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2005.08.21

05・08・21 エッセイの技法

 静かな店だった。業界コンファレンスを終えた平日の昼下がり、ナッシュビルのギターショップ"Gruhn"に立ち寄った。ちょうど10年前のことである。入ってみると、ここはC.F.Martinの専門店で、陳列されているのはカントリー用のギターばかり。

 見ても無駄かなと思っていると、クラシックギターが数本並ぶコーナーが目にとまった。マーチンにクラシックがあるとは!見ると、中古というより、いわゆるヴィンテージ物らしかった。胴体が小ぶりで19世紀の楽器を思わせる。鳴らしてみるとまろやかに円熟した音がする。音量こそ控えめだが音に凛とした芯がある。そして何よりも、弦を押さえる左手の指にかつて味わったことのないフィット感があった。

 ずいぶん迷った。暗譜していたわずかなレパートリィを何度も弾きながら、いつまでも考えがまとまらない。…そろそろスペインの名器を手に入れたいとは思っていた。学生時代には手が届かなかったが、今となってはせいぜい大衆車一台の値段である…。しかしこれはアメリカン・ギターだ。1600ドルは名器というようなレベルでもない。中途半端な買い物をしてよいものか?

 指はこの弦を押さえる快感に浸っている。耳は音色に聞きほれていた。

 「きれいな音色だろ」。いつのまにか近くに来ていた店員が声を掛けて来た。

 出張で来た遠い遥かな地での偶然の出会いだが、じつは必然なのだと私は自分に言い聞かせようとしていた。

 自らのギター歴を振り返るとアメリカのポピュラー音楽から多大な影響を受けている。プレスリー、ハンク・ウィリアムス、マーティ・ロビンス、ブラザース・フォーやPPMなど、中学・高校時代にそれはそれはよく歌い弾いたものだった…。

 ズッシリと重たいギターケースをぶら下げて店を出た。1969年製作のC.F.Martinモデル00-28Cは材料にBrazilian rosewoodを使った最後のマーチンの一つだ。

 由緒あるマーチンの話は尽きない。1833年創立のアメリカ初の楽器メーカーであること、初代C.F.のギター製作技術はウィーン仕込みであること、などなど。

 気づいた方もおられるかも知れない。このエッセイ、パラグラフの頭の仮名を順につなげるとある大切な人の名前になっている。恐れ多くもJ.S.Bachのフーガの技法のB・A・C・Hや、ブラームスの弦楽六重奏曲のA・G・A・D・H・Eの趣向を真似てみた。では最後にテーマを一気に鳴らして締めくくるとしよう。

 仕事で訪れた、見知らぬ街での、ずっと昔の、夢のような出会いの、記憶である。

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