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2005.04.30

05・04・30 フランスZinラルジョル

散歩でたまたま歩いていた街にワインに熱心な酒屋があることを思い出して立ち寄りました。ウチの近所のとある居酒屋にワインを納入しているのがこの店だということをシェフから聞いていたのです。いや、そこは居酒屋なんだけどシェフなんです。

酒屋は決して大きな店ではないが、なるほど、品揃えに若い店主の選択の意志が感じられます。

FranceZinザッと見て、何か買ってもいいかなと思いながらも決めかねて、レジに付いていた店主に問いかけました。私が店に入った時はオバサン(彼の母親かな?)が店番をしていたのですが、客が入って来てワインの棚を隅から隅までジックリと見ているのに気付いて、奥から彼が出て来て臨戦体制に入ったように見えました。

「ジンファンデルはもともとアルコール度数が高いわけだけど、最近、カリフォルニアで、カベルネやピノでも15度を超えるような度数の高いのを作り始めたと聞いたけど、そういうのありますか?」
「ジンファンデルなら(と棚を眺めて)例えばターレー(マグナムだった)なんかあるんですけどね。他はないですね。それは私も飲んでみたいですね。最近のワイン作りは二極化しているんですかね。一方では収穫したブドウを下手に濃縮するような工程をへずに、その年の出来具合をあるがままに楽しむような作り手も増えているですよね。」

最近のNY Timesの記事によると、ブドウの収穫時期の判定に、従来はもっぱらBrix scaleという糖度計の数値を使っていたのが、このごろはブドウという果実の植物生理学的成熟度"physiological ripeness"も見るようになったというのです。具体的には種の色とか皮の具合とかに注目するようです。その結果、これまで以上に糖度が高く、また、ブドウの品種の特徴的な味わいがよく出た状態で収穫できるようになり、アルコール度数も高くなった。

そういうのを飲んでみたいもんだと思ったので聞いてみたというわけ。でも、ここには無いとのこと。

店主は高い棚を見渡しながら「…」と作戦を考えているようでしたが、やがて、ふと振り返り、
「南フランスのジンファンデルがあるのを御存知ですか」
と思いがけないことを言って中央の台に並ぶケースの一つを指し示します。"Z de l'Arjolle 2002"というラベルが目立つボトルが詰まっています。
「なかなか栽培許可が出なかったようです。これ、3500円ですけど、結局"Vin de Table"になっちゃうんですよね。よそのブドウなんで土地の名前は名乗れないということで。けっこういいですよ。仲間でブラインドで飲むと面白いですよ」と来ました。

異境のジンファンデルとしてはこれまで南米、オーストラリア、イタリアを経験して来ましたが、フランスとは参りました。You win.即座に二本買いました。

減量のための散歩はそこで中断し、電車でたまプラーザに行き、チーズ等を仕入れて帰宅し即抜栓です。

開けてすぐ飲んだわけですが、あまり濃くはなく、酸味があり、最初はやや微発泡性のチリチリ感があった。ジンファンデルのえぐ味とか、南のワイン特有のクセがない…と、不在感は指摘できるけど、じつは、結果的にバランスの良い品のよいワインになっているということです。アルコール度数14.2%。確かにこれはブラインドで出されたら見当がつかない。ただ3500円は割高かな。一回目の好奇心料金でしょう。

PugliaPecorinoちなみにチーズはprimitivoの中心地であるプーリア州のものが目に入ったのでフランスZinにはちょど良いかと買いました。ペコリーノ・カネストラート・プリューゼの12ヶ月熟成もの。ピリッとした小さく鋭い刺激があります。このかけらをクラッカーの上に載せて、その上からドライトマトをかぶせて、オリーブオイルをちょとかけて、電磁レンジでチンしてみました。思いつきのレシピですが、けっこういけましたよ。

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2005.04.29

05・04・29 分杭峠、現場にアタック

先週、長野県の高遠から車で30分ほど南の分杭峠に行って来ました。ここは知る人ぞ知る天然の気が出ているとされる場所です。
bunkuitohge去年の10月頃、TBSラジオの森本毅郎スタンバイに出演した東大名誉教授の月尾嘉男さんの話で知ったのが切っ掛け。その説明では、分杭峠は中央構造線の真上にあり、その断層面での岩石の破砕が引き起こすピエゾ現象による電磁波が出ており、それが天然の気として感じられるのだというのです。

ということで、私がわがままな団長として自らの好奇心に他人を巻き込み9名の臨時気功研究団体を組織しました。ま、伊那のゴルフと高遠の花見をセットにして誘ったわけですが。

前の晩は高遠さくらホテルに宿泊し、特別注文の「気の里」ビールを飲んで、この日を迎えました。parking高遠から国道152号線を南に行くと、峠が近づくにつれて道幅が狭くなり、車を停める場所があるのかと心配になりましたが、行ってみると駐車場が切り開かれていました。
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砂利道を降りて行くと林の中の急斜面に、まるでそこが野球場の外野席であるかのように、30人あまりの人々が座っているのが見えます。

座っている人の目線の先に見える風景は、いやしくも観光客を呼び込めるほどのものではない。でも「こりゃ一体なにごとか?」などと尋ねる人は一人もいません。全員はじめから気を浴びることが目的で来ているのです。

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ここは「ゼロ磁場」なので磁石がクルクル回るらしいという事前の情報があったので、わが研究団体の一人は持参した磁石の針の動きを観察しました。ま、心なしか揺れ動く針が北を探しあぐねてなかなかピタッと静止しないような感じもありました。でもよく考えてみると磁石なんて久しく眺めていないので、どうなんだろうねぇと首を傾げるだけ。

そのうち雑談の声に交じって「てのひらがキラキラして来た」とか「紫色になって来た」とか、そんな囁き声が聞こえてきます。

社会心理学的には認知的不協和の理論が働きやすい状況下にあるので、これもなんとも言えません。

以前から気功の訓練を受けている一人は非常に気を感じたと言いました。腰痛持ちの二人のうち一人は効いたと言いました。私個人的には妙に精神集中がしやすい感じがあったことは事実です。磁石を持参した重症の腰痛持ち男はゼンゼン効かないと言いました。

改めて考えると、もしも本当に分杭峠に「ゼロ磁場」があるのならば、そりゃ地質学者がとっくに突き止めているに違いないでしょう。

magneticanomalyそこで連休の暇に任せて地質図を調べてみました。国土地理院から磁気異常の地図が公開されています。図で青い領域は磁気が弱く赤は強いことを示しているそうで、確かに分杭峠のあたりは青くなっており磁気が平均より弱いをことを示しています。しかし青いのは分杭峠だけじゃない。日本全国でみると至るところにあるとも言えます。特に北海道の東部はベッタリと一面が青いし、ウチの比較的近くでも、三浦半島なんかは青い。

この磁気異常は上空5000mから飛行機で観測したものであり、地面にへばりついて観測したら話は違うのかも知れません。

今日、丸の内の丸善まで出かけて買って来たCDROM版「日本列島の地質」の磁気異常のマップは測定条件が明記されていませんが、これによっても分杭峠が特異な場所であるようには見えません。

CDROMの説明では、例えば、「西南日本弧では,磁鉄鉱を多く含む珪長質深成岩類が分布する山陰地方に強い磁気異常が認められる」とあり、磁気異常はその地盤にある岩石の種類に対応しているようです。

分杭峠は一種の町おこしとして演出されている部分もありそうです。その当事者の一人の方が、同じ中央構造線上に位置する宮崎県西臼杵郡五ケ瀬町のシンポジュームで経緯などを色々と説明しておられます。磁場測定器も使って調べたことがあったようです。地質学の専門家との討論もあって面白い。

今回、せっかく分杭峠まで行ったのに、中央構造線の二種類の岩石がクックリと色分けされて接しているという露頭を見損ないました。いや、てっきり峠に行けば見られるものとばかり思い込んでいたのがいけなかった。何ヶ所かあるようですが、一つは大鹿村北川の「北川露頭」で、これは峠を越えて152号線を更に南に2-3kmほど行ったあたりのようです。これが心残り。

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2005.04.10

05・04・10 場末の伊丹万作全集全3巻

先日、とある場末の古本屋で伊丹万作全集全3巻13,000円というモノと出会いました。直感的に珍しいのではないかと思いつつ、モノを手に取ってちょいとページを捲ってみました。イタミはない。

学生時代だったかもう卒業した後だったか、たわむれに8mm映画を制作した時に、この伊丹万作の無法松のシナリオからある映像表現方法を「フムフム」と学んで実際にやって見たことがあります。無法松は人力車の車輪が回転していましたが、私はスキーリフトの滑車でした。

そのお手本のシナリオは今でも持っているし、この全集も値段が値段ですし、私はべつに万作研究を志しているわけじゃないし、またいらないモノを買うのもいかがなものかと思い止まり店を出ました。

今日、ふとそのことを思い出してAmazonを検索して見ると、中古の出物すらないのですね。かなりのレア物であることがわかりました。

13,000円とちょっと強気の値付けもうなずけます。店主も大物を釣り上げようと気合を入れて数字を書き入れたのかも知れません。でも、こんな店にクロマグロは来ないぞといいたくなるほど場末感漂う店なんです。

「これください」と言ったら店主はどんな表情を見せるか?試してみたい方はメールをください。店の場所をお教えします。

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2005.04.09

05・04・09 ホール毎のハンディの決め方の思想

「井上誠一のコースデザイン」という本を中古で手に入れて読んでいます。設計家の発想に触れられて興味深く、おまけに、自分のゴルフ教養の欠落をあれこれ発見するはめにもなっています。

ゴルフコースはホール毎にハンディキャップの数字が振られています。

マッチプレーで、というよりいわゆる横で握る時、「ハンディを二つあげよう」と上級者から言われたら、このホールハンディが1と2のホールで1ストロークのハンディを貰えるルールです。

私のこれまでの理解では、ホールのハンディの数字は難易度の順位を表しているものとばかり思っていました。だから、ハンディ二つということは難易度の高い上位二つのホールでハンディを付けることである、と。

golfhdcp
初めてのコースをまわる時は、ホールハンディの数字が小さいホールでは、おや、ここは一見易しそうに見えるが、どこかに落とし穴でもあるのかな?と観察の手がかりにもしていました。

ところが、実感として、難易度とハンディが合っていないと思うことがよくあるのです。「ハンディ1のホールよりこっちの方が難しくないか?」とかね。

この本の説明を読んでその謎が少し解けました。で、そういうことならきっと…と思い、幾つかのコースのハンディの割り振りを確認してみました。左の表がそれですが、驚くほど似ているではありませんか。ハンディ1はだいたい4番か5番、ハンディ2は13番か14番と決まっているかのようです。

この背後には一つの考え方があって、基本はUSGA(全米ゴルフ協会)の勧告にあると、この本に書いてあったのです。

勧告にはいろいろ書いてありますが、以下の点が似たようなハンディ割り振りの原因のようです。

【若い番号のHdcpストロークの重要性】
第一番目のHdcpストロークを振り当てるときは、スクラッチ対Hdcp1、Hdcp10対11、Hdcp29対30等の技量が伯仲しているプレーヤー同志の競技でそのハンディが効いて来るようにする。

(原文)"The first handicap stroke should be allocated so that this stroke is most useful in matches between players of almost equal ability"

番号の若いHdcpストロークは最終ホールの近くには振り当てないこと。Hdcpを受け取ったプレーヤーが勝負の決着が着く前にHdcpが使えるようとの配慮。また、コースの出だしの2ホールには低いHdcpを振り当てないこと。これはサドンデスのプレーオフの事態を想定してのこと。

(原文)"Without substantially deviating from the above principles, allocating low-numbered strokes to holes near the end of each nine should be avoided, so that players receiving strokes will have the opportunity to use these strokes before either nine or 18-hole matches are decided. Lower-numbered strokes should not be allocated to the first and second holes of a course in the event that a hole-by-hole play-off is necessary."

ゴルフを面白くしようという演出の知恵に溢れた勧告ではありませんか。

これを見る限り平均ストロークから見た難易度の順番を厳密に反映することが一番大事だとは言っていないのです。とはいえ、概ね、難易度順位でなければハンディの趣旨に沿わないわけですから、結局、これはコース設計上のガイドラインなんだと読むことができるのです。

おそらくカントリークラブに所属して月例会に参加している方々には常識なんでしょうが、私のような万年ビジターで正規の競技には殆ど参加したことのない者は、何十年もゴルフをやっていながら、こういう思想があると聞かされたことはありませんでした。

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05・04・09 ダン・エッティンガーの明晰な音楽

昨晩のサントリーホールの東フィル定期は、ダン・エッティンガー(Dan Ettinger)という初耳の指揮者の演奏。明晰にしてメリハリの利いた情感豊かな音楽を作る、とてもいい音楽家だという印象が残りました。

曲目はワグナーのタンホイザー序曲、モーツアルトのピアノ協奏曲21番ハ長調(これは指揮者当人の弾き振り)、ブラームスのハイドンの主題による変奏曲、そしてリヒャルト・シュトラウスのティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯。

私の乏しい音楽経験の中で考えるとシャルル・デュトワに似ていると感じました。

この指揮者は輪郭のモヤモヤした音を嫌い細部まで明晰にしてくれる。音楽を鑑賞するという意味であらゆる場合にそれが良いとも言えませんが、ある音楽が、そもそもどういう風に構築されているのか、ちゃんと見せてほしいという欲求が私などにはあります。モヤモヤ仕立ての音楽はあくまでも明晰版からの「ゆらぎ」として別途楽しむわけです。

デュトワの方の話に脱線しますが、N響オーボエ奏者・茂木大輔氏の「オケのなかの蛙、大海に挑む」というエッセイ集には、N響のDECCAデビューに向けたリハーサルの時に果てし無く駄目だしを受けたことが

金管、木管、オーボエ、トランペット、そういう、アインザッツのはっきりした楽器が、ちょっとした入りでばらけるのはよくあることだ。いや、いつもは完全に一致したタイミングで出ている、と思い込んでいたものが、それではだめだ、もっともっと完璧に、と要求される。
と書かれています。

タンホイザーはたまたまショルティ(Georg Solti)のリハーサル風景のDVDが面白くて何度も見て思うのですが、なんか、バイオリンが歯抜けの細かい3連符を、金管の息の長いメロディーにキッチリ合わせて、延々と弾かないといけないところなんか、けっこう破綻しやすい過酷な曲なのではないかと素人なりに思っていました。しかし昨晩の演奏はそういう部分がピッタリあっていて実に見事でした。

弾き振りモーツアルトの第2楽章は日頃BGMなどで耳に馴染みすぎて軽音楽化しているわけですが、じつに緊張感みなぎるドラマチックで新鮮な音楽として聴かせてくれました。

この日のオケのパートの配置がちょっと異例で、バイオリンの第一と第二を左右に分けて配置し、コントラバスやチェロを左奥に持って来ていました。音響的な理由は当然あるのでしょうが、舞台演出効果も感じることができました。指揮をする腕が左も右もほぼ同じように宙を舞うわけですよ。右や左の奏者達に指揮者の愛を等しく振りまけるように配慮しているようにも見えましたな。特に弾き振りでそれを感じました。

ブラームスは演奏というよりは、変奏曲の作り方に関する作曲家の自己主張のようなものに耳を傾けて聴いておりました。何といっても如何にも古典的で落ち着いた主題の提示が終わって、最初に聴かせる第一変奏は、まるで安心しきっている聴き手を椅子から突き落とすような趣向です。かくれんぼが始まったかのように、おい、主題はどこに行ったんだとキョロキョロさせられるんですね。おそらく当時の在り来りの変奏からいかに外すかという工夫を色々したんだろうなと改めて感じましたね。

当夜のプログラムの解説(寺西基之氏)を一夜明けて読むと、なるほど、これは性格変奏という考え方なんですね。

ベートーヴェンが発展させたいわゆる性格変奏(主題を単に装飾的に変化させるのでなく、主題の部分的特徴だけを保持して各変奏ごとに新たな性格を作りだす書法
と書いてある。

最後のオイレンシュピーゲル、悪戯だからこそか、音楽のムードが突如パッと変化する、複雑で気紛れで難しそうな曲ですが、なんかいい感じでしたね。こういう曲を聴くと東京フィルハーモニーって相当レベルが高いんじゃないかと、いつも思います。

私の思い込みかも知れませんが、この夜の東フィルのオケの皆さんは演奏が終わっていつものようにニコニコと拍手を浴びている時、このダン・エッティンガーというまだ若手に見える指揮者と一緒に、何か新しい境地を切り開いたという達成感を感じているように見えましたね。

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2005.04.07

05・04・07 消えたツリガネカズラの壁面

左が昨年の様子。右が今年。撮影の向きがアッチとコッチで変わっているので分かりづらいが、同じ壁面です。ツリガネカヅラがすっかり取り払われている。いったいなぜこんなことになったのでしょうか?

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(左)2004年4月 (右)2005年4月 世田谷区瀬田 Copycenter 2004-2005 Akira Kamakura
じつは昨年、こんな看板が出ていまして、要するにツリガネカズラは地元の評判がよろしくない。遠くから眺めている分にはよいのですが、近くに咲かれると苦情がでる。そのためにせっかく咲いた花を摘み取るという馬鹿げた手間がかかっていたんですね。

裸の壁面の麓の方をみると何かいままでとは別の蔓性の植物が植えられているようです。

【追記】ふうてんのタマさんからのコメントを読んで、上の写真が誤解を招き易い配置になっていたことに気づきました。左右を入れ換えてみました。

50DSCF3784turiganesituation50DSCF2253.JPG
(左)2005年4月 (右)2004年4月 世田谷区瀬田 Copycenter 2004-2005 Akira Kamakura

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2005.04.05

05・04・05 春の生垣立体写真

近所で見た見事な生垣。手前がイチイ、奥の明るいみずみずしい緑はマサキです。樹種を統一しないところが粋じゃありませんか。春のマサキの若い緑は爽やか。イチイには赤いオンコの実がなるのかも知れません。

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春の生垣 2005・04・03 横浜市都筑区 Copycenter 2005 Akira Kamakura
アメリカに住んでいた頃、前庭の芝生の手入れが行き届いている家が多いのに感心したものです。見た目にもニートで綺麗。そこへ行くと日本はさあ…と、何かにつけてアメリカ「では」と日本の「後進性」を嘆く「ではの守(かみ)」が多かった時代でもありました。

我々団塊の世代はテレビを通じた「パパは何でも知っている」「うちのママは世界一」などのアメリカ大好きプロパガンダ作戦にそうとう影響されて育ったわけですから。

あれから何十年かが経過して、いつのまにか、そう何でもアメリカが進んでいるというものでもあるまい、という冷静な目も復活してきている。むしろ日本の文化の不変の厚みを感じることの方が多くなって来た。

たぶんこの農家の生垣は、※未確認ですけど※戦前から変わっていないのではないか。終戦直後、私がまだ幼児の頃、東京の大田区市野倉町に住んでいましたが、当時、近所の垣根はほとんどがマサキかヒバの生垣でした。さもなくば板塀。たしか近所の税務署だけがコンクリート板の万代塀だったと思う。

改めてみると、こうした手入れの行き届いた生垣は、アメリカの芝生に匹敵するものでしょう。持ち主は街の景観や地域社会に対する責任のようなものを感じておられるのではないか?

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2005.04.04

05・04・04 笠間東洋ゴルフ倶楽部のトピアリー

井上誠一の遺作となった笠間東洋ゴルフ倶楽部は植栽も面白い。このトピアリーもそのひとつで、いつ見てもよく手入れされている。たぶんカイズカイブキだと思いこんでいますが、間違っているかも知れません。

人間の背丈を越える大きなワイングラスというか緑のゴブレットが整列しています。

この豪華な風景を立体写真で見てください。

TopiaryleftTopiaryright
笠間東洋ゴルフ倶楽部のトピアリー立体写真 2005・03・21 茨城県笠間市
Copycenter 2005 Akira Kamakura

DSCF3679井上誠一 2005・03・21 茨城県笠間市 Copycenter 2005 Akira Kamakura
この日、クラブハウスには井上誠一の展示があり、私は初めてこの多くのゴルファーの敬愛を集める設計者の顔と対面しました。言葉で説明しづらいが、そうか、なるほどなという感じなんですね。

病気で川奈で療養していた時に川奈視察中のアリソン(ゴルフコース設計家)と出会う、とある。運命だったんですね。ゴルフの腕前も霞が関のハンディキャップ8。

ゴルフコース設計家はほとんど世間から注目されませんが、その「作品」はもっと深く鑑賞され語られるべきでしょう。これぞ現代日本を代表する庭園文化だと思わざるを得ません。

彼が設計したコースの一覧はここにあります。

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2005.04.03

05・04・03 キルギスにつながる日本の「遺伝子のうずき」

土曜日(4月2日)の日経一面の春秋にグッと引き込まれました。最近のキルギスの政変を報じる映像を見るにつけ、政治の話よりも、現地の人々の顔つきが気味が悪いほど日本人に似ていることに驚くわけですが、

▼中央アジアの伝説はこう語る。紀元前アルタイ地方で暮らす人々が二手に分かれ、魚が好きな者は日本に渡り、肉を求めた者が内陸の今のキルギスにたどり着いた。だから両国の国民は兄弟だ。
とあるのですね。

そういえばと、「キルギス大統領顧問日記」(田中哲二著 中公新書)を引っ張りだして確認してみたところ、こう書いてあります。

日本人がキルギスを訪れると、歓迎の宴席などではこんな寓話が語られる。「昔、エニセイ側の上流域、アルタイ山脈の支脈サヤン山脈のあたりに古キルギス族は住んでいた。その後魚の好きな部族は東の海辺に出て行き、肉の好きな部族が西の草原に行った。後者が天山のキルギス族で、前者が朝鮮族ないし日本人である。従って両者の祖先は共通なのだ」と。

東にも西にも行かずに、古キルギス族が住んでいたあたりに残ったのが今日のトゥバ族とかハカス族であり、キルギス人は彼らのことを「本家筋にあたる最も近い親戚」と呼んでいるんですね。

このハカス族のホーミーは「(モンゴルのより)もっと低音で、より迫力がある」とのことで、私がCDで聴いたことがあるアルタイのKAIに近いのかも知れません。あれは日本の浪曲にそっくりでしたから。

田中さんは「十人のキルギス人に会えば六〜七人は日常身の廻りにいる日本の誰かに似ている」「会議や宴席で思わず日本語で話しかけたい衝動にかられる」として、これを「遺伝子のうずき」と名付けています。

ちなみに田中さんが顧問として仕えたのが今回追放されたアカエフ大統領その人でした。

話は変わりますが、黒澤明の「デルス・ウザーラ」を演じた俳優マキシム・ムンズーク(МУНЗУК Максим)はトゥバ人だったと何処かで読んだ記憶があります。ここには彼がトゥバのスターだと書いてあります。ムンズーク夫妻の写真もあります。あの顔は私が学生時代にお世話になった長野県松原湖畔の学生村にあった宿のオヤジさん(確か鷹野増一さん)にソックリなんです。

北方領土返還問題ですが、どうせもらうなら北の島よりキルギスの方が面白そうだ、なんてのは不謹慎な議論か?それにしても、外務省のキルギス共和国のページにはこの肝心な「遺伝子のうずき」のことが何も書かれていない。

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05・04・03 長尺キブシ

DSCF3774近所で見つけた長尺キブシ。図鑑を調べると、ハチジョウキブシ(山渓)だったりハチジョウキフジ(小学館園芸植物大事典)だったりするので混乱します。

キブシ 2005・04・03
横浜市都筑区
Copycenter 2005 Akira Kamakura

右の写真は長尺の近くで見た別のキブシ。図鑑のナンバンキブシに似た印象があります。DSCF3778


八丈島図鑑 花編によりますと、

(ハチジョウキブシは)木五倍子(キブシ)の変種で、伊豆諸島に多く、八丈島では山地だけでなく、いたる所で見かける。薄い黄色の花が、まるでブドウの房のように垂れ下がり、それがずらっと並んだ様は、ちょっと壮観だ。メジロや昆虫が花の蜜を吸っている姿を見かけるが、なんでも本州の木五倍子と比べ、苦み成分のタンニンが少なく、それによって鳥に運ばれて、より分布を広げる戦略を展開しているらしい。
(下線bee)という興味深い説明があります。

そもそも八丈島という火山島が原産地である筈はないでしょう。数多のキブシの中でも特に鳥が好むオイシイ実がなるキブシだけが八丈島などの離島に伝播することができた。その結果、八丈島では特定のキブシだけが蔓延した。で、ハチジョウキブシと呼ばれるようになった、ってことでしょうね。

小石川植物園の専門家はこんなことを言っています。

…分類学的には、葉と果実の形態の違いにより、多くの地域変種(ケキブシ、ハチジョウキブシ、ナンバンキブシ、ヒメキブシなど)が認識されてきましたが、外部形態は連続的な変異を持ち厳密に区別することはできません。…葉緑体DNAの塩基配列を調べたところ、DNAの塩基配列の違いから、植物体は11種類のハプロタイプに区別できました。
(下線bee)その結果の分布図が同じサイトに掲載されていますが、これを見ると伊豆七島のキブシは全て同一種らしいことがわかりますが、同時に、その種は日本列島の太平洋沿岸の房総半島や伊豆半島、更に紀伊半島や四国にも分布しており、決して伊豆の離島特有の種では無いと読めます。

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05・04・03 単身のアオキに実がなる不思議

植えて5-6年でしょうか、このところようやく樹勢が強くなって来たアオキに実がついていたので驚きました。内心、エーッ!ウソーッ!とサイレントで叫びました。

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アオキの実と雌花 2005・04・03 横浜市都筑区 Copycenter 2005 Akira Kamakura
雌雄異株のアオキですが、そもそも、買ってきた株が雄か雌か、私は判っていませんでした。どっちでも良かったからです。

隣家からの目隠しが目的でした。その場所は日当たりはよくない。アオキなら育つだろう。葉っぱがよく繁るので目隠しにも向いている。ただ、薄暗く感じやすい場所なので少しでも明るく見える斑入りのものを選んだのでした。日陰には斑入り。これが我が庭の基本ルールです。

実がなったからには雌株であることが明らかになりました。この写真の花は雌花なんですね。では、どうして受粉が可能だったのか?これが謎です。

図鑑でアオキの雄花の写真をみると大量の花粉を風に飛ばすための花とは見えません。風を媒介とする場合は近くの雌花にしか届きそうにない。

少なくとも半径50mほどの範囲にはアオキは無いのではないかと思っています。

実の成った位置は葉の陰の奥の方であり、風に乗って飛んできた花粉を受けやすい場所でもない。

と考えると、虫か動物かが媒介したのかなと想像せざるを得ません。それも極めて稀な「事件」として受粉が成立したような気がします。

実はたった一つしか成っていないのですから。ひょっとして宝くじに当選したのかも知れません。

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05・04・03 満開桃園立体視

DSCF3720近所の桃が満開。ここは商業的な栽培をしているのでしょう。

が、こうして眺めていると、わが庭にもこんな桃林があったらなあ…ここをLBOして…も桃園のキャッシュフローじゃダメか…なんて春の夢想をアハハと楽しむ。

まだ幼児の頃、我が家の庭に一本のヒョロッと細い桃の木があって、果物屋で買う桃とは違って、まるで桃の素人という感じの小ぶりで堅い実がなったことが記憶に残っています。

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桃園立体写真 2005・04・02 横浜市青葉区 Copycenter 2005 Akira Kamakura
ピーチと言えば、アメリカのジョージア州アトランタの近くにあるPeachtree City。あそこには本当に桃の木があるのでしょうか?まだ確かめたことがありません。

ヒュー・ジョンソンの樹木百科にはこんことが書いてあります。

アーモンドとは果肉が薄い桃であり、桃とは果肉が豊かなアーモンドである。いずれにせよ、両者は果実以外はじつによく似ている。…アーモンド、桃、桜は花期が順番に繋がっているので三種類をまぜて植えておくと早春から初夏までずっと花が絶えることがない。
花盛りの森の作り方というわけですね。

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