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2005.03.30

05・03・30 ブログが花粉症化してる

「ふうてんのタマさん」がblogを始めましたね。

レガシー・ホームページからなかなか出てこなかったのですが、ヒョイと暖簾をかき分けてサッと入って来て、もう昔からやってるみたいな風格があります。

最近、SF作家の森下一仁さんも、と言っても私は別に知人でも読者でも何でもないのですが、レガシー・ホームページからblogに乗り換えました。

時々のぞいていたこの方もつい最近blogを開設されました。

まてよと調べると、ホームページ歴はそうとう長いとお見受けするこの方も今年の1月からだ。

皆さん妙にタイミングが一致しています。

なんだか、この間まで花粉症なんか知らんと言ってた人が今年はたまらんとクシャミしたり鼻水を流したりするのと似ているような気がする。

ただ、どうも以前から個人ホームページをやっておられた人ほど遅めの参入になるもののようで。

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2005.03.28

05・03・28 小松崎茂と中村猛

オタクなパート書店員の日記さんのところに小松崎茂の画集が紹介されていました。じつに懐かしい名前です。

小学生の頃、少年雑誌を飾るこの小松崎茂とか中村猛の挿絵を眺めて飽きることがありませんでした。白波が立つ群青色の海原を行く大型帆船のカラー印刷の絵なんかが特に記憶に残っています。とにかく精緻なリアリズム。それが格好良く見えたんですね。

ところで、中村猛画伯のお嬢さんの中村憲子さん(私の年代では憲法の憲の字を名前に持つ人が多いのですが)が小学校の同級生だったことを思い出しました。

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2005.03.27

05・03・27 モミジバフウの枝の翼

茨城のゴルフ場に行くたびに気になるこの木。枝に翼がついています。

DSCF3192モミジバフウ 2004・12・25 茨城県笠間市 Copycenter 2004 Akira Kamakura
枝に翼というと反射的に思うのがニシキギですが、こんなに高くは育たないでしょう。じゃあ何者だろうか?とずっと引っ掛かっていました。
DSCF3188
結局これはモミジバフウらしい。山渓の図鑑に「若枝には淡褐色でコルク質の稜ができる」とあります。

モミジバフウならオフィスに近くの環八沿いの街路樹があるのですが、枝の翼は見た記憶がありません。あれは成熟した枝なんでしょうか。

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05・03・27 スギと人間の心理戦争

3月20日-21日と茨城のゴルフ場へ。花粉予報で「非常に多い」と警告されていたことは知りつつ出撃!

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スギ花粉 2005・03・21 茨城県七會村 Copycenter 2005 Akira Kamakura
1日駐車場に置いた車のガラスにこんなに花粉が着いています。

コースのスギの花はもう完熟というべき花盛り。12月とはずいぶん違う。たわむれに指で弾いてみると黄色い煙が立ち上ります。スギはスギなりに個体生存の危機を感じていればこそ子孫を残そうと華々しく花を咲かせているのでしょう。

確かにこのところ人間はスギという存在を疎ましく思っており凶暴な企てを心に抱き始めていることは事実でしょう。その心を読んだかのようにスギはますます大量の花粉を飛ばして自己防衛に躍起になっているような気がしないでもない。

スギ花粉にはそれほど反応しない筈の私が、しかも、1月からアレジオンというクスリを飲み続け来たというのに、集中力を欠くショットが多かったですねぇ。メガネが曇るのでマスクは役立たず。どうにもなりません。
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ヒノキ 2005・03・21 茨城県笠間市
Copycenter 2005 Akira Kamakura

特に問題は夜、熟睡できなことです。夜中に一度は自分のクシャミで目が覚める。鼻の奥のムズムズが気になって眠りに集中できないのですね。

世の中に絶えて杉花粉のなかりせば…と恨めしくなります。

スギが終わっても次が控えていて、ヒノキもだいぶ色づいて来ています。

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2005.03.26

05・03・26 ジャンボ尾崎の球筋

金田正一の球筋の記憶と同じぐらい衝撃的だったのがゴルフのジャンボ尾崎の球筋です。

時は昭和四十八年頃。習志野カントリーだったか総武カントリーだったか?プロゴルフの試合をたぶん初めて観に行った時のことだったと思います。

あるホールでの尾崎の第二打地点で、後方約20メートルほどから彼のショットを観るチャンスに恵まれました。有名選手のまわりには人垣ができますので、なかなかよく見られないものなのです。

グリーンまではまだ200ヤードぐらいはあったように思います。けっこう遠く見えました。

尾崎が打った瞬間、私は内心「アッ!トップだ、ミスショットだよ」と思いました。とにかく打ち出された球が地面スレスレに飛んで行ったのですから。

ギャラリーの一人として私もその球の行方をドキドキしながら目で追っていました。

球は異様なほど大量のスピンのエネルギーを与えられて殆どオロオロしながら飛んで行ったのですが、軌道はどこまでいっても地面スレスレのままなのです。「やっぱりミスだな」と思わざるを得ません。

ところがです、グリーン近くに到達するや突然低空飛行は終わり、球がフワーッと高く舞い上がるではありませんか。「エーッ?オーッ!」と戸惑いと驚きのどよめきの中、球は天空から鳥が舞い降りるがごとくフワッとグリーンに着地したのですよ。

まさに度肝を抜かれる感じでしょうか。同じ人間の技とは思えない。流石プロ!というより、こんなプロは他にいなかったのですから、これが尾崎将司という衝撃的なプロゴルファーなんだと納得させられました。

このたった一打の記憶だけが今も鮮明に残っているのです。他のことは全部忘れました。

その後、すべて1970年代のことですが、他のトーナメントで他のプロの球筋も見ましたが、ああいうのは誰も見せてくれなかった。全盛期の中島常幸プロの球も凄かったらしいが残念ながら見逃しました。

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05・03・26 金田正一投手の球筋

このごろDVDレコーダのおかけでテレビ「番組」をよく見ています。リアルタイムな「テレビ」とは微妙に違う。

NHK総合でやっていた「プロ野球 新時代へ 熱球の伝説」の第4話。

3月24日(木)放送の「二つの引退」 − 昭和44年・稲尾と金田 −
 昭和44年、二人の大投手がマウンドを去った。前人未到の400勝投手として華々しく引退した金田正一と「黒い霧事件」の余波で不本意のまま引退を余儀なくされた「神様、仏様、稲尾様」の稲尾和久。対照的な二人の大投手の最後のシーズンと足跡を描く(NHKの番組解説より引用)

昭和34年か35年だったか、小学6年生前後の私は、後楽園球場のデーゲームでこの金田正一の全盛期の試合を見ています。今にして考えると、叔母さんのデートに付き合わされたのかなとも思うのですが、その了江(すみえ)おばさんも故人となって久しく、真相は謎のまま。

試合開始にむけて「ピッチャー金田」と「ウグイス嬢」のアナウンスがあって登場した金田投手は、マウンドじゃなくて!2塁ベースの方にノッシノッシと歩いて行くのです。

そして2塁ベースのあたりに着くと、本格的なワインドアップをせずに、軽く2-3歩前にステップしながら根来(ねごろ)のミットめがけて投げました。

その球筋が凄かった。私は1塁側の内野席でしたから投球を真横から見ていました。

金田の手を離れた球は物凄い回転のエネルギーに満ちていて、それが唸りながら(聞こえはしませんが)、万有引力をあざ笑うかのごとく地面スレスレのところを飛翔して行ったのです。「投げた」というのとはイメージが違うのです。もう球自体が飛翔能力をそなえた生き物のようなのですね。

当然球場全体がどよめく。キャッチャー根来が投げ返す。金田が受ける。また更に2-3歩前にステップしながら投げる。地面スレスレに飛行してストライク。

これを何回か繰り返してようやくピッチャーズ・マウンドに到着するというわけです。素晴らしい演出です。

おかげで、あれから40数年経過した今、人間が投げた球が何十メートルに渡って地面スレスレを飛翔し得ることを見せられた驚きの記憶ばかりが残り、国鉄スワローズの相手チームがどこだったか、まして勝敗がどうだったか、全く記憶にないのです。

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2005.03.19

05・03・19 シキミ語源再考

50DSCF3636シキミが咲き始めました。うちの近くの墓地で見つけました。

シキミは毒のある「悪しき実(ミまたはビ)」と言われていたのだが、「あ」が取れてと「シキミ」「シキビ」になった、というのがよく紹介されている語源説なんですが、「あ」がなぜ省略されなければならないかがわからない。面倒だから短縮したというのなら、今頃「アシカ」は「シカ」になっているだろうに。

国語辞典で「シキ」で始まる語をザーッと眺めて、もともとは頭に「あ」が付いていた可能性がある言葉を探してみても、そんなのないですよ。

先に私の説を言ってしまうと、「シキミ」の「シキ」は「式」だと思うのです。特に葬式でしょう。

「ミ」あるいは「ビ」はもともとのヤマト言葉だとして、「シキ」は渡来語だろうと想定します。ヤマトなら「マツリ」でしょうから。

新潮国語辞典では「シキミ」が万葉集巻20-4476に「之伎美」と綴られているとあります。

奥山の しきみが花の 名のごとや しくしく君に 恋ひわたりなむ
歌の意味は「シキミ」という名前のように「シクシク」というのですが、ちょっと待ってくれ、名前の音に忠実になるなら「シキシキ」ではないか? 逆に「シクシク」の音の方から逆算すると「シキミ」の当時の発音は「シクミ」だったことが示唆されます。

ハングル辞典によると「式」は식で、発音は「シク」に近い”shik”です。そして「シクシク」=식식の意味は「息せくさま。はあはあ。」とあり、要するに喘ぎ声の擬声語ないし擬態語のようです。

このハングルのシクシクをあてはめた方が上の恋歌の意味もわかりやすい。

ということで、もともとはハングル風に子音をきかせた「シクミ」だったのが、和風に母音を付加して「シキミ」に変化したというのが私の結論。

学名Illicium religiosumの命名者はシーボルトとツッカリーニとなっていますから、18-19世紀の日本でのシキミが宗教儀式と密接に関係していることを観察して学名に取り込んだものと思われますし、「シキミ」は「式」の実だと説明を受けていた可能性もあるでしょう。「悪しき実」だと教えられたら別の学名を考えたのではないでしょうかね。

「悪しき実」説を全否定するみたいですが、恐らくこちらの方は、子供たちが間違って食べたりしないように諭すために、別途、編み出した言い伝えではないでしょうか。

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05・03・19 筋肉増強剤という誘惑

アメリカの大リーグで数年前に驚異的な数のホームラン本数を争ったトッププレーヤーたちが米国議会の公聴会に呼ばれてステロイド疑惑についてしぶしぶ証言をしています。使っていないと言っていますが、誰も信用していないでしょう。マクガイヤーの1998年の70本、ボンズの2001年の71本、この超人的な数字には何かワケがあると素人は思います。

あるレベルに到達したプレーヤーには自分の限界が見えるのかなと、ふと想像させられます。どう頑張っても足掻いても超えられない壁が見えたとしましょう。自分の選手としての残された寿命も見えて来る。ちょうどそういう時に目の前の筋肉増強剤が誘惑する。そこで、あなたならどうする?

そもそも、クスリを飲んで強くなることの何処がいけないの?ポパイは缶詰のホウレンソウを口に流し込むや筋肉モリモリに変身し強力な腕力を発揮したではないか。クスリとホウレンソウと本質的に違いはないじゃないか、と考える人がいてもおかしくはないですからね。

その増強剤は筋肉を強くする一方で副作用もあるようで、マクガイヤーは公聴会で"My message is steroids are bad, don't do them," とコメントしたために「なぜいけないと断言できるのか?(自分でやったからではないか?)」と追及されています。

マクガイヤーがステロイドはいけないと言った真意は記録されていませんが、70本のホームランが記録上は自分のものでありながら、恐らく彼自身、それを本当の意味で自分のものだと心の底から誇ることができないことを悔やんでいるからじゃないか?

筋肉増強剤と似た誘惑は人生何処にでもあるような気がします。早い話、借金がそうでしょう。自分の手持ちの金では買えないモノを借金して買って見ることは、クスリを使って70本のホームランを打つのと似ています。

借金の返済は最後は生命保険で帳尻を合わせるんだなんて言い出すと、ホント、ステロイドで寿命を縮めたって生きているうちに金と名誉が手に入ればそれでよしだ、というのと似ています。

しかし後で冷静に考えてみると、70本を打ったのは本当の自分ではないことに気付く。巨額の借金をして何かを手に入れたとしても、その買収物件が担保に入っているなら、借金が残っているうちはまさに法的にも自分のものじゃないわけです。

LBOまでやって何かを手に入れることが、筋肉増強剤に頼る大リーグプレーヤー人生に重なって見えたってことを書いて見たかっただけです。

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2005.03.17

05・03・17 ネット新聞は金を取れるか?

3月14日づけのNY Timesの記事"Can Papers End the Free Ride Online?"、つまり新聞は無料のネット版を止められるか?は考えさせられますね。西暦2005年は新聞というメディアの歴史に残る重要な年になるのではないかな。

というのは、ニューヨークタイムズ紙のネット版を見に来る人の数が2005年1月時点で毎日140万人になったそうで、どうやら紙のNY Times紙の購読者数を追い抜いたことが確実だというのです。

言い換えると、購読料を払ってNY Timesの紙版を読んでいる約120万人弱の他に、ネットで一銭も払わずにほぼ同じ情報を得ている人が140万人いるという話なのです。

それだけ人が来ていればネット版の広告収入はけっこうな額になっているかと思いきや、どうも一般的には新聞社の全収入の2-3%にしかなっていないとのこと。

単純にこのアンバランスな数字を見れば、高いコストを掛けて制作したコンテンツをチューチューと吸い取り続ける、なんか詐欺師のような、禍々しいネット害虫にでもとりつかれたような心境にならざるを得ないでしょう。

Katherine Q. Seelye記者のこの記事は、このままネット版が無料のまま広告収入だけでやって行けるのだろうか?といって単純に有償化すればいいというものではないことも既に色々な事例から分かっている。だから有償?無償?有償?…と、もう花占い状態で、決心がつかずに悶々と悩む。この先、ますます進むネット時代に新聞ビジネスはどういうことになってしまうのか?ということを問いかけているのでした。

そもそも新聞って何だっけ?テレビって何だっけ?で、広告って何だっけ?

どうもネットの普及が進んで来るにつれて、こうした基本的な問題を自問してみる必要が色々と出て来そうですね。

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2005.03.16

05・03・16 フタバガキの実は携帯よりデカイ

DSCF3615白金の自然教育園でボルネオやフィリピンなどの熱帯雨林を構成するフタバガキ(展示ラベルにはラワンとありますが)の種子の実物を初めて見ました。デカイことデカイこと。大きさがわかるように私の携帯と並べてデジカメに記録しました。

これが高さ70mにもなる木の高みからヒラヒラなのかクルクルないか舞い落ちて来るということですよね。なんだか羽がヒュルヒュルと空気を切る音が聞こえそうです。

「ラワン」と言えば我々が小学生から中学生の頃、図画工作の時間に本立てなどを工作する時の材料でした。たぶん安価で加工しやすいので使われたのでしょう。三省堂の辞林21によると「ラワン(lauan)」はタガログ語だとのこと。

小学館の園芸植物大事典によると

ラワン類は最近になり、日本の工業の進歩にともなって初めて大量にもたらされたものであるが、じつは時代は不詳ながら、大阪府などでショレア(フタバガキ科の一つの属でラワンを含む)の丸木舟が見つかっている。これは古代に、南方から黒潮に乗って日本に渡ってきた人々のものか、また舟が流れ着いたものてのか、興味あるところである。
という解説があります。

日本にもラワンがあったということにはならないのか?と…とちょっと思う。

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2005.03.15

05・03・15 プロテスタントの結婚式

仏式の結婚式の翌週はプロテスタントの結婚式。

50DSCF3600白人の牧師さんは絵に描いたようなガイジン訛りの日本語をあやつります。コリント前書十三章を読み上げる様子はあまりにも絵になり過ぎている。まさか俳優の演技ではないか?との思いをふり払うことができませんでした。そもそも、キリスト教徒でもない新郎新婦や親族が集って形だけのそれらしい宗教儀式を行っている以上、牧師さんが演技だとしても文句を言えるような立場ではないのだが。

50DSCF3589浄土宗の南無阿弥陀仏と違って参列者全員参加は賛美歌430番の斉唱。主旋律にハモらせて歌を楽しみました。

新郎新婦の退場の音楽がメンデルスゾーンの結婚行進曲ではなく、ヘンデルのメサイヤのハレルヤなのでした。これは英国式なんでしょうかね。

何が起きるか予断を許さない仏式に比べて、キリスト教の結婚式には何のサプライズもなく、すっかりリラックスして披露宴に臨みました。

「宴会場ってのは平日は稼働率低いだろうね。…ネェネェ、平日はどうしてるの?えっ?企業のパーティ?」「今日は大安の日曜日だから3回転みたいだね」
「スタッフはみんな若いねぇ。バイトだな。人件費を節約しとるね。」「一見豪華なこの建物だってよく見りゃどんなもんだか」
「このワインの味は一本300円ぐらいかな。…オネエサン、ちょっと、ボトルを見せてもらえますか?…あ、やっばり、vin de tableだな」
「料理、いいじゃない」「今は料理が式場選びの決め手らしいのよね」
「チャペルの聖歌隊のエラの張った女の子、いいアルトだったよね」「ダークダックスのゾウさんの娘じゃないか?」「そ、そんな馬鹿な…」
「一眼レフを何台も肩からかけていた写真担当の若い女性、一瞬、織作峰子かとドキッとしたよ」
「えっ?!糖尿病が治った!そりゃおめでとうございます」
「花粉症にカスピ海ヨーグルトが効くって本当かね?」
「両親への花束贈呈は、それぞれ自分の親に感謝の意を込めて贈呈か。一般的にはクロスするのかと思ったが考えてみるとそれも一理あるね。」
「会社の社宅に入る手続きのために、もうとっくに入籍しているのよ」
「新郎の父親の挨拶、簡単だが心がこもっていて良かったじゃないか。朝の親族紹介の時はすっかり上がって還暦を過ぎて孫もいる姉をmaiden nameで紹介していたが」
「この次、5月はソウルでの韓国式結婚式なんだよね」

披露宴のテーブルでの会話なんて、ろくなもんじゃありません。

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2005.03.12

05・03・12 東フィルとLars Vogtのシューマン、マイウ〜

演奏会での感動を言葉に表現するのはむずかしいものです。でも感動したからにはその感じたsomethingを言葉という形で残したくなる。この浅はかさが傍迷惑なんですね。だって、所詮、いくら説明されても聴いてもいない演奏の感動は再現できないから。従って感想文ならぬ感動文というのはあまり役に立たない。どうせ駄目ならグルメ番組のグルマン(肉まん?)タレントが発する「マイウ〜」程度にしておくのが良心的かも知れません。

昨晩のチョン・ミョンフン指揮の東京フィルハーモニー交響楽団、ラルス・フォークト"Lars Vogt"の演奏するシューマンのピアノ協奏曲、じつにマイウ〜でした。

この曲は基本的にはピアノの内省的なモノローグなんだと感じました。作者がペンを持って日記を綴るがごとくピアノの音を紡いでいる。

しかし、書き進むうちに何かを鮮やかに思い出し始める。そうだ、そういえばこんなことがあったっけ、と。しばしペンを持つ手が止まり、脳裏に色鮮やかに甦るものを自らうっとりと鑑賞する。やがてその記憶のプレイバックの中から自分でも気付いていなかったことを、あれはそういうことだったのか!と発見する。そうだ!と我に返ってまたモノローグのペンを走らせる。

内省(ピアノ)→記憶の色鮮やかな蘇生と発見(オケ)→覚醒と内省(ピアノ)…という基本的な構造があるように感じました。ピアノが導入したモチーフをオケが引き継いで色付けしたり、オーボエが唄ったモチーフをピアノに持ち帰ったりする、そんな関係があるように感じました。

コンチェルトにおけるソロ楽器とオーケストラの関係という意味でも、ソロのエゴがバカでかく突出してオケはその引き立て役に徹するような作品に比べて、このピアノとオーケストラの関係が実にいい感じ。コンチェルトという様式の一つの究極の姿を実現しているようにも思います。

プログラムの楽曲解説で野本由紀夫氏は「(1845年)当時はピアノ・ヴィルトゥオーゾたちがもてはやされていた時代だったが、シューマンはそのような名技主義的な方向性をとらず、…」と書いています。また「(第2楽章について)ピアノとオーケストラが、まるで気楽な対話を交わすかのように進んでいく」とも書いています。

私の印象では、何かを思い出している主体の心の動きがピアノで表現され、思い出した内容がオーケストラの音で表現されている。だから「対話」と言っても、どちらもピアニストの頭の中の出来事のように感じられました。

そういう意味で、昨晩の演奏で、ピアノとオーケストラは、まさに一つの人格として溶け合っていたと言えます。

演奏が終わるとピアニストと指揮者は、誤解の危険も顧みず、男同士シッカリと抱き合っていました。握手だけでは物足りなかったのでしょう。

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05・03・12 異常に排気ガスを吐く特殊車両

3月11日金曜日の朝9時頃、二子玉川駅前の道をもうもうたる排気ガスを吐きながら走り抜ける車両がありました。その煙の濃厚さと量は、まるで運転手が車両火災に気付かずに走っているかのようでした。

走り去った後もあたりは霧が立ち込めたような状態で、しばらくは呼吸するのがためらわれたほどでした。

私がこの車両を目撃するのはこれが二回目で、以前見たときには、いったい全体何処のドイツだ!という気分で走り去る車両を見送りましたが、それっきり何処を探してもオランダということで終わりました。(排気ガスのようなオヤジギャグを吐いてしまったか?)

DSCF3555DSCF3554
排ガス車 2005・03・11 世田谷区玉川 Copycenter 2005 Akira Kamakura
ところが、今回は幸か不幸か、歩いて行くと信号の先で停車していたのです。渋谷方面の国道246に登って行く側道の入口あたり。停車中も煙を吐き続けています。そもそも停車したらエンジンを切るべきでもあるのですがね。

整備不良なのか何なのか、これはひどすぎます。

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2005.03.06

05・03・06 お寺とカレーと結婚式

ご近所のお嬢さんの結婚式で杉並の浄土宗栖岸院というお寺に行きました。仏式の結婚式は初めての経験。
50DSCF3514栖岸院式結婚式
2005・03・05 杉並区永福
Copycenter 2005 Akira Kamakura

現代の仏教はもっぱら葬式仏教なので、お経の声も鉦の音もすっかりそっち方面に条件付けされています。どうも結婚式といわれても違和感があります。終始頭の中で、言われてみりゃ仏教だって一つの宗教として葬式以外の人生の局面にも係わって当然だよ、そうだそうだ…と言い聞かせておりました。

なかなかユニークなお人柄のご住職が式を執り行いましたので、はたして私が目にしたのが一つの典型かどうかは全く自信がありません。一時間ほどの式の中に盛り込まれた数々の儀式は、ご住職がいちいちやさしい言葉でにこやかに解説し、新郎新婦の理解納得を得て行っていたのは好感が持てました。

たしか新郎新婦はこれから一生、毎日100回以上念仏を唱えることを約束させられていました。

参列者全員で南無阿弥陀仏の念仏を何十回も唱えるところが浄土宗の式のハイライトでしょうか。本堂の左手奥には法然上人の大きな彫像が置かれています。

山川出版社の資料日本史上巻(定価250円!)を開いてみるとこんな解説がありますが、今日の世界の話のようにも聞こえます。

平安中期ごろから広く信じられてきた末法思想は、当時の人々にとって現実の問題として身近に感ぜられた。…(途中省略)…戦乱は絶えず、天災地変もあいついで起こった。それは末法思想に予言された世相そのものであった。…(途中省略)…法然の浄土宗、親鸞の一向宗=浄土真宗、一遍の時宗、栄西の臨済宗、道元の曹洞宗、日蓮の日蓮宗=法華宗などがある。…末法の世の克服を目的とし、しかも、旧仏教がもとめたごとく、むずかしい修行や教典の研究・寺社の建立・荘園の寄進を必要とせず、ただ念仏や題目を唱えたり、座禅を組むことによって、武士・公家・農民・商人が、すべて平等の立場で、あの世で仏の救いにあずかることができると説いた。

同じことをしつこく繰り返しているうちにだんだんと精神的高揚を覚えるようになって行くのは、和太鼓の単純な繰り返しがだんだん感動をもたらすのと手法的に似ています。そういえはビートルズのヘイ・ジュードという曲はこの系統だったかも知れません。

100名以上の人々がそれぞれの音程で唱える念仏の声は、音楽的にはいわゆるトーンクラスター効果となって、なかなか魅力的です。私は敢えてご住職がリードする音程に逆らって色々な高さに切り替えつつ念仏を楽しんでいました。法然上人が「何じゃこりゃ?」と首を傾げたかどうか。黛敏郎の作品に声明のトーンクラスター効果を意図したものがあったことを思い出します。

50DSCF3525栖岸院の弥陀カレー
2005・03・05 杉並区永福
Copycenter 2005 Akira Kamakura

さて、披露宴の最後に出たのが写真の「弥陀カレー」。お寺でカレー?これもまず違和感があり、つぎにしばし頭の中で?マークを転がしつつ考えると、そうか、ブッダ→インド→カレー、ちっともおかしくないじゃないかということになります。

S&Bカレーのサイトにカレーの起源についこんな解説がありました。お釈迦様がカレーを食べた可能性はあるようです。

青年時代の釈迦が山にこもって修業したとき、木の根や草の実を食べて飢えをしのいだ後、カレという地に下山し、そこで教えを説いたといわれ、その時首にかけた袋の中から有用なたくさんの木の実(スパイス)を取り出して民衆に与えた。民衆は釈迦の教えに感服するとともに、香り高く、諸病を直し、活力の源となるこれらのスパイスを料理や薬用として使うようになり、そのスパイスを土地の名にちなんでカレーと名付けた。

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05・03・06 エリカの悩み

今年もジャノメエリカが花盛りを迎えています。

園芸植物大事典にはエリカの「果実は朔果(注)、多くの小さな種子が含まれている」とあるのですが、ふと考えてみると、私はウチのエリカの実やタネを見た記憶がありません。見落としているのか、あるいは、知らないうちに私が実が成るのを邪魔している可能性もあります。というのは花が終わって茶色く萎み始めると見た目が良くないので、バサバサと叩き落としたりするからです。※(注)正確には朔には草冠がついていますが、この漢字が表示できないので省略※

花をよく見ると、左の写真によく特徴が出ていますが、雌蕊が雄蕊を避けるかのように高く突出しているんですよね。見るからに受粉しにくそうです。この時期まだ昆虫の活動も活発ではない。そもそも実が成りにくいのかも知れません。今年はしっかりと観察することにしましょう。

50DSCF348650DSCF3549
ジャノメエリカ 2005・02・26(左) 03・06(右) 横浜市都筑区 Copycenter 2005 Akira Kamakura
この灌木は背が伸びるにつれて自重で枝が垂れ下がって樹形が乱れて来ます。右の写真はうちの近所の地区センターにあるジャノメエリカの舞台裏。折れた断面の生々しさからみて3月3日の積雪で折れたものと推定されます。雪が降ると枝が曲がったり折れたり、ホントに世話がやけますね。

その他の枝も黄色いヒモで引っ張って垂れ下がるのを防いでいます。手入れの苦労がしのばれます。このエリカの樹高は2メートル50センチほどはありそうでしたが、そこまで伸ばしてしまったのが敗因ではないかと思いました。

我が家のエリカは150cmぐらいに維持していますが、もっと以前からもっとまめに剪定して低く押さえておけば良かったかと悔やまれます。

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