.JPGサンデーの表紙のカメラマンは久米茂さん。「久米さん」と苗字は記憶していましたが「茂さん」だったんだ。小学二年生という雑誌のグラビアに何回か出演した時のカメラマンがこの久米さんで、少年サンデー創刊に際して彼が表紙を撮ることになり、私にお声を掛けていただいたというわけなんですね。編集部からはいつも田口さんというスポーツ刈りのカッコイイお兄さんが来ていました。

03DSCF4435.JPG当時の少年誌の表紙はまだ子供が主役だったのです。しかし、この直後から長嶋の登場で俄然プロ野球人気が沸騰し、またテレビの普及も進むにつれて、メディアの人気者が表紙を飾るのが主流になります。私のような何処にでもいそうなフツー性が売りの少年はアッという間に出番が減って行くのです。中島書店中野書店のサンデーやマガジンは創刊から時間順に並んでいるので、この移り変わりをまざまざと確認することができます。ま、それだけに私が表紙に登場しているサンデーは世相史的にも価値があるんですよ〜。

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誌面作りをみると、連載探偵小説「口笛探偵長」に象徴されるように少年週刊誌はまだまだ漫画一色ではなく読み物文化を色濃く残していたことがわかります。とはいえ、私自身は「スポーツマン金太郎」なんかが大好きでした。少年週刊誌から人気小説は生まれなかった(?)けど、人気漫画はその後無数に誕生することになるわけです。

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2004.10.07

04・10・03 笠間東洋のハナノキ

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アメリカハナノキ
2004・10・03 茨城県笠間市
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笠間東洋に春に来た時にこのコースの植栽の教育をシッカリと身につけたキャディーさんからハナノキと聞いた樹木の秋の姿…のつもり。18ホールのうち何処だったか?たぶん同じホールだと思う。

この日のキャディーさんは別の人で、この木のことをアメリカフウとか言っていました。「カエデは漢字で楓って木偏に風って書くでしょ。だからフウ」と、なんか母親がシンクロの井村雅代コーチで父親が横山ヤスシみたいな家系の声で解説してくれましたが、どんなもんでしょうか。

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環状8号線の街路樹モミジバフウ
2004・06・13 世田谷区玉川台
Copycenter 2004 Akira Kamakura

アメリカフウ、本名モミジバフウは勤務先近くの東京の環状8号線の街路樹としてかなり広い範囲に植わっておりまして、いつも見ています。ハナノキとはちょっと違うな。

図鑑で見る限りやはり笠間東洋の木はアメリカハナノキのように見えます。別名ベニカエデ。春のキャディーさんの勝ち〜。

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2004.10.05

04・10・03 笠間東洋ノムラカエデの秋の色

笠間東洋に行きました。5月にはまさに血のように赤かったノムラカエデ。キャディーさんの話では秋には赤が消えてしまうサカサモミジだと聞かされていたので、それをぜひ自分の目で確かめたかった。
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笠間東洋7番ホール 秋のノムラカエデ
2004・10・03 茨城県笠間市
Copycenter 2004 Akira Kamakura

7番ホールが待ち遠しいかったこと。写真のとおり、すでに部分的に秋の紅葉もうっすらと見えますが、その前の状態と思われる緑の葉も沢山ありました。天気が悪かったのでいまひとつ鮮やかな写真は撮れなかったのが残念でした。

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04・10・03 笠間東洋ゴルフ倶楽部のムベもまだ熟さず

笠間の11番は印象的な眼鏡橋のホール。
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笠間東洋スコアカードは11番ホールの絵
2004・10・05 横浜市都筑区
Copycenter 2004 Akira Kamakura

最近知ったのですが、コース設計者の井上誠一はお茶の水の井上眼科の御曹司だったとか。この眼鏡橋はお茶の聖橋とか眼科とかを彷彿とさせるシンボルにも見えます。

このホールのティーグラウンド近くにムベの棚があります。我が家の隣家のムベは先週まだ未熟でしたが、茨城県笠間市のムベはいかに?

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笠間東洋ゴルフ倶楽部のムベ 2004・10・03 茨城県笠間市 Copycenter 2004 Akira Kamakura
見たところまだ熟していないようでした。甘い蜜にありつけなかったのはちょっと残念ですが、こんなに日照条件の良い場所のムベでもまだ熟していないことが確認できてなんだかホッとしました。ご覧の通りこの日は雨天でした。

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