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2004.11.18

04・11・18 瀬田温泉のムベは紫に熟していた

ウチの隣のムベは皮にマスクメロンのような網が掛かった状態で、熟しているのか萎れているのか外見からは分かりにくい状態でしたが、切ってみたら中は有り難くも熟していました。世の中の他のムベはどうなんでしょう。
MubePathDSCF2627.JPG瀬田温泉のムベ
2004・11・18 世田谷区瀬田
Copycenter 2004 Akira Kamakura

瀬田温泉・山河の湯の近くの短い遊歩道沿いにもムベがあるのです。このムベも春からずっと目をつけていました。今朝ちょっと回り道をして観察しました。

この場所は国道246の盛り土の西斜面で、写真ではわかりませんが、向かい側にはスポーツクラブの建物があるので、狭い谷になっているのです。マイクロクライメート的には夏は相当気温が高くなる場所だろうと想像します。

MubeDSCF2616.JPGMubeDSCF2622.JPG
写真のとおりその実は絵に描いたように紫がかっていて由緒正しい成熟ぶりです。だいたい図鑑ではこうなっているんですよね。

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コメント

 縄文人

 ムベ物語楽しく拝読しております。この調子だとまだまだ続編がありそうですね。

 前回の、お隣の留守に、花泥棒という言葉はないんだよ、花は摘まれる為にあるのだからね、お前さんも元は花だったんだよね、となだめてモイできてナイフでスッパリと切って、ウムこれは柿だなとつぶやいたシーンを拝見して、この人、縄文人や、思いました。

 縄文人は狩猟、弥生人は農耕と言われます。
狩猟の民は人より早く獲物見つけて取る、で生きる。
農耕の民は人と一緒に育てて収穫して、で生きる。
それぞれの生き方であります。

 森が少なくなって縄文人にとっては住みづらい世の中になりましたが、近くの生垣に森を見る、という生き方に元縄文人としては共感を禁じえません。
当方は子供の頃、山のメジロを囮使って(とりもち)で捕獲したり、山ぶどうやアケビで甘味を楽しんだり、しながら同時に稲や蜜柑を育てて食っていく農耕も手伝っておりました。

 明日もまた現代の、東京の、(縄文人)が弓矢にかえてデジカメ持って獣道を、獲物求めて出動するのでありましょう。次なる獲物を楽しみにしております。

投稿: ふうてん | 2004.11.19 04:34

縄文人も三内丸山遺跡をみると人工の栗林があったことが判っていますよね。栽培していたんです。ムベをもぐ生き方は縄文よりもっと古いんですかね?

それはともかく、デジカメはワタクシにとっては言葉の俳句ならぬ画像俳句のツールかも知れませんね。俳画は昔からあるから、なんでしょう、俳ビジョンか?

投稿: bee | 2004.11.23 09:00

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