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2005.06.29

05・06・29 小樽の鉄道植物?

6月19日、札幌郊外でゴルフをした後、JRで小樽に移動。海岸に近づくと鉄道沿線の崖をビッシリと被っていたのがこの写真の植物。なんとなく帰化植物くさい。DSCF4236
列車の窓から眺めると、斜面という斜面がこの逞しい植物に覆いつくされていました。急行列車から見る風景が流れる速度に合わせて目線をパッと流しては植物の特徴を見取ろうとするのですが、どうにもわからない。オオブタクサかのようにも見えましたが、でも、葉っぱの形がちがうこともすぐにわかってしまう。

写真をとるには列車が駅で停車するのを待たねばならない。ところが駅に近づくと途端に少なくなる。たぶんこの写真は「小樽築港」駅の近くでたまたま撮ることができたものと思います。

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謎の小樽鉄道植物? 2005・06・19 北海道小樽市 Copycenter 2005 Akira Kamakura
小樽の街に出て、運河の近くでほとんど一株か二株、遠慮がちに生えているのをようやく見つけてデジカメにおさめました。鉄道の沿線ではあれだけ斜面全体を我が物顔に覆いつくしていた植物がまさにしおらしくたたずんでいました。

この植物はなんですかね?

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2005.06.28

05・06・28 溝ノ口「まるや」の閉店

20年以上通ったこの店の閉店の日、6月25日土曜日に店を訪れました。

何事にも始めがあれば終わりもある。そして終わりには色々な理由がある。こちらから強いて問うたわけでもないが女将さんが何となくの事情を話してくれました。よくわからない部分もあったが、女将さんの目が潤んでいたし、細かな事情を問いただしたところでどうなるものでもない。どうにもならないから閉店になったのである。はあ、そういうことでしたか、としておきました。

サラリーマンをやめて独立する決心をしたのは2000年の1月頃、この「まるや」さんで会社のある先輩に相談した時のことでした。私にとって想い出深い店だったのです。

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まるや 2005・06・25 川崎市高津区 Copycenter 2005 Akira Kamakura
このお店は溝ノ口界隈では100年以上の長い歴史を誇る老舗でした。カイゼル髭の店長とこのあたりの歴史の雑談をしたのが切っ掛けで、女将さんのご親戚?の鈴木穆氏が出版された郷土史「高津物語(上巻)」をいただいたこともあります。岡本太郎の実家の大貫病院のこと、作家の国木田独歩や陶芸の濱田庄司のことなど、溝ノ口縁の文化人は意外に多く、興味深いエピソードが綴られている本です。

南武線なので脱線しますが、岩波書店「ご冗談でしょう、ファインマンさん」などの翻訳者の大貫昌子さんという方は地元の大貫病院関係の方に違いないと睨んでいます。去年「ファインマンさんの最後の冒険」を読んでいてパッと閃きました。

かつて溝ノ口で飲む場合、私は予算で松竹梅の三つのコースを設定していました。松は「はなぶさ」、竹は「はつ花」、梅は「たまい」。今は無き竹の「はつ花」もじつは「まるや」さん系列で、ちょっとオシャレな和食の店だったのでした。

溝ノ口はかつて東京から見たら川向こうの「新橋」みたいな街だった。しかし駅前再開発が行われて街は若者向きに変貌した。その結果、ここをわが街と闊歩するオジサンが居場所を失ったのではないか…そんな気がしてなりません。

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2005.06.23

05・06・23 Musical Baton

ごいんきょさんからバトンを渡されてまったので書いてみましょう。音源へのリンクはそのうち追加しておきます。

・Total volume of music files on my computer
これ、ほとんどゼロ。"music files"は30MB以下です。パソコンに突っ込んでいるのはもっぱら語学CD。このところ、ハングルを聴くようにしています。そのうちキム・ジョンイルの発言や、北朝鮮の国営テレビの青筋を立てたアナウンサーの言葉がわかるようになりたいもんだ、ってことで。

・Song playing right now (今聞いている曲)
たった今、無音です。

・The last CD I bought (最後に買った CD)
つい先日ネットで購入したのは、日本合唱曲全集「佐藤眞作品集 土の歌」というより「蔵王」(1986年録音)と「旅」(1975年録音)がお目当て。二つとも昔LPでよく聴いていたし、適当にピアノをまさぐってその和声を確かめたりもしていた。
ところが作曲者当人が「蔵王」を今もいじくりまわしているらしいというような記事をネットで読んで、それは大変だと購入したものです。でも、どこがどう変わったのか、一回聴いた限りでは気づきませんでした。そしてその元の記事も見つからない。私の錯覚だろうか?
作者の佐藤さんにしたら、作品はいつまでも青春の瑞々しさを湛えたままなのに、自らは老いぼれ朽ちて行くことの、いたたまらなさでも感じたのだろうか。いっそ作品が老いて自分の方こそが青春を保つことができれば…と考えるとワイルドの「ドリアングレイの肖像画」になるわけだが、まさか「蔵王」に皺でも刻み込んだのだろうか…。
「蔵王」は、学生時代に、友人が学習院の輔仁会?の合唱団の指揮をしていて、それを聴きに行って以来好きになったものです。

・Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me
まあ、こまかな言い訳は抜きに順不同で気楽に回答してみると、…

(1)Paco de Luciaの弾くロドリーゴ作曲のギターのための「アランフェス協奏曲」彼の演奏を聴いて初めてこの第二楽章が「恋のアランフェス」なんかではないということを思い知らされました。子を失った母の嘆き、涙が枯れてもまだ泣きたい、そういう悲しみが伝わる凄い演奏です。作曲者は、妻が流産した直後にその慰めの気持を込めて書いたものと、村治佳織のアランフェスのCDの解説に書かれていたのを読んで、パコ・デ・ルシアの演奏の謎が解けた思いがありました。
そもそももとのスコアには四分音符で44ときわめて遅い速度指定があるのに、みんな何も考えないで適当に弾くもんだから曲想が狂ってしまう。調べてみたらパコでも59。しかし私が持っている各種アランフェスの中で60を切ったのはパコだけです。(追記に続く)
第一楽章の弾き方も独特で引きこまれる。

最晩年のロドリーゴをステージに上げてその前での演奏のライブ録音盤です。

【頭ポリポリの追記】ところが、速度は私の測定ミス。真相はこうです。他のギタリストはほぼ指定通り44前後なのに、パコだけは30ぐらいで弾いているのでした。村治佳織も明らかに同じ線を狙っているが微妙に速い。

この際所蔵のアランフェスを色々引っ張り出して来て第二楽章の演奏時間を比較すると、こんなことになっていました。ただしLPは調査対象外。

10:47 アンヘル・ロメロ(アンドレ・プレヴィン+ロンドン交響楽団)
10:53 カルロス・ボネル(シャルル・デュトワ+モントリオール)
10:53 ジョン・ウィリアムス(ダニエル・バレンボイム+ベルリンフィル)【DVD】
11:07 M・ゴッセル&H・フレンネソン(Progetto Avanti 二人だけのオーケストラ)
11:22 村治佳織(山下一史+新日本フィル)
11:35 パコ・デ・ルシア(エドモン・コロメール+カダケス・オーケストラ)
12:07 ペペ・ロメロ(ネヴィル・マリナー+アカデミー室内管弦楽団)

全体の所要時間となるとこういう順番になるのですが、最長のぺぺ・ロメロのテンポが特別遅いとは感じられません。どうもカデンツァのあたりにかける時間がかなり影響しているように感じます。

私が言いたいのは、このAdagioのテンポは、要するに茫然としてトボトボ歩く速さが正しいのではないか、ということです。そのことをPacoの演奏で初めて気付かされました。昔、ペペ・ロメロの演奏を聴いた時はそんなことを考えさせられなかったわけですから、そこにテンポ以外の要素があることは言うまでもありません。

(2)ABQ(アルバン・ベルク弦楽四重奏団)でドビュッシー、ラヴェルの弦楽四重奏曲
もともとLPでよく聴いていたものですが、今持っているCDは1984年の録音になっていて、時期的に判断してたぶん録音が違う。
去年だったか、無性にドビッシーのこの曲が聴きたくなって、何枚かCDを聴き比べることになったのですが、もう圧倒的にABQなんですね。

(3)シャルル・デュトワ指揮のモントリオール交響楽団とピンカス・ズーカーマンのビオラでベルリオーズ「イタリアのハロルド」これはとにかく好きな演奏です。そんなに惚れていいのかと自問して、他の指揮者のもいちおう買って聴いてみたのですが、気持は変わらない。
楽曲としては第二楽章が特に魅力的で、夜毎、灯を消してこれを聴きながら眠りについていた時期もありました。この作品が好きになると、イタリア・ワインを買う時にAbruzzo州のものが気になるようになります。

(4)シャルル・デュトワ指揮のモントリオール交響楽団で「ロッシーニ序曲集」特に「どろぼうかささぎ」が好きで、何枚か聴き比べをしたことがありますが、明晰さという点でデュトワは群を抜いています。それがメガネの曇りが取れたというか、シルクスクリーンが取り除かれたような、身も蓋もないと感じる瞬間が無いでもないのですが、それでもこの演奏がいいと思います。もちろん楽曲そのものも素晴らしい。

(5)グレン・グールドの弾くJ.S.バッハは平均律だろうがゴールドベルクだろうが、イギリス組曲だろうが、フランス組曲だろうが、イタリア協奏曲だろうが、インベンションだろうが。
要するにこの演奏者の問題提起の恐るべき知力と感性と表現実行力を存分に発揮するのにバッハほどの素材はないということでしょう。

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2005.06.12

05・06・12 ふうてん平均律講座

平均律とは何ですか?とふうてん遊民さんから質問されています。

十二平均律を「数学的」に説明するのはとても簡単なんですよ。

例えば440ヘルツの音を基準にして、その1オクターブ上の880ヘルツまでの間に、出発点の音を0番目=T(0)としてとして12番目=T(12)まで半音ずつ高くなる音を並べる平均律を構成することを考えます。

十二平均律とは、n番目の音を、440*2^(n/12)という式で計算する調律法のことを言います。

n=0なら2の0乗は1ですから440のまま。n=12なら2の1乗は2ですから440*2で880と、確認できます。

階名で言うと、nは、0:ド 2:レ 4:ミ 5:ファ 7:ソ 9:ラ 11:シ 12:ド という対応になります。

途中の音も一つぐらい計算しておきますと、
「ソ」はn=7ですから、440*2^(7/12)で、約659.26となります。

数式をジッと眺めれば、この調律では、つねに隣り合う二つの音の振動数の比率が、2の(1/12)乗という定数になっていることが読み取れます。
T(i+1)=T(i)*α ただし、α=2^(1/12)

高校数学を懐かしく思い出すと下の漸化式になります。この方が十二平均律の考え方が分かりやすく表現できていると思います。

T(1)=T(0)*α
T(2)=T(1)*α
T(3)=T(2)*α

T(11)=T(10)*α
T(12)=T(11)*α ただし、T(12)=T(0)*2

αとはどんな数値になるのか?

それを求めるには、まず両辺を全部掛け合わせます。それでも等号は成立しています。更に両辺を共通項T(1)*T(2)*…*T(11)で割ることで、
T(12)=T(0)*α^12 となります。
ここでT(12)=T(0)*2ですから
2=α^12となり、α=2^(1/12)が導かれます。

仮に計算の出発点をT(0)ではなくてT(2)に置いて、

T(3)=T(2)*α
T(4)=T(3)*α

T(12)=T(11)*α
T(13)=T(12)*α
T(14)=T(13)*α ただし、T(14)=T(2)*2
としてもαの値は同じになります。

しかも、大事なことは、計算される途中の音が全部さっきの計算とピッタリ共通の振動数になることです。

一つのメロディーを作ったとします。その出だしの音をT(0)にしようがT(2)にしようが、メロディーの形は完全に保持されるのです。

もっとも、この説明は、平均律になじんだ現代人にはまったく当たり前のことであって、それがどうしたと言われてしまいそうです。

コンピュータ方式になぞらえて言うと、平均律で書かれた音楽は、ベースレジスタの指定に従って記憶装置のどのアドレスに置かれたとしても、その位置に関係なく同じ処理結果を保証してくれるPosition Independentなプログラムのようなものです。

かつては、音の開始位置をずらすと音楽の形が歪んでしまうという悩みがあったことを理解しないと、平均律のありがたみはわからないと思います。

その悩みの解説はまた機会を改めることにします。

起立、礼、就寝。

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2005.06.05

05・06・05 懐かしき「別れのうた」"Shalom"弦楽四重奏版

先日ふうてん遊民氏の日記に、ある作曲ソフトの開発元のEさんが東京の事務所をたたんで故郷長野に戻るという話が紹介されていました。

面識もあるEさんの心中を察して、ちょっとほろ苦い気持になったものです。
考えてみるとあのFM-Towns用のソフトをマジで使ったのは、15年前に「バルハイホー音頭」という曲を作った時だけでしたねぇ。学生演劇の作家だった木村明さんの詞に私が曲をつけて、みんなで某料亭の大広間に集まって踊ったものでした。まだ譜面が音になるだけで嬉しかった頃のことです。

ま、それはともかく、その後、私の趣味のツールとしての音楽ソフトは、
Print Music→Allegro→Finaleと来てしまったのです。「来てしまった」という部分に若干の後悔の情が込められています。

Finaleはプロの世界の標準的なソフトで機能豊富で高価。私の趣味には贅沢すぎるので、最初はもっと簡単なローエンドのPrint Musicを買ったのです。ところが、このソフトメーカは巧みにアップグレードを誘惑して来て、しかも、楽譜のデータ形式は下位互換性がないと来ています。後戻りできない。何年か経ってみたら私は最高級のFinaleユーザになっていたのです。

確かにFinaleになって添付のソフト音源の質がよくなっているようで、そこはやる気を起こさせます。

しかしながら、ここが辛いところですが、この何十万円もするソフトを抱えたまま、この数年間、大して活用していないのですよ。年に1-2回、ギターの演奏会用の譜面を作ってみるぐらい。あぁもったいない。

Eさんのソフトからはるばる乗り換えて、一体何をやっているんだろう。というような気持もあり、この週末に一つ作ってみました。じつに久しぶりの音楽制作です。

浪人時代から学生時代にかけて、毎夏のように、乗鞍高原の学生村に滞在していました。昭和41年からの数年間のことです。

乗鞍高原の番所(ばんどころ)「馬の背荘」だったと思います。良浪寅美(よしなみとらみ)さんというオジサンの民宿。

そこに学生や教師や、いろんな人が東京から関西から、次々とやって来ては去って行く。送別会のたびに、時には見送りのバス停で、みんなで歌ったのがパレスチナ民謡の「別れのうた」"Shalom"です。もちろん私のギター伴奏で。

当時、山渓文庫に「山のうたごえ」というのがあり、そこに載っていた譜面をみて知ったもの。詞は井田誠一という人。著作権があるかも知れないので詞は掲載しません。

その1〜2年後だったか、一度、ダークダックスでこの歌を聴いた記憶がありますが、私たちの歌い方とはちょっと違っていて、いまいち納得が行かなかった。

譜面をみるとダークのは正確なんですが、私たちは二つの8分音符のところを付点8分と16分音符にして、つまり、跳ねるようにして歌っていました。この方が別れの悲しみをふり払うカラ元気の感じが出てよろしいのですよ。

その感じを込めて、また、ちょっと変奏曲風にアレンジもして、弦楽四重奏版の「別れのうた」(シャローム)"Shalom"を作ってみました。MP3です。※これはpodcastingできるのかな?※2005・07・21追記

乗鞍高原の学生村では数々の出会いや想い出がありました。その万感の思いを込めていますので、ちょっと暑苦しい感じになっているかも知れません。

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2005.06.01

05・06・01 アマドコロのダビデの星はいずこ?

またまた茨城県七會村のゴルフ場でのことなんですが、この写真はアマドコロです。英語でSolomon's SealとかStar of David(ダビデの星)との俗称がある植物です。
DSCF4168アマドコロ
2005・05・29 茨城県七會村
Copycenter 2005 Akira Kamakura

ダビデの星とは二つの正三角形を60度ずらして重ね合わせた形、というより、ダイヤモンドゲームの盤の形だと言った方がリアルに感じられる世代も多いかも知れません。イスラエル国旗の中央に描かれている星(六芒星)でもあります。

植物を趣味にしていると、実物を見たこともない植物の名前を知っていることがあります。知っているといえるのか怪しい知り方で、以前書いた三島由紀夫の言うところの「言葉の腐食作用」。私にとってはアマドコロもその一つです。

なぜダビデの星なのか?そりゃ、きっと、茎の断面に六芒星のパターンが見えるんだろう、とじつに大雑把な理解をしたまま、長年ほったらかしていました。断面を見たこともないクセに!

先日のゴルフのプレーの最中、自分のティーショットが終わるやいなや、ちょっと気になる植物がありデジカメをもって近づいたティーグラウンドの近くの叢で、思いがけずもこのアマドコロを見つけたのでした。

その時初めて、この華奢な茎を間近に見ました。えっ?こんなに細かったっけ?Solomon's Sealというからには茎の断面が実際の封印ほどの直径サイズが無ければおかしいのだが、と直感しました。

ではこの植物の何処にそんな封印のパターンが見られるのだろう…などと考えているうちに、全員ティーショットが終わりセカンド地点に向かって移動し始めました。やむなく私も疑問を残したままプレーに復帰。

改めて考えると、そもそもの理解が全く非常識だったことに気づきます。いいですか、植物の茎の断面に、同心円的なパターンならいざ知らず、どうしたら6本の直線で構成される六芒星パターンがポツンと一つだけ形成されたりするでしょうか?蜂の巣のセルの集合体のような場合なら別ですが。

実際、このサイトの断面写真はおよそダビデの星とはちがいます。

この次あのゴルフ場に行く時はシャベルとナイフを持参して、ダビデの星をデジカメに記録して来ようと思っています。

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