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2006.01.31

06・01・31 ショスタコーヴィッチ「森の歌」

東京フィルの定期でカリンニコフの交響曲第1番の後に演奏されたオラトリオ。

なじみのレストランに入っていつものおまかせコースを頼んで、いつもの調子でホイと口に含んだ途端に、おいおい、シェフが変わったんじゃないのかい?ほんとうにショスタコーヴィッチなの?と聞きたくなるような、そんな体験。

いつもの皮肉なスパイスはどうした?あの嬉しいのか悲しいのかどっちだかわからないような味付けは何処いった?!ムンクの叫び声のような身体を捩りたくなるような歪んだフォルムはいつ矯正したのか?!

この不自然に健全過ぎる音楽が今日ここに辛うじて残っているのは当日の指揮者であるフェドセーエフの尽力が大きかったという。改めてこの指揮者に対する敬意を深める。

東京フィルハーモニーでショスタコーヴィッチがかかる時は、同じロシアの革命前の作曲家の作品とペアにされることが多い。今回はカリンニコフだったが、先日はチャイコフスキーだった。

いつも思うのは、芸術家としてこれ以上考えられない「不幸」を体験したように思われているショスタコーヴィッチが、もしも革命前に生まれて活躍できていたらどんな音楽を創造していたのだろうか。また、逆にチャイコフスキーがショスタコーヴィッチの立場にあったらどうだったのか…。

考えても仕方ないのだけど、ショスタコーヴィッチという希有の才能が時代の制約で不完全燃焼に終わったのではないかと、ついつい考えてしまうのだろう。しかしまた、制約こそが創造の母だった可能性も否定できない。

彼の作品を純音楽的に受け止めることができるようになるまでには、まだ何十年もの歳月が必要なのかも知れないな。フェドセーエフは、いずれそういう時が来るさ、と言っているわけだ。

東京フィルの1月19日のオペラシティ定期はじつに感慨深い演奏会だった。

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2006.01.30

06・01・30 カリンニコフの交響曲第1番ト短調

今月は幾つか心に残る音楽に出会った。

まず、フェドセーエフ指揮の東京フィルの定期(オペラシティ)で聴いたロシアのカリンニコフ(1866-1901)の交響曲第1番ト短調。初めて聞く名前の作曲家の想像もつかない音楽。

どこか作りがぎこちなくて、もうノッキングを起こして危うくエンストを起こしそうなポンコツエンジンみたいな音楽に洗練は全く感じなかったが、第一楽章と第四楽章で繰り返し奏でられるテーマが妙に耳に残る。今でも演奏会々場で私の耳の中にカリンニコフの羽虫が入り込んだような気がしている。何処か切なさの琴線に触れるところがあるメロディアスなテーマへの執拗なこだわりはシベリウスの2番の第四楽章を思わせる。

プログラムの解説によると、この交響曲は日本ではアマのオーケストラが好んで取り上げる曲だというのには驚いた。私はてっきり初演なの?と思っていたから。これは大勘違い。おまけに「某廉価版レーベルのロングセラー」だという。休憩時間にロビーに出てみると案の定、NAXOSを販売していて価格は何と790円だったのでためらわずに購入。今はiPodに入れている。

いわゆる名曲の名曲たる所以を確認するだけの音楽会に比べると、こういう何が出るかわからない闇鍋みたいな演奏会は嬉しい。何といってもこの音楽を好きと言おうが嫌いと言おうが、聴き手の側にのびのびとした自由度がある。評価の定まらない無名のワインをテイスティングする楽しさに通じるところがある。

果してカリンニコフはまだこれから熟成するだろうか?それともピークを過ぎたか?更なる熟成を期待するにはちょっとバランスが悪いような気がするのだが。

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2006.01.22

06・01・22 Petrusより「とうふよう」

DSCF5667とあるホームパーティで出された「とうふよう」が絶品だった。フォアグラのようでもあるしチーズのようでもある。まろやかで濃厚な熟成を感じる。これまで経験したとうふようとは明らかに違う。意外にもワインにもよく合う。

この日は1978年のPetrusが目玉だった。抜栓すると、まずはブショネが心配だが、テイスティングしてみるとそこはクリア。色はかなり褪せているものの、ピークが過ぎているということもなさそうだ。デカンタージュすると幸いにもまずまずの力強さで花開いてくれたけっこうなワインだった。主催者がオークションで9万円で落としたもので、10ミリリットルで1200円という計算になる。

ということもあったが、やはり「古式とうふよう与儀」のインパクトは強く、Petrusと張り合って、結局、栃東が琴欧州を押し出したような感じだった。

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2006.01.01

06・01・01 ワインのおバカさん

年末に我が家に12名が集まって延々とワインを飲んだ。一夜明けて前夜の空瓶の記念写真を撮影した。
LDSCF5503ワイン 2005・12・30 横浜市都筑区 Copycenter 2005 Akira Kamakura

私にとってのこの日のハイライト、Alderbrookの1995年のZinfandelは、若い頃は豊かな果実味と濃厚なタンニンがあり青春の魅力に満ちていた。これが熟成するとどう変身するかと期待して1本だけ残してあった。

開けようかな、開けるのやめようかなと悶々とした歳月もあった。その後は加齢の恩恵もあってようやくこのボトルを脳裏から払拭できていたらしく、パーティのワインを見つくろっていたら「まだあった!」と発見した。

約8年振りに再会してみるとキラキラと輝いていた昔の面影がほとんどない。だいたいは想像がついていたものの、もっと早くに開けるべきだったと悔やまれる。寂しいがこれが大方のジンファンデルの宿命であり、それを思い知らされることもまたワイン飲みの楽しみなのである、と痩せ我慢。
DSCF5505オールド・スター 2005・12・30 横浜市都筑区 Copycenter 2005 Akira Kamakura
先日のMonte Bello 91年がけっこうパワフルで若かったという経験を踏まえてCain Five 1992もBeringer Private Reserve1992もデカンタージュをして十分開かせる手間をかけた。が、がががーっ、夢に見た熟成香は余り立ち上らず感動には至らなかった。これなら、7-8年前に抜栓した時のミルキーな香りの方が魅力的だったかも知れない。

悔しいのでBeringerについてHugh JohnsonのPocket Wine Bookが飲み頃をどう書いていたか調べてみると、
2002年版 92年はまだ飲むなとあるが、91年物は飲み頃。
(2003年と2004年版は手元に無し)
2005年版 記述ナシ。消えている!
どうやら2003年か04年頃がピークだったらしい!そもそも92年は玉石混淆でいちがいに良いとも悪いともいえない変な年だったという。これまでこの情報を真面目に見ていなかった。貯蔵ワインを飲む踏ん切りをつける意味でも活用するべきだったと反省。

期待のMargaux 1964年もピークを過ぎていた。いつぞやのマルゴーのように時間とともに艶やかに蘇えることもなかった。

二つの正体不明の黄昏ワイン、31年前のポルトガルと22年前のボージョレ・ヴィラージュは、最低限の威厳を維持していたのに感心した。

ワインを飲むタイミングというのは、熟成のピーク時がベストだとすると、ネクスト・ベストは、将来への期待を抱かせる若い段階なのかも知れない。そんなことを考えせられた一日だった。

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