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2005.11.26

05・11・26 ロマネ・コンティの"Fine Bourgogne"の過去

DSCF5281ラベルをみると1997年11月18日に瓶詰めしたらしいから、私が買ったあの秋の日はたぶん98年か99年だったのでしょう。

6〜7年経過していよいよ三分の一以下に減っています。ちょっとさびしい。

三軒茶屋のとあるレストランでそれとも知らず飲んで、味わいの軽やかさに驚嘆した。そこで初めてDRCの"Fine Bourgogne"(フィーヌ・ブルゴーニュ)だと教えられました。仕上げの一杯として「何か面白いものを」と大胆に注文したら出てきたもの。その日は講演の帰りで、もらった講師謝礼が懐をあっためていたのである。しかし、この一杯で足が出ました。

それから暫くして、渋谷西武百貨店地下ワイン売り場のワイン・アドバイザーのお兄さんに相談したら、これはなかなか手に入らないもので、最近一本取り扱った記憶があるが、今度いつ入荷するかちょっと分からない。レストランでもソムリエの隠し球のようなもので、普通メニューには載せないものであるとのこと。価格は一本7万円ぐらいだった。

DSCF5269まずこの値段である。700mlなので1ミリ・リットルが100円。ということは香りを吸い込んだだけで50円ぐらい、「ちょっとだけ」と言ってグラスに注ぐとたちまち2000円から3000円になるという計算だ。しかし、ガブガブ飲むわけじゃなし、チビチビと何年間も楽しむことができるから実は高くはないと言い張ることも可能である。

で、一本注文を入れました。いつになるか分からないので「入手できたらFAXします」とのこと。何ヶ月も先になることも覚悟して店を出ました。

それから数日後に、我が家のFAXに入荷のメッセージが届いたものでした。

ワインもブランデーもスコッチも、過去が瓶の中に詰まっている。昨晩、久しぶりに"Fine Bourgogne"を飲んで、また思い出を新たにしたというわけでした。

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2005.11.23

05・11・23 べートーベンと1978年の大雪

1978年の2月、アメリカ東海岸北部は猛烈なブリザードに襲われて街はマヒ状態に陥っていた。

何日も降り続きカーター大統領が非常事態宣言をだしたほどの雪がやんだ木曜の朝、雲の切れ間に青空が見えた。

場所はハーバード大学の構内。身の丈ほどの積雪の中を人々がスキーをはいて動き始めた。

と、その時のこと。一つの建物の窓が開いて誰の仕業かわからないがステレオのスピーカーが据えられ、大音響でクラシック音楽が流れて来た。積雪と都市の機能マヒから来る静寂の中に響いて来たのはベートーベンの第五交響曲「運命」の第四楽章であった。第三楽章から切れ目なく入る第四楽章の頭のところにピッタリとレコードの針を落としたのだった。

人々は動きを止めて聞き入った。もう助からないかも知れないと思ったほどの大雪だったのだ。それがようやく止んで光が見えた。その時に聞こえて来たベートーベン。10分ほどの音楽が終わる頃、人々はなんだか知らないが涙を流していたという。

…というエピソードがあったのだそうです。Edmund Morrisの新著「ベートーベン」に紹介されています。WNYCのSound Checkのpodcastingで知りました。ちなみに、Edmund Morrisは、あのステレオを鳴らした人は名乗り出てほしいと呼びかけています。

私がニューヨークに赴任したのが78年の8月。確かにその年の大雪で日本からの出張者が高速道路の上で立ち往生してリムジンの中に閉じ込められた話を聞いた記憶がありました。

それにしても、podcastingにはまるとAmazonでの本の購入が増えることおびただしい。当分続きそうです。

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05・11・23 ヌーボーという価値

このところ巷はボージョレ・ヌーボーで溢れているので、蜂も歩けばヌーボーに当たり、図らずも何杯か飲ませていただきました。中には異様に濃くて、ガメイというよりカベルネ・フランじゃないか?というのもあったりする。で、なかなかいいですねということになるわけですが、でも、だったらヌーボーで飲むこともないなという感想も湧いて来るから、このワインのヘタウマ的な価値の評価は難しいもんです。

ところで、先週18日に東京フィルのサントリー定期で庄司紗矢香のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を聞きました。指揮はチョン・ミョンフン。なかなか聴かせる演奏であったと思いますが、心の中に手を突っ込まれて魂を揺さぶられるというところまでは行かない。聴き手として、うまいもんだねぇと冷静に聴いていられるところがありました。演奏後の万雷の拍手には、彼女はまだ22歳の若さだぞ、という部分があったことも否定できない。

どうも、クラシック音楽の世界は、演奏家のヌーボー性、つまりProdigy(神童)であることを偏愛する傾向があると思わざるを得ません。私とて若い才能の輝きを愛でることにやぶさかではないのですが、それにしても、相対的にもっと人生経験的に成熟した演奏家の商品価値が不当に貶められている感じがしないでもない。もっとも、その原因のひとつは聴衆の側にあるのですがね。

このチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、1878年、作曲者38歳の時の作品ですよ。明らかにヌーボーではない。しかもプログラムの野本由紀夫の解説によると

このころチャイコフスキーは、前年からの人生最大の精神的危機を、ようやく克服しつつあった。じつは彼は前年の7月に結婚したのだが、『偽装結婚』疑惑が付いてまとう。なにしろ、彼は結婚してわずか20日で、逃げるようにしてひとり夏のヴァカンスを過ごす。9月にはモスクワ川で入水自殺さえ試みている。挙句の果てには、仕事依頼のニセ電報を打ってもらって、スイスやイタリアへ逃避行してしまう始末。彼が女性との結婚を苦痛に思っていたことだけは間違いない(しかし離婚はしなかった)。
ということになっています。

野本氏の解説を頭に入れてしまうと、たとえば第一楽章でソロヴァイオリンが奏でるテーマから漏れて来るため息のような息づかいを22歳はどんな想いで弾いていることやらと考えてしまうのですね。

ところが、話はなかなか単純ではなくて、7月の定期で樫本大進の演奏でショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番を聴いた時は、心底感動したことも事実。聴衆が送った拍手は格別で、明らかに鳴りが違う。これが本当の拍手だったのだなぁと思ったものでした。

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2005.11.13

05・11・13 手帳の季節

毎年この時期、手帳売り場でどれを買おうかと長考します。

十数年前にアメリカのDay-Timer社の手帳を知りました。付録でついて来る解説の小冊子が素晴らしい。手帳とはこういう情報管理システムなのだという目からウロコの説明があるのです。

そもそも手帳にメソッドとでも言うべき確立された使い方があるなんて、考えてもみなかった。手帳なんて好き勝手に書き込めばいいじゃないの、というのが大多数の感覚でしょう。

Day-Timerで身についたことは、先々のアポなどスケジュールを管理するためのAdvance Plannerと、宿題管理のTo-doリストと、記録を残すDiaryの三つを厳格に使い分けること。

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昔のDay-Timer 2005・11・13 横浜市都筑区 Copycenter 2005 Akira Kamakura
Planner(写真左)は一カ月が見開きで見渡せるページが1年分以上ある。アポとか予定は一日一マスの中に記入する。だからマスのサイズができるだけ大きいことが望ましいのですね。

Day-Timerでは毎日記入するページ(写真右)を一カ月分綴じた手帳が別にあって、これを毎月取り替えてケースに差し込みます。終わった月の手帳はカバーから外してBOXファイルにしまう。つまり持ち歩かない。ま、ここがちょっと辛いところではありますが、Plannerが過去の大まかな記録として使えるからよしとする。

毎朝仕事を始める前に、その日のページを開いて、改めて当日のアポや予定を記入し、またTo-doリストを書き出します。前日からのやり残しは今日のリストに転記することになります。面倒ですが、転記をしつつ課題の確認と見直しをするのです。

毎日のページへの記入を毎朝、あるいは前の晩にやる習慣をつけることは、なかなか教育的な知恵だと思います。転記をいとわないことも意外に大切。

毎日のページにはDiary、つまり、その日の行動の記録を書き留める欄ももちろん用意されています。

自分のオフィスで仕事をする場合は、毎日その日の日付のページのところで手帳を開いて、机の上に広げておくのですね。しまっちゃいけません。そして常に当日の課題を意識して仕事に集中する…ま、理想を言えばですが。

要はこうした使い方のノウハウと習慣の確立こそが大事であって、それを実践するのに適した手帳がDay-Timerの他に無いわけでもない。

そこで私の場合この十年ほどは、本革の立派なカバーだけがずっとDay-Timer製で、中に差し込む紙の手帳は日本製という状態がいつのまにか定番になっていました。何だか空になったジョニ黒の瓶に和製ウィスキーを詰めていた50年前のわが親父の姿を思い出す。で、今年は何を詰めるかなと毎年手帳売り場で悩むというわけです。

ただ、2006年は久しぶりに中身もDay-Timerに戻すことにしました。そこにPlanner部分だけ日本の手帳を組み合わせてカスタム・ハイブリッド版にして使うつもりです。

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2005.11.12

05・11・12 カツラの枯れ葉の濃厚な香り

目をつぶっていてもこの独特の豊かな発酵香で足元にカツラの落ち葉があるぞとわかります。いや、発酵と決めつけることはできないのですが、直感的にそう感じるのです。

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カツラの枯れ葉 2005・11・12 横浜市都筑区 Copycenter 2005 Akira Kamakura

枯れ葉とは樹木本体の越冬のために切り捨てられ見放された存在なのですが、カツラの枯れ葉は地面に落ちてもまだ盛んな生命活動の温床になっているような温もりを感じさせるところがある。

今日は近所を歩いていてちょうどその香りに出会い、しばし立ち止まって写真を撮ったりしつつ香りをタップリと楽しみました。

DSCF5239ついでにこの時期のもう一つの魅力的な樹木がナンキンハゼ。すっかり紅葉した葉があるかと思うと、まだ十分に緑を残しているものもある。そこから生まれる色のグラデーションがなかなかよろしい。

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05・11・12 プリミティーヴォ・ノヴェッロ

ボージョレではなくてイタリアはプーリアのプリミティーヴォ種のヌーヴォー…かと思った。
DSCF5258歯医者の帰りによったスーパーにたまたまあったのを買ってみました。2000円以上もするので内心ちょっと舌打ちをして、まあでもprimitivoのヌーボーはまだ飲んだことがないし…と言い訳をして購入。

熟成の期待できないボージョレーのガメイ種と違って、プリミティーヴォ種は、本来、何も慌てて出荷する必要もないわけです。なのにヌーボーを商品化するにはきっと何かローカルなワケがあるのでしょう。

飲んでみるとPrimitivo(Zinfandel)にしては意外に薄くて、ZinでいうとMendocinoあたりの感じ。この種のクセがほとんど感じられない。ヌーボーということはステンレスタンクでの発酵が終わったらすぐに瓶詰めするんでしょうかね。樽の香りも感じられません。予想通り?内容的にはかなり割高なワインだよなと感じる。

DSCF5255イタリア・ワインの呼称ルールがよく分かっていないので、Hugh Johsonで調べると、このヌーボーのラベルにあるIGT(Indicazione Geografica Tipica)はフランスで言うところのVin de Pays相当であって、あくまでも地域名の方に重点があり、種名は二次的なものとのこと。なーるほど。憶測するに、Primitovoがマジョリティかも知れないが、他にもこのイタリア半島ハイヒールブーツのヒールに位置するSalento産のブドウが色々と放り込まれているのでしょう。別に悪意とかインチキとかではなくて、IGTとはそういうカテゴリーのワインだということです。

ずっと前にオーストラリアのカベルネ・ソーヴィニョンのヌーボーを飲んだ時は魅力を感じたので、プリミティーヴォも期待したのですが、IGTではそもそも何種を飲んでいるのかわからない。

ヌーボーはお祭なんですね。お節ワインとでも言いますか。そもそもウマイのマズイの言うことが野暮だってことでしょう。

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2005.11.10

05・11・10 カー・オブ・ザ・イヤーにマツダ・ロードスター

特定の車に夢中になったということはない私。とはいっても動けば何でもいいとも言わない私ではありますが。

乗るクルマで自分の価値が変化するとは思わないタチなので、他人の目を意識して特定のクルマを欲しがることはない。ただ、自分が乗るべきクルマはどれか、ということは考える私。

ということで、20年以上、マツダに乗り続けています。我が家の車は2台ともマツダ。理由はロータリーエンジンの応援…なんですが、自分自身は一度もロータリー車に乗ったことがない。考えてみると助手席にすら乗ったことがない。

3〜4年前だったか、マツダの4ドア・セダンの買い換えを検討した時に私はセールスマンに言った(田口トモロオ)「いいか、マツダがロータリーを止めたらもう買わないぞ」と。ロータリーに乗ってもいないクセによく言ったもんだ。

その時RX7の後継車の話を聴いて、ミレニアという、ロータリーと何の関係もない車を買ったのだから、変な客だと思ったにちがいない。ミレニアはその後製造中止になっているが不思議と腹が立たない。マツダの経営陣は正しい決断をしたと満足している。

Roadster去年、RX8をいちおう見に行って、代わりに中古のユーノス・ロードスター(第二世代のモデル)を買って来た。ただしAT車なので、スポーツカーというには口ごもるところがあるわけだが、運転するのはもっぱら家内なのでこれでよろしい。

さて、昨日だったか、第三世代のマツダ・ロードスターがカー・オブ・ザ・イヤーに選ばれたことを知りました。この賞の選考プロセスとか権威とか、全く感覚がつかめないクルマオンチの私ですが、マツダとしては23年振りの受賞とのこと。いいニュースだと感動したものでした。

田口トモロオは泣かないが、声がうわずるのダッタ。

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2005.11.09

05・11・08 じゃれないネコ

テレビのニュースを観ながら今世界のワイン市場で急成長中の"Yellow Tail"の飲みやす〜いワインを飲んでいたら、雌ネコのメロディーが足元をウロウロして身体をすり寄せてきます。
DSCF4317ふと昔のことを思い出して、ベルトをズボンから外してネコの目の前でヘビのようにクネクネさせたりブラブラさせたり、彼女を刺激してみました。ネコは長いヒモ状のモノには敏感に反応するもので、昔だったら、ただのベルトを生きたヘビとでも思うのか、ツメを立てた前足で激しく闘いを挑んだものでした。

ところがどうでしょう。今夜のメロディーと来たら全く興奮もせず、爪も立てず、冷静にベルトを無視して、ユックリと立ち去って行くではありませんか。あー…このネコも18歳の大年増。もはやベルトがベルトにしか見えないのか、枯尾花が枯尾花にしか見えなくなってしまったのか。ネコの精神の何かがすり減っているにちがいない。

ズボンのベルトを外したまま、何だか寂しく感じた秋の晩でした。そこで一句。

ある猫のじゃれもせずに去りにけり

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2005.11.07

05・11・07 グリーン上の水練

左肘に痛みがあります。いわゆるゴルフ・エルボウだと思っています。10月一月で最近の私にしては異常に多い6ラウンドもプレーした結果だろうと推定。ただ、今回はたいした痛みではありません。医者には行かずに、年々改良される膏薬類の数々を貼りまくって楽しんでいます。

私の左肘はかつてもっと酷い経験をしていて、その時は、左手でコーヒーカップを持ち上げることすらできなかった。わずか数百グラムの重さに耐えられず、腕が本当に情けないほどよよと弱音を吐くのです。カップを口に持って行くことが大真面目にできなかった。

あの時、ただ痛かったということより、むしろ、その痛みの正体がなかなかつかめなかったことが印象に残っています。まるで彷徨える湖でした。

どういうことかと言うと、身体のある部位が痛んだとすると、肉体的常識ではその部位に痛みの原因がある筈だと考えますから、そこを徹底的に治療すれば痛みは解消するべきでしょう。

ところがどっこい、肘の痛みはそんな単純なものではありませんでした。まずは痛む部位を集中的に温めたりして治療することはするのですが、症状の改善とともに痛いと感じる部位が違う場所へとうつろうのです。例えば、関節の痛みが和らいでくると、今度は、筋肉の膨らんだ部分が痛み始めるというぐあいです。

こうした痛みスポットの移動が何度かあって、そのうちふと気づくと痛みが消えていたという感じでした。

私の推理では、恐らく、関節に繋がる何本かの腱の綱引きがあって、そのうちの一本だけが異様に強く引っ張る時に弱い方の腱が痛みの悲鳴を上げるのでしょう。関節の痛みとは、関係する腱の力のバランスが崩れているサインなのかも知れません。痛みの解消とは均衡の回復だろうと推測していました。

今回の痛みも、左手のグリップを強く締めた時に緊張する左腕の前腕部の筋力だけが強くなったことが原因ではないかと自己分析しています。

じつは昨日、久しぶりにプールに行きクロールで泳いだ時に、水を掻く左腕の感覚が微妙に変化していることに気づきました。

元来右利きの私の左腕は筋力が弱く不器用で、水を掻こうにも水の抵抗に負けてしまって、というより不器用なために左掌の向きの調整がいい加減で、狂った精度の羽根がついたスクリューのように、思いがけない方向に水中を動きだしてしまうものでした。従って思ったように推進力が得られなかった。

それが!昨日はこれまでになく、左手でシッカリと水をつかむことができたような気がしました。左腕が水の抵抗に負けていない。ちゃんと水に対して自己主張できていた。

思いがけずもゴルフのやり過ぎでクロールが一段と楽しくなりました。グリーン上の水練という新しい諺の誕生です。

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