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2004.11.28

04・11・27 黄昏ワインと敬老精神

先日の黄昏ゴルフの夜は黄昏ワインを楽しみました。22wineDSCF2701.JPGChateau la Fleur-Petrus 1970とDaoのGrao Vasco 1974。 コルクをそおっと抜いたのですが、どちらも途中で千切れました。残った部分もなんとか落下させることなく取り出せました。コルクの匂いを確かめてからテイスティング。一瞬の緊張と弛緩。やれやれ、腐ってないや。幸いどちらも長い年月を無事に過ごし抜栓の時を迎えたようでした。

シャトー・ラ・フルール・ペトリュス1970年は抜栓して約1時間後だったか、温泉宿の酎ハイ用グラスに注がれて、浴衣をまとったガイジンの戸惑いがあったかも知れません。熟成の香りやまろやかさは確かにあったのですが、それが存分に花開いておらず、まだ硬さが残っていたと感じました。デカンタージュしていれば、もっと楽しめたのかも知れません。

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黄昏ワイン 2004・11・20 栃木県寿乃湯 Copycenter 2004 Akira Kamakura

名前がいかにもペトリュスのセカンド・ラベルのような感じですが、正確には地図にあるとおり、ペトリュスとは別のシャトーなんですね。ただし経営者は同じ。価格的にもそもそもお高いそうで、友人はこれをオークションで16000円で落札したとのこと。

もう一本はポルトガルのダンの1974年とこれも古いワイン。ちっとも傷んでいないのでこれも感心。義弟からもらったものなので価格不明、というより、pricelessという領域かな。

黄昏ワインを楽しむにはグラスとデカンタも持参するべきでしょうな。正直なところちょっと勿体なかったという悔いが残りました。幼児虐待もいけないが、敬老精神も忘れちゃいけない。

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2004.11.24

04・11・21 黄昏ゴルファーが見た黄昏の色々

いたるところに秋がしみ込んで行く様子が色に見える秋のゴルフ場です。ドウダンツツジにカエデ。真ん中の写真はゴルフ場ではなくてつくばの街の歩道に溜まった桜の落ち葉。たぶん発酵するんでしょうね、かすかに甘い匂いがしていた。前の晩につくばのホテルに一泊して翌朝ゆったりとした気分でゴルフ場に行くのがいいのですね。

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ドウダンツツジ(烏山城) 枯れ葉(つくばの町) カエデ(ウィンザーパーク)
2004・11・20-21 栃木・茨城 Copycenter 2004 Akira Kamakura

烏山城カントリークラブは井上誠一設計の実にタフなコース。距離が長い上にグリーンは砲台で硬い。完全未満のショットにはお仕置きが待っている。おまけに二日酔いだったんですね。おもうようなショットができない、スコアもバラバラ。そうすると目線はふと何処かに救済を求めるがごとく遠くに漂って行くんですねぇ。「こんなに天気がいいのにどうなってるのかねぇ…」。すると目線の先には抜けるような青空とあざやかな紅葉がある。右はカラマツ?(その後、メタセコイヤのような気がして来ました)。はて、左の木はなんでしょう。

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烏山城の紅葉 2004・11・21 栃木県烏山町 Copycenter 2004 Akira Kamakura

08DSCF2769.JPG10KarinDSCF2672.JPG(左)烏山城のサザンカ
2004・11・21 栃木県烏山町
(右)ウィンザーパークのカリン
2004・11・20 茨城県七會村
Copycenter 2004 Akira Kamakura

秋になるといろんなものが一斉に落ちるんですね。サザンカの花びらが落ちて絨毯のよう。右は珍しい光景で、カリンの実がゴロゴロ転がっています。ほとんど枝だけなったカリンの木が淋しい。

右はウィンザーパークの9番と18番のグリーンに挟まれた池。黄昏の夕陽を反射するGolden Pond。どんなに楽しい一日も必ずこうして黄昏を迎える。だが、黄昏たワインを開ける宴席が待っているので感傷にひたってばかりもいられない。

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(左)寿乃湯の朝霧 2004・11・21 栃木県南那須町 Copycenter 2004 Akira Kamakura
(右)ウィンザーパークゴルフクラブ 2004・11・20 茨城県七會村

左はワインの夜が明けた翌朝の寿乃湯の朝霧。カメラマンは前夜の黄昏ワインで二日酔いだった。

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2004.11.23

04・11・20 七會村のゴルフ場で熱気球と遭遇

11月20日土曜日、雨あがりの快晴微風の朝、車でゴルフ場に向かっていました。茨城県七會村の目的地に近づくにつれて上空に熱気球がポツンと浮かんでいるのが見えて来ました。

いやーこりゃ珍しいと車を止めてはデジカメで撮影をしつつ、だんだんゴルフ場へと近づいて行くと、道が小山を回り込んで新たな視界が開けるたびに熱気球の数がみるみる増えるし、高度が低いものはくっきりと形が見えます。

どうもただごとではない。信号で止まったおりに辺りを観察すると、何やら蛍光のオレンジ色のオーバーオールを着たクルーと思われる人々が地上から熱気球を見守っている。ははん、これは競技会に違いない。

50DSCF2658.JPGさらに車を進めると、ちょっと見た限り色とりどりで20個や30個はあるでしょう。熱気球たちはおおむね同じような領域の上空に浮かんでいます。大きなラッキョウの上半身だけを山の向こう側から覗かせているものがある。垂直に上がったり下りたり高度をしきりに変えているものもある。見上げると遥か上空高く浮かんでいるものもある。

まあ、我々がゴルフをやるのも遊びだから、この人たちの熱気球も所詮は遊んでいるんでしょうが、その論理がわからない。ただ浮かぶことを楽しんでいるほど呑気には見えません。どこかに緊張感が漂っています。

そうこうするうちに車は一般道から曲がってゴルフ場に通じる細い道をぐんぐん上ります。山の上にあるクラブハウスの駐車場に着くと、そこが熱気球見物の最高の視界を提供していたのでした。これはラッキーでした。

50DSCF2660.JPG一組の男女が丘の上で熱心に見物していたので、私もデジカメをもって近づき、話しかけてみると、サングラスをおでこに引っかけた精悍な風貌のスポーツ刈りニーチャンが色々と教えてくれました。まず、これは世界大会であって各国から参加者が来ているとのこと。な〜るほど、日本だけで物好きな競技者をこれだけ集めるのは難しそうだと納得。

何を競っているのか?色々あるらしいのですが、例えば、ターゲットに錘を落としてその位置の正確さを競うゲームがあるとのこと。上がったり下がったりしているのは目的地点に運んでくれる気流を探しているのであるとか。まだ気流が見つかっていないヤツだけが、いつまでもその場で上下を繰り返しているってことになります。門外漢には風を探してもがいているってことがすぐにはわからないもんだから、遊んでいるだけかと思ってしまう。

ゴルフの支度をしてパッティング・グリーンに出るとクラブハウスの近くに沢山の熱気球が集まっていました。バーナーを噴かす音が聞こえるほどです。

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MOTEGI熱気球国際大会をウィンザーパークゴルフ&カントリークラブより見物
2004・11・20 茨城県七會村 Copycenter 2004 Akira Kamakura

やがてそのうちの一つがみるみる高度を下げて来ます。せいぜい200〜300ヤード先に見えた光景です。風船がちょっと萎み気味になっている。ん?事故か?えっ、事故じゃないか?!と緊張。地面に対して角度を保ちつつ斜めにスーッと落ちて行く。でも、落ちて行くというより獲物を発見した生き物が天空から俄かに降下して襲いかかるようにも見えます。

あっ、どうなるんだろうと息をのむと、田んぼの何処かに向けて、そこだけは藪の陰で見えなかったのですが、降下して来た斜めの軌道と勢いのまま相当低い高度から錘の袋が投下されました。するやいなや、猛烈にバーナーを噴かして下降する勢いを必死に殺し、まもなくフワッと上昇に転じます。これはスリル満点、というか、一つ間違ったら地面に激突するんじゃないかと素人には見えました。

残念ながらゴンドラの中の命知らずの遊び人の姿はよく見えませんでした。

あとで調べるとこれは「MOTEGI熱気球インターナショナルチャンピオンシップ」とわかりました。

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2004.11.18

04・11・18 瀬田温泉のムベは紫に熟していた

ウチの隣のムベは皮にマスクメロンのような網が掛かった状態で、熟しているのか萎れているのか外見からは分かりにくい状態でしたが、切ってみたら中は有り難くも熟していました。世の中の他のムベはどうなんでしょう。
MubePathDSCF2627.JPG瀬田温泉のムベ
2004・11・18 世田谷区瀬田
Copycenter 2004 Akira Kamakura

瀬田温泉・山河の湯の近くの短い遊歩道沿いにもムベがあるのです。このムベも春からずっと目をつけていました。今朝ちょっと回り道をして観察しました。

この場所は国道246の盛り土の西斜面で、写真ではわかりませんが、向かい側にはスポーツクラブの建物があるので、狭い谷になっているのです。マイクロクライメート的には夏は相当気温が高くなる場所だろうと想像します。

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写真のとおりその実は絵に描いたように紫がかっていて由緒正しい成熟ぶりです。だいたい図鑑ではこうなっているんですよね。

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2004.11.17

04・11・17 ムベの実の蜜の味わい

夜帰宅すると、隣家のガレージは空っぽで部屋の灯も消えている。というわけで(どーゆーわけだ?)、春から観察をし続けて来たムベの実を、いよいよ、満を持して、収穫したのでした。一瞬薄暗闇にハサミが閉じる鋭い金属音が突き刺さった、が、幸い誰も気付かなかったようである。

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ムベの実 2004・11・17 横浜市都筑区 Copycenter 2004 Akira Kamakura
包丁で実をバッサリと二つに切ると、お〜おっ、みごとに熟しています。大成功!!じーっと我慢したかいがありました。鼻を近づけると甘い匂いがします。

透明な果肉の中に黒々とした大粒のタネが目立ちます。割れ目ができていたのは西日を浴びていた側ですが、東側に比べてその部分だけ皮がかなり薄くなっている。とはいえ、あのまま放置していたとしてもアケビのようなパックリという割れ方はしないだろうと思わせる皮の厚さがあります。

MubeDSCF2610.JPG小さなスプーンでプルプルの透明な果肉を掬って口に含む。しつこくない爽やかな甘みだ。うーむこの味は…と記憶を探ることしばし、うむ、この味は柿に近いな、というのが私の印象。果肉の舌触りは別として。ちょっと意外でした。果肉を取ったあとの殻にもまだ蜜が少し溜まっているので、それもスプーンで掬います。

思えば数々の試練を乗り越えてこの実は今日まで生き残り、鶏卵ほどの大きさの球果の中にほの甘く上品な蜜を蓄えた。おそらく多くのムベの実は、その成果を誰に讃えられることもなく、まして果物屋の棚に並ぶこともなく、この高貴な果肉を育んだことをささやかな誇りとしつつ、ほろ苦い無念を形にしたような黒い種子ばかりを抱きつつ萎れて行くのでしょうかね。

よくわかりませんが、この果物にとんでもない栄養価値とか健康食品的価値が再発見されないかぎり、ムベはいつまでもこういうムベなんでしょうね。

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2004.11.12

04・11・12 牛込センチメンタル・ジャーニー

7日の午後、菅原泉さんのヴァイオリンを聴いたあと、時刻はすでに夕方4時近くで薄暗くなりかけていたのですが、じつはこの神楽坂界隈は私が小学校の2年生から20代の後半までを過ごした街でして、慌ててコインパークを出て想い出スポットを車で訪ねてみました。

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赤城神社 2004・11・07 新宿区赤城元町 Copycenter 2004 Akira Kamakura
まずは赤城神社。神社入口の右手前にある店は、昔は中学の同級生の横山君の家が経営する天ぷら屋だった筈なのだが(いや豚カツ屋だったかな?)、「駒寿司」という寿司屋になってるな。その角を右に曲がったところに小学校の同級生のフジクラ・クリーニングがあるのは昔のままだった。彼とは3年ほど前に再会している。で、奥に見える赤城神社は中学時代のデートスポットで、お祭りの時には交換日記の相手とよく来たものだった。もっと前、小学校の頃は、この境内で映画が上映されたこともあった。確か、梅若なんとかさんという俳優主演の時代劇だったと思うが題名が浮かんできません。赤胴鈴之助だったかな?

50KoyamaDSCF2512.JPG市ヶ谷加賀町2-33
2004・11・07
東京都新宿区
Copycenter 2004 Akira Kamakura

私が住んでいたのは新宿区市ヶ谷加賀町2丁目33でした。その家はとっくに消滅しているのですが、すぐ目と鼻の先にあった家が今も亡霊のように残っていました。まさか、と思いました。この建物を最後に見たのは約30年前のことです。今や一見して廃屋のようですが、窓ガラスの内側には新しいカーテンが吊るされているようにも見えます。

この家の前の路地で、近所に住んでいた駐留軍の米兵とキャッチボールをしたことを覚えています。それだけじゃない。東映フライヤーズの土橋投手がまだアマチュアだった頃にその球を受けていたキャッチャーだったという人もこの路地の何処かに住んでいて、そのもの静かなオジサン(ホントウはオニイサン)ともキャッチボールをしたことを思い出す。そうだ。その人は肩を痛めたかしてプロ入りを断念したと言っていたような気がしてきた。そういう華やかな舞台を諦めた人独特の感じが漂っていた。
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この写真中央の塀の左側に我が家の敷地があり路地の奥に勝手口があった。奥にほの暗く見えている万代塀はどうやら昔のままのようです。

この路地の右側が工藤さん。今もお住まいのようだった。たぶん息子さんかな。それとも私が家庭教師をしていた娘さんかな。工藤さんの家からは娘さんのピアノ練習の音がよく聞こえて来たものだった。ソナチネアルバムだったかな。

路地の奥には猿舘さんとか富沢さんとか田中さんとかが住んでいたと思う。田中琢也君は中学で同級になったことがあったが、彼の家からはエレキギターでビートルズの曲がつっかえつっかえ流れてきたものだった。

50NiiyamaAogiriDSCF2506.JPGこの写真右手には大きな青桐の木があった筈が消滅している。残念です。夏休み、この木に実る豆を針金でできたパチンコに詰めてセミを打ち落とすのが当時のガキどもの遊びだったのです。高級なパチンコは木製でゴム銃と言っていた。青桐の実は、今にして思うと、じつに絶妙のタイミングでなったもんです。

この写真の正面ずっと奥のほうにピンク色のもやに包まれて見えている建物は、昔のままなら、たぶん大妻女子大の寮でしょう。

50SanyasuDSCF2503.JPG三安酒店はまだ健在だった。ここのおにぃちゃんがよくまめに御用聞きに来たものだった。当時の酒屋はそういものだったのです。で、近所の奥さんたちが皆でお嫁さんの心配をしてあげたりしたものだった。結果はどうなったか知らないけど。

三安の隣というか左手前にみえている古い家は、たしか小峰さんちじゃないかな。今や舞台衣装の巨匠として活躍している、ということを時々メディアを通じて知る小峰リリーさんとは小学校の同級生だった。

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2004.11.11

04・11・10 SADOYA Chateau Brillant 1979

レストランを営む義弟からもらったワイン。SADOYA Chateau Brillant 1979。店はホノルルなのに自宅は中目黒。めったに主の帰って来ないマンションでワインたちはジッと眠っていたらしい。

最近トレンディーらしいNAKAMEGから調布に引っ越しをすることになった彼だが、どっちみち日本での滞在日数は少ないので古いワインを「処分」した。処分品は全部我が家に助けを求めに来た。よしよし、ここはワインの天国だ、もう安心だよ。私はワインボトルを優しく愛撫して囁いたのだがきっとヨダレが垂れていただろう。殆どが20年以上経過しているボトルは埃にまみれ、内側にはタンニンがベットリ張りついている。こんなに古いコレクションを楽しむ機会に恵まれたのは初めてのこと。

50SadoyaDSCF2532.JPG色々もらった中、サドヤは飲んだ記憶がなかったので、まずはこれから開けました。コルクが途中で折れて残った部分がワインの海の中に転落。それをデカンタージュしました。ジットリと湿ったコルクでしたが臭いをかぐかぎりブショネではなさそう。よしよし。

色はやや褪せて茶色っぽくなっています。いよいよ口に含むと…この最初の印象が楽しみなんですが…ふむふむ、まあピークは間違いなく過ぎていると思うが、華やかさこそないものの、しっかりとしたタンニンがあってバランスは崩れておらず、単に加齢のせいで全体的にパワーが落ちただけだ。なんか威厳を保ちつつ矍鑠(カクシャクなんて漢字知らないよね)と老境を迎えた感じで悪くないじゃないですか。

アルコール度数が落ちていた感じで、いくら飲んでも酔いが来ません。それに流石にこれは翌日に残すわけにも行かず、けっきょく一人で一本全部を飲んでしまいました。

25年前に甲府を旅立った液体が横浜のワイン飲みの家の食卓に漂着し、たった1-2時間で25年間の物語を小声でつぶやいて消えて行きました。このワインはこういう運命だったんだね。

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2004.11.10

04・11・10 アマチュア演奏会の楽しみ

日曜日、神楽坂の音楽之友社のホールであるアマチュア・グループの音楽会を聴きました。友人のセミプロ・ヴァイオリニスト菅原泉さんが出演するので出かけたのですが、そこには期待以上の上質の音楽の楽しみがあり、そうかそういうことだったのかと私の音楽世界がちょっと広がった思いがしました。

日本のクラッシクの音楽市場はオケだろうとソロだろうと室内楽だろうと、たぶん興行的には厳しいものがあるだろうと「傍目憶測」で理解しています。

例えば、先日、ライバル楽団である東フィルを指揮した日フィルの音楽監督のコバケン氏(小林研一郎氏)がいみじくも朝日新聞で語っているように、彼の使命は楽団員の生活を守ることが第一、そのために私小林は何でもやりますということになる。確かに楽団員がヒモジイ思いをしているようでは豊かな音楽は鳴らないにちがいない。しかしそうなるとチケットを沢山売ることが第一だから演奏曲目はなるべく大衆的なもの、つまり楽団員にとっては手垢にまみれた(かも知れない)練習もあまり必要のない曲という方向性になるわけです。

これに比べるとアマってのは恐ろしい。当人が好きな音楽を勝手気ままに演奏するのですよ。客の大半は無料招待だからクレームのつけようがない。出る人出る人が次々と聴き手の大多数が知らない地味な曲を平気で演奏するのです。うん、ここだね、ここがアマチュア音楽会の本質的な魅力だ、と私は思ったものでした。

ま、よーく考えると、単なるアマじゃなくて、オトナのアマであってそれなりの音楽キャリアを積んだ人々という条件がつきます。この日の演奏会もなんと年一回を重ね重ねて23回目だというから凄い。

菅原泉さんはルクレールという作曲家のヴァイオリンソナタを演奏。とても端正な音楽。第四楽章のトルコマーチ風(かどうかわかりませんが)が印象的。後で当人から聴くとコレリがお手本にした作曲家だという。古くてシブイ。でも、へー、こんな音楽があったのかって素直に受け止めることができる。プロの演奏会ではなかなかこうは行かないでしょう。とてもいい経験をさせていただきました。

じつは私もこの週末に年に一度の学芸会以下の演奏会にギター・デュエットで参加する予定ですが、演奏する3曲のうち2曲はたぶん本邦初演でしょう。初演なら誰も知らないので間違ってもワカンナイ。それが狙いというのが哀しい:-)

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2004.11.06

04・11・06 庭の見張り番センチネル

我が庭の横幅をとらない上昇志向の強い樹木の中で一番成長が遅いのがセンチネルのようです。

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センチネル 2004・11・06 横浜市都筑区 Copycenter 2004 Akira Kamakura
植えて4-5年経過してあまり高さが伸びた印象がありません。今ところ私の腰ほどの高さでしょうかね。もともとdwarf coniferのつもりで買ったもので、これで結構なんですが、嵐などで樹形が乱れた場合に、もとの形に成形するのにも時間がかかるのではないかということが気がかり。じつは、もう何カ月も紐で小枝を束ねて髪形を整えようとしているのが一本あるのです。

右の写真は葉の様子がわかるように接写したものですが、センチネルは触ると葉のトゲが鋭く刺さってきて痛いですよ。ま、そういう意味で、これを生垣にしておけば防犯効果が期待できるかも知れないですね。

"sentinel"は「歩哨兵・番兵」という意味だそうですが、最初にこの名前を理解して思ったのは夕闇せまる丘の上にすくっと立っている歩哨兵のシルエットでした。しかしひょっとすると、この葉のトゲが泥棒の進入を防ぐ効果があることから来ているのかも知れないと思ったものです。この件については由来をまったく調べていません。全部私の妄想。

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04・11・06 イタリアンサイプレスの実

こういう細く高く伸びる樹木は写真におさめにくくて困ります。このイタリアンサイプレスは植えて4-5年はたつと思っているのですが樹高は約3mでしょう。今日その写真をとってパソコンの画面でながめていて、木のてっぺん近くに鈍い茶色のまん丸い物体が黒子のようにくっついているのに気づきました。

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イタリアンサイプレス 2004・11・06 横浜市都筑区 Copycenter 2004 Akira Kamakura
カマキリの卵か?いくらなんでも位置が高すぎるよね。これじゃこの冬はとんでもない大雪ということになる。

やむなくまた庭に出て、脚立を持ち出して間近に確認したのが右の写真です。可愛いサッカーボールのような実でした。他の場所にももう一つ成っていました。

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04・11・06 マキの樹上発根とはこれのことか?

近所に立派なマキがあり、樹上発根とおぼしき現象を観察することができました。

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マキの実の樹上発根か? 2004・11・06 横浜市都筑区 Copycenter 2004 Akira Kamakura
青白い粉をまぶしたような実から黄緑色のヒゲのような根が一本伸びています。上の段の写真ではその根が宙をさまよっています。赤い実(ではないのですが)の養分を吸いたいのでしょうが、外れているのですね。

しかし下の段の右下の写真では、そういう根がループを描いてやがては赤い果実の養分にありつくことを示唆しています。下の左のケースはまっすぐに根が伸びて養分吸収に成功したように見えますね。

あの赤い漿果のようなものは必ずしも鳥などの動物による種子散布を狙ったものではなくて、種子の樹上での発芽のための哺乳瓶だったのですね。

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04・11・06 ムベは熟したか?

ムベの皮が割れて来ました。表面のマスクメロンのような網もいまや全面的に広がっているようです。
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ムベ 2004・11・06 横浜市都筑区 Copycenter 2004 Akira Kamakura
そろそろかな、と思っています。そろそろ、ね。

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