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2005.07.31

05・07・31 中原啓一さんの想い出talk

「BeesTalk050731.mp3」をダウンロード

7月24日、赤坂の霊南坂教会で中原啓一さんのお通夜がありました。86歳でなくなられた富士通の大先輩であり、日本のシステム工学の黎明期の指導者のお一人です。

その中原さんの意外な一面とは?!

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2005.07.29

05・07・29 ココログでpodcasting用RSS2.0を出す方法

ココログのpodcasting juiceの説明に従って、指示通りにRSS2.0を吐き出すための設定をしたのにうまく行かないと悩んでいる方が多いかと思います。

ホントに、説明不足だと思いますよ。私もずいぶん悩みました。指示通りにやっているのにうまく行かなかった。

あれこれ考え推理し、ようやく原因が判明しました。

ココログの「ブログ」の「設定変更」の「公開用設定」のところをいじる必要があります。

「RSS/Atom配信の設定」を以下のように記事の「全文配信」にするのです。

ブログの記事のRSS/Atom配信の設定をオンにしますか?
×いいえ(配信しない)
×はい(概要のみ配信する)
◎はい(記事の全文を配信する)

こうしておけば、自分のココログのpodfeedの吐き出しをマイリストに設定することで、iTunesで取り込めるRSS2.0が出力されます。

やれやれ、この謎解きにたどりつくまでに相当な試行錯誤の知的労力を浪費しています。ニフティさんも、もう少し親切に説明して欲しいものですね。今の説明はいい加減すぎます。

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2005.07.27

05・07・27 いびきの研究

Podcastingのまねごとをやるというので音声のwaveファイルを編集するツールを初めて使いました。

これが凄いのは、何時間分の音声だろうが、時間的な全体を見渡せることです。波形を見れば何処に不規則なノイズがあるのか一目瞭然。

録音した音を早送りしたり巻き戻ししたりしながら、ここかあそこかと、問題の箇所を探し出す面倒な操作が不要だということです。

となると、これは一晩の睡眠の音を録音しておいて、どこでいびきをかいているのかをビジュアルに把握することもできる筈だ…ということでやってみました。

私はいびきをかきます。ホントに泊まり掛けの旅行で同室になるかたがたにはご迷惑をお掛けしております。

自分のいびきに自覚がないのはしかたがないにしても、私のは寝入りが早い先手必勝型なので、他人のいびきに悩まされることも少なく、従って、自分だけが加害者だと思い悩んでいるところもあるんですよ。

ibikiwave

さて、先日、ICレコーダで録音した睡眠音の波形です。この時は午前0時頃に就寝し、約6時間を一気に眠りました。目覚まし時計が鳴る前の自然な目覚め。夢の記憶はありませんでした。普段、明け方に一度目覚めてトイレに行くこともあるのですが、この日はそれも無し。酒量が比較的少なかったからでしょう。

眠りに落ちて約10分後に第一波が40分間続きます。その後一時間ほどは比較的静かな状態があって第二派に突入。これも約30分間。次に約2時間半の静寂(でもないが)があって、目覚めの約50分前から30分間、第三波があって終わります。

音声は敢えて公開しませんが、恐れていたほどの音量ではありませんでした。なんて書くと石を投げられそうですが、たぶん、皆で旅行する時は酒量が多くなっているので、もっと凄いことになっているのだろうと想像しています。

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2005.07.24

05・07・24 Podcastingの気恥ずかしさ

「050724BeesTalk.mp3」をダウンロード
先日のコンテンツはICレコーダ一本で制作したので音質がひどかったのですが、今回はちょっと設備投資をして改善しています。

ま、ただ、トークの中でも触れましたが、音声ブログはテキストや写真とは別世界だなと思いました。面白い点はとうぜんありますが、これはなかなか続かないだろう(自分のことを言ってますが)と感じます。

テキストや写真だけの方が遥かに楽だということです。

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2005.07.22

05・07・22 "Bee's Talk" Podcastingの練習

Beeをダウンロード
BeesTalk20050721TrialEdition.mp3がファイル名です。
どうもRSSが配信されないみたいなんですが、とりあえずこのままにしておきます。
ニフティのpodcasting juiceの指示どおりにやったつもりなのですが…。

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2005.07.16

05・07・16 「会社はだれのものか」は「利益はだれのものか」だ

「会社はだれのものか」の著者の岩井克人さんは研究室の鑑賞魚用水槽に「資本主義」のアクアリウムを作って観察しているのかな。水槽の中にはジョージ・ソロスのような鯨もいれば、企業買収が好きなピラニアも泳いでいる。さしずめ私などは坂田明かバカボンのパパの顔をしたミジンコか?

ずーっと研究者人生なのでご当人は水槽の中で泳いだことはない。牛乳ビンの底のようなメガネの奥から水槽の中をジーッと観察しつつ思索を重ねて来た。そんな人間が会社論を語って大丈夫なのか?と自問するわりには大胆な説を唱えるんですよねぇ。

「わけのわからない使命感」に駆られて「ふつうに言われていることは、違うだろう」と言ってしまう岩井さんは、とうとう経済学者としては「アメリカの主流派から外れて、もう、主流派の論文誌には載らない…」と寂しいことを言います。

「経済学者はこれからどうなるのか」と心配になりますが、岩井さんは、こうなったら「正しい」と思うことをくどいと言われようとも何度も言い続けるぞと頼もしい決意を語っています。

確かに前著「会社はこれからどうなるのか」の繰り返しの部分もある。でも、単純な再掲ではなくて、あれで分かってもらえないのならこれでどうだとなっている。読者としても著者の真意を再確認できて助かります。(これはイヤミではありませんヨ)

株主は今日でも、株主総会で経営陣を自由に選任できるという意味で、間接的に会社を「支配」している。特にかつての産業資本主義の時代には、会社というものは、売れる製品を生産する設備の資金を提供した人が経営者を雇っていたのにすぎないから、資本家が会社の支配者として振る舞うのは当然のことだった。

しかし資本調達が容易でモノを作れる会社が無数にある現代では、利益は他社との「違い」からしか生まれない。だから「違い」を継続的に生み出す経営者や社員という「ヒト」こそが経営資源として重要になってくる。

生産設備が競争力の決め手という時代は終わった。従ってその投資を支えた資本家のお金による支配力も低下した。これをポスト産業資本主義と呼ぶわけです。

だから株を買い占めてその会社を支配したつもりになっても、その会社が本来もっていた経営資源を全てそのまま手に入れられるとは限らない。「ヒト」は「モノ」と違って面従腹背もするし脱走もする。支配には馴染まないリソースである。そういう意味で、会社が株主のものであるという思い込みは錯覚であり時代錯誤でもあるよ、というのが岩井さんの指摘だと読みました。

これをなるほどなと思って読んだ経営者は、ハッと気づいて企業買収の計画を見直すかも知れない。「ヒト」を買おうとしていはしないかと。とはいえ、多くの人は「だからどうだって言うのかな?"So, what?"」で、そこに日常的な実践的意味を見いだせないかも知れない。

で、結局、会社は誰のものなのか?というと「会社は社会のもの」と岩井さんは締めくくっています。この答えには、一体全体何処のどいつのモノなんだと、せっかく厳しく問い詰めた緊張が一気に大気中に拡散するような脱力感を覚えます。ま、この意味をもう少し考えてみますが。

さて、ここからが大事です。"So, what?"に私なりにお答えしたい。

続きを読む "05・07・16 「会社はだれのものか」は「利益はだれのものか」だ"

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2005.07.12

05・07・12 ほめる健康診断

明日は定期健康診断なので今日は早めに帰宅して早めに食事を終えてblogを書いています。

例年、検査が終わって何週間かすると電話が掛かって来て、やれγ-GTPが高い、中性脂肪が多い、血糖値も高めだ、だから、ああせいこうせいの生活習慣矯正指導となるわけです。

昨年のこと、水泳やウォーキングに励み酒量も減らした結果、色々な数値が改善されました。これはきっと生まれて初めて「よく頑張ったね!」というお褒めの花マル電話が掛かって来るに違いないと密かに期待していました。

ところが、待てと暮らせど音沙汰無し。ははーん、電話が行くのは不合格者だけなんだ、合格ラインに到達しちゃうと貰えないのだなと気づきました。あんなに私のことを親身に心配しているような口ぶりだったのに…なんか虚しいよな。

おかげでまたからだがグレてしまって今年はあまりいい成績は期待していません。

駅や広場に住み着くハトは、人間に近づいて来て首を傾げたり頭をひねったり、つぎつぎと微妙な動作を見せるものです。あれは恐らく、これまでの経験からエサを貰うことにつながったと当人(当鳩)が思っている動作のレパートリーを次々と繰り出しているものと思われます。彼らは決してランダムにエサにありついているとは考えないものなんですね。これは人間も同じ。

学生時代にB.F.スキナーの心理学をかじった私としては、生活習慣改善の目標を達成した人を褒めることが大事だと思います。望ましい行動が発現したその瞬間にすぐ褒める。インスタントフィードバック。リップサービスでも、表彰状や鐘を鳴らすのでもいいかもしれない。そうするとよい行動が定着する、はずだと心理学者は言ってますね。

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2005.07.11

05・07・11 ハカランダ"Jacaranda"と言えばギター

因縁浅からぬAlexさんのblogに英国ロイヤル園芸協会の南アフリカでのJacarandaによる水資源浪費警報の記事が紹介されています。

それにしてもプレトリアのJacaranda並木、まさに壮観ですね。"Jacaranda City"とは知りませんでした。

Jacarandaは重要なギター材ですが、最良とされるブラジル産のものが1970年あたりから輸出禁止になってしまった。私の1969年製マーチンのクラシック・ギターはその禁止直前のブラジル産ローズウッド(ハカランダのこと)を使ったものです。

その後ギター業界は材料を東南アジア産のハカランダに求めて行くわけですが、この樹木はオーストラリアでも多くの人が現地原産の植物だと勘違いするほど広まっていると植物図鑑で読みました。

オーストラリアにはギター製作にちょっとした革命を起こしたグレッグ・スモールマン"Greg Smallman"という製作家がいます。表面板を極端に薄くした分カーボン繊維で補強することで驚くほど大きな音量を実現する構造を編み出した人です。クラシックギター界の元プリンスJohn Williams(スターウォーズの作曲家とは別人です)やらザ・ビートルズのポール・マッカートニーなどが愛用する楽器で一台400万円ぐらいすると聞いたこともあります。製作台数が少ないので入手が難しいようです。

この人がNew South WalesのGlen Innesのあたりの文明的には不自由な地に工房を構えているようです。ひょっとしたら彼は地元のハカランダを材料に使用しているのではないかとかねがね思っていました。真相はわかりませんが。

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2005.07.10

05・07・10 ガガイモの花、こんなアタシに誰がした?

近所の空き地に咲いていた花を調べるとガガイモらしい。群生するススキやクズの中に陣取って逞しく縄張りを主張していました。生命力旺盛。図鑑の説明通り、蔓を切ると断面から白い乳液が盛り上がって来る。

DSCF4411DSCF4450
ガガイモ 2005・07・10 横浜市都筑区 Copycenter 2005 Akira Kamakura
小型の花は色こそ淡いピンクで遠目にかわいらしいが、よく見ると産毛の密生した内蔵粘膜を剥き出しにしたようなグロテスクさもある。中心から突き出たメシベ?が妙に不規則に曲がっていて、まがまがしさを感じる。進化の過程で毛深くもひねくれた形のこんなアタシに誰がした?

花を持ち帰って接写してみると、ずいぶんと小さな虫たちがこの産毛の森の中に宿っている様子が見えます。産毛には小虫を天敵から護る機能があるのだろうか?それともこの小虫を囮にその天敵をおびき寄せて受粉作業をさせるのか?

DSCF4454DSCF4413

ここにも植物と昆虫の不思議なだましあいの共生関係があるに違いありません。で、その関係は、社会的存在であるわれわれ人間にも、妙に身につまされるところがあるから面白いのですね。

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05・07・10 たまプラーザのヒマワリにインコが来るという

去年観察したヒマワリの様子を見に行きました。偶然とは恐ろしいもので、去年もまさに7月10日のことでした。

DSCF4440DSCF4449
ヒマワリ 2005・07・10 横浜市青葉区 Copycenter 2005 Akira Kamakura
ちょうど昼頃、ハチやハエが来ていました。ハエっていうのが腑に落ちない。ハチは花の中心部分の花粉に夢中になっているのに対して、ハエは周辺専門のように見えました。ラフレシアの腐臭がハエをおびき寄せるという話があるので、ヒマワリにもそんな臭いでもあるのかな、などと考えながら写真を撮っていました。

すると「こんにちは」と人の声。ハエ男ではありません。

「今年のヒマワリ大きいでしょ」とスポーツ刈りの中年のオジサンがトレーナーのパンツをずりあげながら畑の横の路地から出て来ました。どうやら畑の持ち主らしい。改めてヒマワリをみると背の高いものは3mぐらいもあって、例年より高いとのこと。

で、しばしヒマワリ談義をしたわけですが、そのうちオジサンは思いがけない悩みを告白しました。タネが実ると(という言い方はなんだかヘンだとは思うけど)、なんとインコの群れが飛んで来て食べてしまうというのです。

そういえば、だいぶ前に、野生化したペットのインコが東京の洗足池あたりに棲息しているというニュースがあったことを思い出しました。あんなところからこのたまプラーザまで遠征して来るのか?どうかはわかりません。この近くにも似たような群れが住み着いている可能性はあります。

ただオジサンはこうも言ってました。「そのインコを捕まえると高く売れるらしいよ」と。うまく捕まえられないのがこのヒトの悩みなのかも知れないなとも思ったわけです。ちょっと高橋克実に似ていたし。

ちなみに東京のインコの野生化を目撃したblog記事を探してみたところすぐに以下のようなものが見つかりました。
インコ、野生化 [2005年06月19日(日)]
インコの恋 [スナップ]
目黒の野生インコ大・大・大集結スポットへ

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05・07・10 ネコが寝る場所は快適地域

ネコは快適な場所を鑑定する名人(名猫)である。

家の中の温度や湿度や騒音や、さらには感触の気持良さなどを総合的に判断して、その時々のいちばん快適な場所を選んでいるように見える。
DSCF4407
「なんか気持よさそうだね」ネコのとなりに一緒になって寝ころびたいような気分になる。

イヌは多少居心地が悪そうなところでもご主人様の命令とあれば従順に居続けるのだけど、ネコは必ず逃げ出す。

いつぞや「自衛隊の活動する地域は非戦闘地域である」と小泉純一郎氏が答弁して国会が大騒ぎになったけど、うちのネコが寝る場所は間違いなく非戦闘地域ですね。

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2005.07.05

05・07・05 尻高貝を働かせる鮨屋

先日、近所の鮨屋でのこと。
DSCF4398「あの水槽の中の貝はなに?」
「シッタカですよ」
「いいね、食べたいね。あのクルクルって先っちょの方まで綺麗に身を引っ張りだすの、うまくできると快感だよねぇ」
「お客さん、シッタカはお出ししてないんですよ」
「えっ?」
「あれは水槽のガラスにつく藻を食わしてるんですよ。掃除させてんです」

騙されたような気がしないでもないが、写真に撮ってみると、確かにガラスを拭き掃除しているようにも見えますね。

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05・07・05 ニワトリ型人間とタラ型人間

欧米の広告業界で昔から使われているらしいジョーク(と言っておきます)。

魚のタラは1万個の卵を産むが、鶏は1つしか産まない。
タラはコケコッコーと鳴かないから、いくら卵を産んだって誰も気づかない。
その結果、我々はタラの偉業を無視し、大したことをしていないニワトリの方を称賛するでしょ。
やっぱり宣伝しなきゃ損だってことですよ、社長!

原文は

The codfish lays ten thousand eggs,
The homely hen lays one.
The codfish never cackles
To tell you what she's done.
And so we scorn the codfish,
While the humble hen we prize,
Which only goes to show you
That it pays to advertise.

- Anonymous

想像するに、ちょっぴり思い切った広告宣伝費を使うと決断してくれた顧客に広告代理店の幹部が祝杯をあげながら囁くジョークなんでしょう。

私は「プロバンスの12ヶ月」の著者ピーター・メイルが1990年に出した"Up the Agency"(贅沢な仕事)でこのジョークを知り喜んでいました。Anonymous(作者不詳)だなんて、本当は業界人だった自分で考えたんじゃないか?流石ピーター・メイルは面白いことをいうわい、と。

この二つのタイプは人間にもありますよね。ニワトリとタラの姿に重ね合わせてそれぞれの人の顔を思い浮かべてみると無性に可笑しくなる。そこがこのジョークの肝かも知れない。

ふと思いたって"The codfish lays ten thousand eggs"を引用符ごと検索窓にコピーしてネット検索してみると、何と96件もヒットするのです。これには驚きました。

そのうちの一つに教えられたのですが、アメリカの広告業界の大御所オグルヴィーの"Ogilvy on Advertising"(1983年)にもちゃんと掲載されていました。

どうやら欧米の業界では広く知られているようなモノらしい。ところが日本語のサイトには今のところ見当たらないのですね。

なぜか?

考えてみると日本人はタラが声も立てずに黙っていたって、卵を腹から取り出して食べてしまうわけで、このジョークはすぐに反論に遭うんですかね。

欧米だって、無粋で不機嫌なクライアントは「キャヴィアを産むチョウザメ(sturgeon)はコケコッコーとは鳴かなじゃないか」と突っ込むかも知れないですね。

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2005.07.03

05・07・03 小樽のウニとイタドリの関係

あれはどうやらイタドリか、あるいは、オオイタドリのようです。帰化植物ではなくもともと台湾・中国・日本の山野に分布していたもの。山菜として食用にされる。

小樽のあたりはイタドリが多いようで、このサイトによると、現在の小樽市街の入船町あたりに位置する「クッタルウシ」というアイヌ語の地名は「イタドリの多いところ」という意味だそうです。

ezobafunnuni調べて驚いたのは、夏、海草が枯れる時期に、養殖ウニの餌として塩漬けにしたイタドリの葉を使っているという話。小学館の園芸植物大事典にその言及があります。この方は小樽水族館で水槽の中にイタドリの葉を見たと書いておられます。

じつは、先日の北海道ゴルフツアーのもう一つの目的は小樽でウニを食べることだったので、偶然にもイタドリという植物に注目したことは極めて正しかった!

ezobafunnuni-donmurasakiuni-don
エゾバフンウニとムラサキウニ 2005・06・19 北海道小樽市 Copycenter 2005 Akira Kamakura
エゾバフンウニはムラサキウニに比べて身が濃いオレンジ色をしています。値段も高めです。

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05・07・03 私も「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!」を読んだのだ!

この本を読んでblogを書くならタイトルはこうなるに決まっているわけで、Googleしてみるとちゃんとあった。ここまで赤塚の影響はシッカリと浸透している証拠でしょう。

赤塚マンガの「武居記者」という無骨な風貌のキャラクタは実在人物だった。小学館の赤塚番の編集者だった武居俊樹氏が定年退職して文藝春秋社からこの赤塚回想録を書いたわけです。

小学館のサラリーマンなのにフジオプロにほとんど常駐して赤塚作品の制作にも係わり、夜の新宿にも一緒に繰り出していた。彼しか知らない赤塚の人物像が、愛情と敬意に満ちた、でも意外に淡々としてケレン味の無い語り口からよく伝わってきます。大天才にハチャメチャのギャグのネタを提供していた人の筆致とは思えない。

赤塚の作品は正確には彼個人の作品ではなくフジオプロというチームの作品だということが、武居さんの説明で初めて納得が行きました。

制作プロセスは見事に工程に分割されています。(1)アイディアだし、(2)ネーム(コマ割りとセリフ入れ)、(3)セリフのケント紙写し、(4)人物の"当たり"、(5)線の確定、(6)そしてペン入れと。ここに分業制が確立されていて、赤塚当人は(2)のネームと(4)の"当たり"をやり、(1)は武居記者やアシスタントも交えたチームでブレスト的に、その他はアシスタントが担当していたというのです。

アシスタントと言っても、のちに一家をなす古谷三敏、長谷邦夫、高井研一郎などです。しかも

「自分の絵が古かったら、絵が上手い人を入れればいい、って単純に考えられる人。さすが、トキワ荘で、石森さんや水野さんと共同執筆した人よ。作品をよくするためなら、誰にでも頭を下げられる謙虚さを持ってるの。プロデューサー的資質があるのね。」
と奥さんの証言にあります。

「赤塚不二夫」は極論するとプロダクションのブランドラベルだったんですね。

「おそ松くん」のキャラクターの絵で赤塚当人が作ったのは六つ子とその父母、トト子ちゃんくらいであって、他のチビ太、イヤミ、デカパン、ダヨーン、ハタ坊も、赤塚以下のチームが言葉でこんな感じというのを聞いて高井研一郎が絵にしたというのですから。

私が好きだった、ギャグの大騒ぎの一日が終わって埃が静まった後の夜のシーン。あれは何と!赤塚のネーム段階では文字で「夜」としか書かれていなかった。その指定?に従って古谷三敏が好きなように絵を描いていた!

極めつけは、赤塚の母親が危篤になった時、連載中の「ぶッかれダン」を赤塚抜きで古谷と長谷だけで一回制作したが、読者は誰もこの代筆に気づかなかったことでしょうか。

こと仕事と人間関係に関しては真面目、誠実、思いやり。他人のすぐれた才能に嫉妬しない。素直にそれを認め仕事仲間に入れて、さらに一人前として世に出すために動く。だから赤塚のところから巣立って大成した漫画家は多かったと言います。

道徳と不道徳、真面目と不真面目、高尚と低俗などなど、こうした直線上の左端と右端の二極対立かと思われがちな価値尺度が、赤塚不二夫という人の中では円形の連続体として存在していたのかなと感じました。

最近、静かだと思っていたら、赤塚不二夫は平成14年に脳内出血で倒れて以来、今も昏睡状態が続いているようです。

武居さんは、36年間に担当した漫画家は200人、その中で赤塚不二夫は「特別な存在」だったと書いています。200分の1?、いや、おそらくあと何百人の漫画家に出会ったとしてもその評価は変わらないのでしょう。

赤塚不二夫を知るには、その漫画を読むしかない。本当は『赤塚不二夫漫画大全集DVD・ROM』を買って貰えばいいが、ちょっと高い。

そりゃそうでしょう。それに加えて言うなら、私は昭和50年初版の「赤塚不二夫1000ページ」も持っていますが、武居さんの本を読んで、ようやく赤塚不二夫像がピタッと鮮明になった気がしました。

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