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2006.07.09

06・07・08 40年ぶりの高校同窓会

我々は戦後ベビーブーマーの「団塊」世代だ。高校同期生はA組からJ組まで10クラス504名。この大人数が、今から思うと粗末な木造の校舎に、ギッシリと詰め込まれて過ごした。

たった三年という今から思うと短い歳月の中で、互いの人間の匂いや感触を日々記憶の中に丹念に塗り込めていた、ということに気づく。

昭和41年、つまり1966年に卒業して今年がちょうど40年目。10年単位で振り返っても、1976年、1986年、1996年という、既に厳然たる過去に属する年々が途中にあったわけだから、まさに、「帰らぬ日遠い昔」だと言わざるを得ない。

同窓会って何なんだろう。

校外に走り出たまま40年、思い思いのクロスカントリー障害レースを走っていたのだろう。Wikipediaによると障害競走とは「コース上に生垣、竹柵、土塁、水濠などを 設けて、そこを飛越しながら速さを争う競馬の競走である」とある。この歳になると多くは外の枠組みや競争をすべてくぐり終えて、再び、自由の身一つになって校舎に戻って来る。

ただただ身体を寄せ合って高揚する気分の中で昔の記憶を確かめ合うのだけど、この興奮は何なんだろう。

あのヒトが40年経ってこうなる、と相手を見る目は、親が子を見る目と似ているのかも知れない。何歳に育とうとも老けようとも親にとって子は赤ん坊時代からの連続的な記憶の総体である。同窓生という存在も、目の前の実像を一気に昔に巻き戻した虚像を重ねずに見ることができない。

ただのオジサンやオバサンに過ぎないのだが、虚像に幻惑されて、どれが実像なのかよくわからない。言葉を交わしていると、虚と実が行ったり来たり激しく切り替わる。その混乱こそが同窓会の興奮の原因だろう。

鮭が群れをなして生まれ故郷の川を遡り狂おしく産卵するように、40年振りに集まった同窓生の群れの中で、誰もが何かを産みたいという衝動に襲われていたのではないだろうか。

で?結局、秋にゴルフコンペでもやる?ということになったのだった。

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