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2004.12.19

04・12・19 イチョウに異常なし、今のところは

去年と同じイチョウが今年もいい色になっています。自然な形が美しい。
50GingkoDSCF2990イチョウ
04・12・14 東京都世田谷区瀬田
Copycenter 2004 Akira Kamakura

この土地はかつて自動車教習所だったようです。空き地になって樹木の手入れもおろそかになり、おかげでイチョウはノビノビと育った?

ただし、最近、この土地の奥の方半分で建築工事が始まりました。果してこの樹木たちの運命やいかに。
【追記】04・12・27
50GingkoDSCF3147イチョウの横顔
2004・12・24 世田谷区瀬田
Copycenter 2004 Akira Kamakura

このイチョウは葉が残っていたのは東向きの部分だけ。裏側はすでに落葉していたのです。まるでハリボテのポチョムキン。国道246の道路を照らす照明の影響なのか?よくわかりません。

その真相究明のチャンスは永遠に来ないかも知れません。

50BonzDSCF3149地鎮祭か?
2004・12・24 世田谷区瀬田
Copycenter 2004 Akira Kamakura

マンション建設のために地鎮祭?というには簡素ですが坊さんが来ていました。自動車教習所のコースの中心にある丘を取り除く準備のように見えます。あるいはあの盛り土はじつは古墳なのか?いや、こんな河原に古墳はないだろうな。ちょっと憶測力を刺激する光景ではありました。

2005年1月6日からマンション建設工事着工なので、それまでにこの土地は更地になるどころか、地下一階分掘り下げて地盤に杭を打ち込まれることになりそうです。樹木が生き残る余地はないと見ました。

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2004.12.12

04・12・12 ジンファンデル(Zinfandel)の正体とその故郷

知る人ぞ知るMinister of Useless Information(MOUI=無駄情報担当相)なる肩書をお持ちの方から、こともあろうにジンファンデルの正体がクロアチアのツェルリェナック・カシュテランスキー種(Crljenak Kastelanski)だとストーンヘッジ(Stonehedge)というNapaのワイナリーのホームページに書いてあるよと教えられました。先日、MOUI氏主宰のある会食で、ワイン選択を任された私がプリミティーヴォ(Primitivo)を選び、これがジンファンデルの元祖だと解説したのがいけなかった。気になったMOUI氏は帰宅後に色々調べたのですね。

この情報をもらった私は、手元のワイン用ブドウの辞典類ではクロアチアのプラヴァッツ・マリ(Plavac Mali)がジンファンデルに近いと書いてあるので、その異名の同種でも見つかったのかぐらいにしか思いませんでした。

が、気になるので私なりに調べてみると、そんないい加減な話ではありませんでした。結論的にはこういうことです。

ジンファンデルがプリミティーヴォと同一種であることはDNA鑑定ですぐに判明した。ただしプリミティーヴォがイタリアで栽培され始めたのは意外に新しくて18世紀頃だと歴史学的に判断される。

クロアチアのプラヴァッツ・マリはDNA鑑定で、驚いたことにジンファンデルとドブリッチック(Dobricic)という種を掛け合わせた種であることが判明した。

ならばクロアチアにジンファンデルと同じDNAを持つ種がかつて存在した筈だという推論になる。南イタリアのプリミティーヴォもアドリア海を隔てたクロアチアから入って来たと考えれば辻褄が合う。

そこで、クロアチアでジンファンデルと同一のDNAを持つ種を探したところ、とうとう地元でツェルリェナック・カシュテランスキーと呼ばれている種を発見したという話なのである。

「ツェルリェナック(Crljenak)」は「赤いブドウ」の意味。「カシュテランスキー(Kastelanski)」はカシュテラ(Kastela)という地名から来ている。つまり「カシュテラの赤いブドウ」。カシュテラはクロアチアで二番目に大きな都市とされるスプリット(Split)のちょっと北に位置する海辺の街。

このブドウ探しとDNA鑑定に取り組んだのはカリフォルニアのワイン業界の研究基盤というべきUC Davis=カリフォニア大学デーヴィス校のワイン醸造学のキャロル・メレディス教授(Carole P. Meredith)。ここに詳しい講演録のpdfがあります。上に書いた説明もこのpdfの要点です。

ちょっと補足しますと、今日、ツェルリェナック・カシュテランスキー種はクロアチアでも殆ど残っていないといいます。2001年末のこの発見当時、研究チームが調べた無数の地元のブドウ園の中のたった一ヶ所の数千株のうちのたった9株だけだったとのこと。※他の資料では8株となっていますが、メレディス先生は自分で9と言っています※

そのブドウ園では、株の植え替えが進んでいる上に、現地の人々もこの種をことさら特別なものとは認識していなっかたそうで、メレディス先生の調査があと数年遅れていたら見つからなかったかも知れなかったのです。

つまり現地では絶滅の道を歩んでいる種なのですが、それは何故か?この点についてジンファンデルの教祖の一人であるリッジのポール・ドレーパーの下でブドウ栽培を担当しているデヴィッド・ゲイツが一つの考察を披露しています。

何故この品種は現在ほとんど絶滅に近い状態になっていて、プラヴァッツ・マリやバビッチャなど他の品種が代わりに植わっているのだろうか。原因は、ジンファンデルの大きくて果汁の多い果粒と、薄い果皮にある。夏から秋にかけて降雨のあるヨーロッパの気候下では、この品種は病気やカビ害に極めて冒されやすいのである。今日のダルマチアで最大の栽培面積を誇る赤品種はプラヴァッツ・マリだが、こちらはジンファンデルから生き生きとした果実の個性こそは貰ったものの、ひ弱な果皮については受け継がなかった。カビへの抵抗性を持ち、適度な酸と多量のタンニンを含む品種なのだが、これらは暖かい産地のワインに必須の性質なのである。扱いやすく、かつワインの味も良いようなブドウを栽培家は常に探しているもので、プラヴァッツ・マリはうってつけだったのだ。
で、ジンファンデルがカリフォニアで大きく花開いたのは一重に収穫期に雨が降らないという気候条件に原因があるとしています。

メレディス先生がクロアチア探索に取り組む切っ掛けを作ったのはグルギッチ・ヒルズ(Grgich Hills)・ワイナリーの創立者Miljenko“Mike”Grgichで、もともとクロアチア出身の彼が、1996年に、メレディス先生に故郷のプラヴァッツ・マリがジンファンデルと同じだと思うので詳しく調べてほしい、そのために必要な支援は何でもする、と持ちかけたことだそうです。この経緯は先生の講演録にも、また、Grgich Hillsのページにもそう書かれています。

メレディス・チームではZinfandel=Primitivo=Crljenak Kastelanskiと判明したこのブドウの種を三つの頭文字を組み合わせてZPCと呼んでいるとか。

プリミティーヴォの経緯は、18世紀にクロアチアにおける宗教的迫害が原因で南イタリアに逃れた僧が伝えたと考えられるとのこと。

アメリカにジンファンデルとして伝播した経緯に関する一つの説は、フランツ・ヨーゼフ皇帝(Franz Josef)がウィーンでブドウの木を色々集めていて、その中に含まれていたツェルリェナック・カシュテランスキー種が、後に園芸業者の手によってアメリカのロング・アイランドに輸出された可能性があるといいます。

そして、オーストリアにはZierfandlerという白ワインのブドウがもともとあり、輸出入の書類のやりとりの中で情報の混乱がおきて、ツェルリェナック・カシュテランスキー種の苗をZinfandel種だと勘違いした可能性が指摘されております。さもありなんと思います。そもそもツェルリェナック・カシュテランスキーなんて名前がアメリカに定着するとは信じられないですよ。

なお、メレディス先生の研究室ではジンファンデルだけでなく、他の有名な種についてもDNA鑑定してその家系を明らかにしています。

カベルネ・ソーヴィニヨン(Cabernet Sauvignon)はカベルネ・フラン(Cabernet Franc)とソーヴィニヨン・ブラン(Sauvignon blanc)の交配によるもの。これは意外ですね。大方の俗説が吹っ飛んだ。【追記 05・01・09】参照。

カリフォニアでプティ・シラー(Petite Sirah)と呼ばれる種はフランスのデュリフ(Durif)と同一であり、そのデュリフは本来のシラー(Syrah)とペルーサン(Peloursin)の交配であると。プティ・シラーはシラーと関係ないと感じていた専門家はこの判定にのけぞったらしい。

シャルドネ(Chardonnay)はどうなのか?そもそも中世において、フランスでは高貴な人々は斜面の土地にピノ(Pinot)を栽培し、農民は平地にグエ(Gouais)を植えていた。ちなみにピノはPinot noirもPinot grisもPinot blancもDNAパターンは同じであり、専門的には、色が違っても同一種なんだそうです。その理屈がよくわかりませんが。このように両者はキッチリと栽培地を分けていたにも係わらずその境界地域で自然交配がおきてブルゴーニュの様々な種が生まれたのであり、シャルドネもその一つにすぎないというのですね。

DNA解析の威力には驚きますね。この際、日本の甲州種も調べて欲しいものです。

【追記 05・01・09】
カベルネ・ソーヴィニョンの起源に関するこれまでの説に関連して、ヒュー・ジョンソン(Hugh Johnson)は「ワイン世界地図」"World Atlas of Wine(4th edition)"のクロアチア(かつてのユーゴスラヴィア)の解説でこんなことを書いています。

Northern Croatia and Serbia are essentially mass-roduction cooperative country.The long coastal strip of Dalmatia is a complete contrast --- a region full of original, if elusive, rewards. From Rijeka south the great red grape is the Plavac Mali. If it is true that the original home of the Cabernet was in Albania, it is possible to imagine that this small dark berry, giving tannic, strong and chewy wine, is a long-lost relation.
(私訳)クロアチア北部やセルビアは基本的には協同組合で大量生産するワインしかない地域。これに対してダルマチアの細く長く続く沿岸地域は全く対照的であって、ここには、よく探せばだが、独特の魅力が満ち満ちている。リィエカ(Rijeka)から南では赤のブドウはもっぱらプラヴァッツ・マリ。カベルネの故郷がアルバニアだという説が本当だとして、想像をたくましくすると、この小ぶりの黒ブドウこそが、タンニンのしっかりした力強く味わい深いワインを作ることから、実は遥か昔に離散してしまったカベルネの親類の一つだと言えるだろう。

ヒュー・ジョンソンもこの記述を改訂する必要がありますね。

それからKastelaの発音はここで確認したところ(実際の発音を聞くことがでできます)カシュテラが近いので、最初にカステラと書いた記述を訂正しておきました。

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2004.12.11

04・12・11 大地震を体験した2002 Turley "Dusi" Zinfandel

50turleyDSCF2982たまプラーザの東急デパートのワイン売り場を見るともなく見ていたら見慣れたターレー(Turley)のジンファンデル(Zinfandel)のボトルがあります。カリフォルニアはもう割高だからなかなか買わないけど、でもいいワインの値段だけは確認したくなるんですね。税込み7,875円。アルコール度数が16.5度!すごいですねぇ。これは今まで見たZinfandelの中で最も高い度数です。

見ると首のところに変な余計なラベルがついている。何だろ?"DEC 22, 2003 11:15AM 6.5(RICHTER)"ってことはリヒタースケールで6.5の地震ってこと?見ているうちにジワジワと記憶がよみがえってきました。そういえばZinfandelの名産地Paso Roblesで地震があったというニュースを読んだことを思い出しました。あれは去年だったのか。あらためてラベルを見ると金の糸で刺繍したようなデザインは地震計の針の軌跡なんですね。
50TurleyQuakeDSCF2958つまり、このターレーは地震災害を生き残ったワインなんだと納得。とたんに割高を忘れて衝動買い。

ちょっと調べてみると、あれはサン・シメオン(San Simeon)地震と名付けられており、ターレーがあるテンプルトン(Templeton)の西あたりがもっとも被害が大きかったとのこと。ワイナリーの地震対策をビジネスにしているVingenuity社のサイトにその被害状況の情報があります。こんなビジネスがあるとは流石カリフォニア。

で、どうやらTurleyはもっとも被害が大きかったワイナリーの代表扱いされているようです。被害状況の写真が他にも沢山掲載されています。ターレーの被害は凄かったんですね。こんなワインの詰まった大きな樽がドドッと崩れて来たら、ワインも心配だけど、その前に人間があぶない。

Paso Roblesの街もかなり被害を受けています。

2002 Turley "Dusi Ranch" Zinfandelは一本$48で800ケース出荷され、例年より10〜15%少なかった、という記事がありますが、私が買ったのはDusi Vineyardなので微妙に違う。でも、恐らく中身はだいたい同じでしょう。

このワインについてロバート・パーカーは5-6年寝かせるべきと言っているようです。私の乏しい経験でもZinfandelは10年は長すぎるような印象です。ということでTurley Dusi 2002は我が家の物置セラーに入りましたが、Paso Roblesから疎開して来たようなこのワインは、まだ安心できませんよ。南関東大地震が来るかも知れないから。来れば更に箔がつくか?

その場合は、地震計の針の軌跡のラベルをもう一枚作って貼り付けて、カリフォルニアのオークションにでもだすかな。

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2004.12.05

04・12・05 映画「スウィング・ガールズ」

吹奏楽界の人気作曲家である松尾善雄さんが音楽映画の傑作だと仰る「スウィング・ガールズ」をようやく観てきました。

土曜の朝、テレビのスイッチを入れたら所ジョージの番組で、高校生たちが全国吹奏楽コンテストを目指してガンバル話の再放送をやっていました。野球の甲子園に対してこっちは杉並の普門館を目指すのです。一度観ているのですが二度目でも面白い。観ているうちに、そういえば「スウィング・ガールズ」を観るつもりだったことを思い出したのです。

50SwingGirlsDSCF2867.JPG時計は11時過ぎ。神奈川新聞によるとちょうど綱島映画で上映中で次は12時55分から。よし、決めた、歩いて行こう。距離は7-8kmだろう。忘年会シーズン突入直前の今、あらかじめ体脂肪を十分に燃やしておく必要がある。ゴルフのソフトスパイクのシューズを履いて出発。※ソフトスパイクは街中のウォーキング・シューズとしても優れものですよ※

楽勝で間に合う筈だったのですが、途中でデジカメを撮ったりしているうちにギリギリになって来まして、最後の15分ほどはバスに乗りました。映画館に到着してドアを開けて暗闇の中を手さぐりで席についた途端、上映開始となりました。

けっこう楽しめる映画でした。

ついこのあいだまで楽器演奏の素人だった少女たちが、猛練習を経て人前でビッグ・バンド・ジャズを披露して聴衆をスウィングさせるところまで行ったという、その記録映画的な実質にジワッとした感動があります。

これを裏返して言うと、もしも少女たちが、じつは演奏なんかできなくて、クチパク的に楽器に触っているだけだとしたら、この映画の感動は激減するでしょうね。

シリアスな話に展開してもおかしくないエピソードは沢山盛り込まれています。鉄道線路歩行事件、野球部食中毒事件、アルバイト先スーパーでのスプリンクラー事件、ひょっとしたらイジワルだったかも知れないそのバイト先の主任との人間関係、家のパソコンを勝手に売却して中古楽器を手に入れる事件、などなど。

しかし、少女たちの目から見たらみんなイタズラにすぎない。その目線でストーリィが展開するので毒もトゲも無い。ただ、物事にマジで取り組むことに対する少女たちの微妙なテレは巧みに表現されていて、もしかしたらこれが唯一のリアリズムであり、また、観客の心の鍵穴に差し込まれるキーなのかも知れないな。例えば今どきの若い子に対するオジサンたちの信頼回復のキーでしょうか。

登場人物はみんなコミックのページから抜け出て来たようなキャラクターですし、演出も劇画的に感じました。おそらくコミック誌を読み慣れた世代にとって受け入れやすい映画が意図されているのでしょう。

ストーリィ展開のテンポはなかなか早い。編集段階でそうとう削っているのではないかと感じました。これがテレビの連ドラだったら、1年間でも続けられそうな素材が詰まっているんじゃないでしょうか。

50TsunashimaCinemaDSCF2869.JPG綱島映画
2004・12・04 横浜市港北区
Copycenter 2004 Akira Kamakura

ところで「綱島映画」という映画館が、なんともホロホロとした場末感あふれる味わいのある小屋なんです。暗闇で目が慣れて来て客の人数を数えたら16名。ロビーの売店のショーケースはほとんどカラっぽ。シートもトイレも古いし、外に出て見ると外壁は懐かしのトタンの波板。どうやらこれから時々通うことになりそうです。

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04・12・05 綱島小学校のイトスギ

昨日、たまたま通り掛かった横浜市立綱島小学校の校庭に立派なイタリアン・サイプレスがありました。見事に細いまままっすぐ伸びた木は高さ12-3mはありそう。これだけのものを私の日頃の行動範囲で見たのは初めて。

50ItalianCypressUpDSCF2876.JPG50ItalianCypressDSCF2877.JPG
綱島小学校のイタリアンサイプレス 2004・12・04 横浜市港北区
Copycenter 2004 Akira Kamakura

ただ、なんでこの学校にこういう木があるのか。校庭を見渡す限り格別園芸的な景観作りにこだわりがあるとも思われない。そもそも、どうせこの木を植えるなら何本か並べた方が面白いのに、一本だけポツンとあるんですね。

ちょっと調べてみました。すると、イトスギの和名を持つこの木は、赤十字精神の象徴らしいのです。1859年のイタリア統一戦争の時、アンリ・デュナンが最初に敵味方の区別なく戦傷者の救護活動を行ったのがイタリアはミラノとヴェローナの中間地点のソルフェリーノ(Solferino)村の通称"糸杉の丘"だったから。

で、それからちょうど100年後、1959年の国際赤十字100年祭のおりに、イタリア赤十字社から糸杉の種子が日本の青少年赤十字メンバーに贈られ、全国各地でその種を播いたとのこと。

綱島小学校のホームページにはこの学校のイトスギがその時の種から育ったものだと書かれています。のちに分離して設立された北綱島小学校のホームページには「平成7年11月 PTA赤十字銀色有功章受賞」とあって、やはり立派な立ち姿の樹木は人々の精神に影響を与えるものらしいと感心させられました。

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2004.12.04

04・12・04 もうこれっきりじゃなかったイイギリよ!

私の中でイイギリといえば、長年、東横線が中目黒駅を出発して都立大方面に動き出してまもなく進行方向左手に見える大きなイイギリと決まっていました。真冬、葉がすっかり落ちた枝からブドウの房のような真っ赤な実が幾つも懸かっているあでやかな姿を動く電車の窓から目で追い続けたものだった。

ところが、去年でしたか、あるはずの場所にないことに漸く気づきました。おかしいな、まさかあんな立派な木を切り倒す筈がないだろうにと思って、わざわざ電車を降りて下の道を線路沿いに歩いて探して見ましたが、見つからない。どうやら、中目黒駅の南側の再開発で高層ビルが建った時に消えたのに違いないと結論づけました。以来、イイギリ喪失感が心の底に濡れ落ち葉のように貼りついて離れない。

冬景色をあれほど豪華に見せる大スター級の木をどうしてもっと植えないのだろうか。自分の行動範囲ではどうにも他のイイギリが見つからないのです。

Iigiri50DSCF2847.JPGイイギリ
2004・12・04
横浜市都筑区
Copycenter 2004 Akira Kamakura

今日、日頃のウォーキングではほとんど行かない方向に歩いて行きました。ちょっと事情があって。まず、おやこんなところに新しい幼稚園ができているという発見があって、そこを通り過ぎた瞬間、イイギリが視界に飛び込んで来ました。おー、とうとう見つけたぞ、しかもこんな身近に!

天気は曇りだし、イイギリもまだ葉が残った状態で本来のイメージとは違います。急いでいたので撮影ポジションを選んでいる時間もなく、まずは記録としてデジカメに撮りました。そのうち、あるべき姿を捕らえることにしましょう。私にとっては小さな大発見。

わが中川はいい街だ。

【追記】04・12・05
50ThreeIigiriDSCF2941.JPGイイギリ
2004・12・05 横浜市都筑区
Copycenter 2004 Akira Kamakura

台風のような強烈な低気圧の通過で風速40m近くになった昨晩、枯れ葉は吹き飛びました。今日はなま温かい南風が吹き快晴。午後3時過ぎにイイギリ撮影に出かけました。

なんと3本もありました。残念ながら実を沢山残しているのは1本だけ。写真には写っていませんが鳥たちが実をついばんでいました。
IigiriDSCF2943.JPG
イイギリ 2004・12・05 横浜市都筑区 Copycenter 2004 Akira Kamakura

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04・12・04 眼前の熟柿に手を伸ばす

早渕川沿いの畑の端に柿林がありました。持ち主はもう収穫する気がないのですかね。熟し過ぎて色が柿色を超えているものも見えるでしょ。さて、縄文人はこれを採集するか?

 左目で右目で
早渕川沿いの柿林 2004・12・04 横浜市都筑区 Copycenter 2004 Akira Kamakura

あいにく現代俳ビジョン作家を名乗る私としてはこれを立体写真に撮りました。一枚の平面的な写真だと柿林の風景として心穏やかに観賞していられますが、立体視してみると手を伸ばしてもぎ採りたくなりますね。

じつはこれは泥棒よけのフェンスの隙間から撮影したものでして、柿をもぎたくてもできない状況ではありました。ホントですよ。

というわけで桜並木の冬景色に続く2作目の立体写真。景色の中に動く物が入って来ない状況で、近景から遠景まで見通せて、かつ、同じような物が写ると奥行き感がよく出ます。柿の木の葉が残っていたらこうは行かないわけです。

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2004.12.01

04・12・01 万紅葉中緑一点のフウ

街中の街路樹は同じ種類の樹木なのに紅葉や落葉の進み具合が目立って違うことがけっこうあります。私の適当な観察では、街路灯の近くで夜も光を浴びる木は緑の葉をいつまでも残すことが多いという印象があります。

B040603monijibafuuDSCF3503.JPGB041201momijibafuuDSCF2828.JPG
(左)夏のモミジバフウ 2004・06・03 (右)冬のモミジバフウ 2004・12・01
世田谷区玉川台 Copycenter 2004 Akira Kamakura

会社の近くの環状8号線の街路樹はモミジバフウです。一度、この道沿いに高井戸の辺りまで車で走って観察したところ、かなり広い範囲に延々と同じ樹木が植わっていました。

毎年今頃、環8沿いの見渡す限りのモミジバフウは紅葉し落葉して行くのですが、一本だけいつまでも緑の葉が密生したまま真冬を迎える木があるのです。落葉しているものと比較しても、街路灯の法則では説明できない。今年もその違いが目立つ季節となりました。

A040603fuuDSCF3500.JPGA041201fuuDSCF2829.JPG
(左)夏のフウ 2004・06・03(右)冬のフウ 2004・12・01
世田谷区玉川台 Copycenter 2004 Akira Kamakura

で、これは樹種の違いだろうと思って、デジカメに記録して調べました。どうやら紅葉が遅いのは「フウ」のようです。

山渓の図鑑によると、モミジバフウは葉が掌状に5裂するが、フウは3裂なんですね。紅葉の時期の違いは書いてない。
fuuskinDSCF2831.JPGフウの樹皮
2004・12・01 世田谷区玉川台
Copycenter 2004 Akira Kamakura

葉だけ見るとやはり街路樹に多いトウカエデと似た感じもありますが、樹皮が違います。

植えた当事者は樹種の違いに気付いていたのでしょうかね?この木に取り付けられた識別番号札が見えるようにデジカメに記録しておきました。

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