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2005.07.03

05・07・03 私も「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!」を読んだのだ!

この本を読んでblogを書くならタイトルはこうなるに決まっているわけで、Googleしてみるとちゃんとあった。ここまで赤塚の影響はシッカリと浸透している証拠でしょう。

赤塚マンガの「武居記者」という無骨な風貌のキャラクタは実在人物だった。小学館の赤塚番の編集者だった武居俊樹氏が定年退職して文藝春秋社からこの赤塚回想録を書いたわけです。

小学館のサラリーマンなのにフジオプロにほとんど常駐して赤塚作品の制作にも係わり、夜の新宿にも一緒に繰り出していた。彼しか知らない赤塚の人物像が、愛情と敬意に満ちた、でも意外に淡々としてケレン味の無い語り口からよく伝わってきます。大天才にハチャメチャのギャグのネタを提供していた人の筆致とは思えない。

赤塚の作品は正確には彼個人の作品ではなくフジオプロというチームの作品だということが、武居さんの説明で初めて納得が行きました。

制作プロセスは見事に工程に分割されています。(1)アイディアだし、(2)ネーム(コマ割りとセリフ入れ)、(3)セリフのケント紙写し、(4)人物の"当たり"、(5)線の確定、(6)そしてペン入れと。ここに分業制が確立されていて、赤塚当人は(2)のネームと(4)の"当たり"をやり、(1)は武居記者やアシスタントも交えたチームでブレスト的に、その他はアシスタントが担当していたというのです。

アシスタントと言っても、のちに一家をなす古谷三敏、長谷邦夫、高井研一郎などです。しかも

「自分の絵が古かったら、絵が上手い人を入れればいい、って単純に考えられる人。さすが、トキワ荘で、石森さんや水野さんと共同執筆した人よ。作品をよくするためなら、誰にでも頭を下げられる謙虚さを持ってるの。プロデューサー的資質があるのね。」
と奥さんの証言にあります。

「赤塚不二夫」は極論するとプロダクションのブランドラベルだったんですね。

「おそ松くん」のキャラクターの絵で赤塚当人が作ったのは六つ子とその父母、トト子ちゃんくらいであって、他のチビ太、イヤミ、デカパン、ダヨーン、ハタ坊も、赤塚以下のチームが言葉でこんな感じというのを聞いて高井研一郎が絵にしたというのですから。

私が好きだった、ギャグの大騒ぎの一日が終わって埃が静まった後の夜のシーン。あれは何と!赤塚のネーム段階では文字で「夜」としか書かれていなかった。その指定?に従って古谷三敏が好きなように絵を描いていた!

極めつけは、赤塚の母親が危篤になった時、連載中の「ぶッかれダン」を赤塚抜きで古谷と長谷だけで一回制作したが、読者は誰もこの代筆に気づかなかったことでしょうか。

こと仕事と人間関係に関しては真面目、誠実、思いやり。他人のすぐれた才能に嫉妬しない。素直にそれを認め仕事仲間に入れて、さらに一人前として世に出すために動く。だから赤塚のところから巣立って大成した漫画家は多かったと言います。

道徳と不道徳、真面目と不真面目、高尚と低俗などなど、こうした直線上の左端と右端の二極対立かと思われがちな価値尺度が、赤塚不二夫という人の中では円形の連続体として存在していたのかなと感じました。

最近、静かだと思っていたら、赤塚不二夫は平成14年に脳内出血で倒れて以来、今も昏睡状態が続いているようです。

武居さんは、36年間に担当した漫画家は200人、その中で赤塚不二夫は「特別な存在」だったと書いています。200分の1?、いや、おそらくあと何百人の漫画家に出会ったとしてもその評価は変わらないのでしょう。

赤塚不二夫を知るには、その漫画を読むしかない。本当は『赤塚不二夫漫画大全集DVD・ROM』を買って貰えばいいが、ちょっと高い。

そりゃそうでしょう。それに加えて言うなら、私は昭和50年初版の「赤塚不二夫1000ページ」も持っていますが、武居さんの本を読んで、ようやく赤塚不二夫像がピタッと鮮明になった気がしました。

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コメント

 トラックバックありがとうございました。
 武居記者の本、赤塚マンガを知るには必須ですね。ひとみ寿司をはじめとする酒場での行状に関しては『バカは死んでもバカなのだ―赤塚不二夫対談集―』(毎日新聞社、2001年)が貴重でした。ご参考までに。

投稿: 森下一仁 | 2005.07.04 20:10

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『おそ松』執筆当時、赤塚は、時間の経過や場面転換を、「そして―」というネームで表現していた。最近の赤塚ギャグでは「そして―」のかわりに、夜のシーンを挿入するようになっている。  ネームの時、赤塚は、そのシーンを「夜」とだけ書き、そのコマに何を描くかは、古谷..... [続きを読む]

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