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2007.01.25

07・01・23 メシアン「トゥランガリラ交響曲」東京フィル

メシアンの「トゥランガリラ交響曲」。東京フィル定期のこの演目は私が一年前から待ちに待ったもの。日フィル定期に通っている友人まで誘って、サントリーホールに聴きに行った。

休憩無しの80分の演奏に心地よく浸りつつも、なぜこの「現代音楽」がかくも心地よい音楽体験をもたらすのかと考えざるをえなかった。いや、これはおかしな問題提起かも知れないけど、音楽ってMusicであって、Museをamuseするモノでしょ(だよね?)。なのに、世の中amuseとはほど遠い「作品」が多すぎる。その中にあってトゥランガリラだけは突出してamuseしている。これ以前のいかなる音楽作品もなし得なかった類の独特の音楽マジックを実現していると思う。

音楽をひっそりと楽しむ一人の人間として、20世紀の作曲家で誰に御礼を言いたいかと言えば、私はまずメシアンなのだ。

「トゥランガリラ交響曲」は、ほぼ40年前に小沢征爾指揮のレコードで聴いて、はまって以来、さまざまな未知の現代音楽を聴く場合に、この作品を一つの基準として心の中で反芻していたと思う。

今回の演奏を聴いていて、この音楽は「森林浴」ではないかと思いついて、やや落ち着いて来た。それも熱帯雨林の生物多様性に満ち満ちた森林での森林浴。

最終楽章の最後の最後のオケ全奏での長~いフォルテ記号を10個ぐらい重ねたような大音響がある。普通の音楽なら作曲家の肥大化したエゴの咆哮に聞こえたりするものだが、この音楽に限って、全く違うものに聞こえる。長く長く引っ張ると、やれやれいつまで鳴らしてるんだろうと、不自然な間を感じさせる作品もあるものだが、トゥランガリラの最後は、もっといつまでも鳴らしてくれ、という気持ちになるから不思議だ。

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2007.01.18

07・01・18 松尾善雄・作曲「ナジム・アラビー」

2007年度全日本吹奏楽コンクール課題曲5作品のDVDを観ました、いや、聴きました。

音楽教育者でも吹奏楽関係者でもなんでもない、単なる音楽オヤジの感じでは、松尾さんの「ナジム・アラビー」がダントツに面白い! これだけマーチじゃないとの印象だったけど、これは間違いでアラビアン・マーチだそうだが、いずれにしても、次元が違う。

別にこのDVDを松尾さんからいただいたという義理で言っているわけじゃございません。

松尾さんの音楽は紛れもない映画音楽です。それも映画の冒頭で使われる序曲。全編のドラマ展開が暗示される予感に満ちた音楽。

眉毛と睫毛の濃いギョロ目のアラブ人の顔をアップで映す、カメラはパンしてイスラム宮殿の中庭を捉えつつ回廊の細い柱を何本も横切る、等々のシーンが見えるかのようだ。

64小節目で急にピアノになるところ。よくあるパターンだが、賑やかな群衆のシーンから主人公一人の内省的で意味ありげな表情のアップに切り替わる。カメラは静止しないで動いている。遠景がわざとぼやかされている。あるいは、広場の群衆を捉えていたカメラが移動して連続的に部屋の中を人物を捉える時に、急にバックの音楽の音量が下がる感じ。

全体的に謎が謎のまま延々と最後まで引っ張られる印象があり、序曲らしさを醸していると思う。この音楽が終わると、いよいよこの映画の本編が始まり、主人公の最初の科白が発せられるシーンにつながる…に違いない。

こういう音楽こそ演奏のしがいがあるだろうに、この曲は高校生以下の諸君にはコンクールでは禁断の曲となっている。まるで18禁のように、大学・職場・一般人だけに挑戦が許された課題曲なのだ。その理屈がわからないし、音楽教育的観点からも妥当とは思われない。

強いて邪推すると、指導者が楽団員の多感な青少年諸君に曲想を説明する時に指揮台の上で「ここは誘惑の眼差しで腰をクネクネする感じ」と熟女のベリーダンスを演じる事態を恐れたのだろうか?教育現場にナジマネーよアラビーは、って?

だいたい吹奏楽定番のマーチを聴いていて大人の異性のモチーフを感じた記憶がない。怪しい胸騒ぎがない。極論するとマーチは女性が出演しないホモセクシュアルの世界。つまり逆タカラヅカだ。どうも松尾さんの今回の曲はマーチではないにしても、教育的吹奏楽の世界のなんとなくの掟?を破ってしまったのかも知れない。

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2007.01.15

07・01・15 不二家、ああ、不二家のホットケーキ

もう10年ほど前のことだったか?あるいは15年以上前だったか、記憶はハッキリしないのだが、成田空港でのことだ。

当時、海外出張に飛び立つ前の落ち着かない時間を、私は空港ビルの不二家で過ごすことが多かった。なぜなら、そこでパンパンに厚くて、こんがりとムラなく狐色に焼かれた昔ながらの不二家のホットケーキを食べることができたからだ。

ある時、隣の席にどやとやと4-5名のいい歳をしたビジネスマンが入って来た。聴くともなく聞いていると、驚いたことに、みんなホットケーキを注文したのだ。「これがうまいんだよ」とリーダー格と思しきオッサンが言っている。エーッ?!と、思わずそっちに顔を向けたものだった。自分と同じ趣味のオヤジがいたからって驚くこともないのだが!しかし、この瞬間、私の不二家への個人的愛着が、じつは、国民的普遍性を備えているのではないかと実感したのだった。

昭和20年代後半、私が大田区山王の幼稚園に通っていた頃、国鉄大森駅前の不二家で食べることができたホットケーキは見事だった。まず、形がよろしい。キッチリと幾何学的に円形をしている。厚みも1cmはゆうにある。しかも縁が垂直に立っている。おそらく輪っぱのような型の中に流し込んで焼いたに違いないと見ていた。そして、ケーキの表面が一面ムラのないキツネ色に焼けている。ケーキミックスが熱い鉄板の上で泡立った形跡もない。それが二枚、皿の上でピシッと重なっている。中央には四角いバターが載っていて、すでにケーキの熱でトロトロと溶け始めている。

シンプルであるにもかかわらず、実に格調高いケーキだった。幼稚園児だった私はこの威厳に気押されてか、ホットケーキは高級品だと思い込んでいたほどだ。

ところが、である。誠に遺憾なことに、日本のホットケーキはその後、堕落の一途をたどって来たように思う。

ひとつにはアメリカの「パンケーキ」文化の侵略である。恐らく80年代後半だろうか、厚みに欠ける、形がいい加減な、表面のあばたもあらわなパンケーキがのさばり始めた。せんべい布団みたいな薄いやつを三枚ほど重ねて、アイスクリームや生クリームを載っけて一丁上がりだ。赤い苺やらミントの葉を添えるのも本体の貧弱さを誤魔化す目くらましとしか見えない。

もっと酷いのは、いや、余りにも酷くてハンカチの隅を噛んで泣きたくなるのは、スカスカのスポンジケーキを冷凍したやつだ。電子レンジでチンされて湯気を立てているブヨブヨのコイツが出てくると、私は注文してまったことを激しく後悔する。チンした店員に責任はないので黙っているが、なんで、こんなものを出すのか!と心の中でいつも絶叫している。

こうした堕落が堕落とも思われない世の中にあって、不二家はホットケーキの「国体護持」にかなりこだわりがあったように見えた。中でも成田空港店はその最後の砦たらんと頑張っていたと私は思う。恐らく冒頭に紹介した隣の席に座ったビジネスマンも同じような認識だったのではないか。

しかし、今となっては全てが昔話でしかない。私の行動範囲でまともなホットケーキをメニューに載せている不二家はもうない。55年前に通った大森駅前の不二家は物理的には今も店舗が残っているが、そのメニューにホットケーキは見当たらなかった。

そして今回の洋菓子に賞味期限切れの材料を使っていたという事件。一生涯の不二家ファンの一人として、とても残念だ。クリスマスにサラリーマンの父親が子供たちのために不二家のショートケーキを買って行く日本の風物詩をどうしてくれるのだろう。

ホットケーキを復活しろとは言わないが、注意深い品質への目配りから生まれたに違いないあのキチッとした形とむらのない狐色を思い起こしてほしいものだ。

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2007.01.14

07・01・14 ウィリアム・ワイラーの「孔雀夫人」("Dodsworth")

DSCF0482一昨日、1月12日金曜日の日経朝刊を見てビックリした。春秋コラムにこう書いてあった。

無類の映画ファンだった作家の池波正太郎さんは、洋画の邦題にも一家言あった。戦前の名作「孔雀夫人」や「たそがれの維納」を例に挙げて言う。「すぐれた映画には考えぬいたいい題名がついている」(『映画を見ると得をする』)…

DSCF0484じつはその前日、私はまさに「孔雀夫人」のDVDを買ったばかりだったのだ。探していた別の監督の作品は見つからずに、長らく気になっていたこっちが偶然見つかった。今となっては全くマイナーな作品。それが翌朝の日経のコラムの話題に取り上げられるとは、なんたるシンクロニシティ!

WNYCのpodcastingにFishko Filesという番組がある。サラ・フィシュコという人の芸術に関するオーディオ・エッセイである。その彼女が、July 08, 2005の放送で、ウィリアム・ワイラーを取り上げた。まだVHSがなかった頃、テレビで時々放映される「我等の生涯の最良の年」を映画の主人公たちと同じ境遇だった戦争帰りの父親と一緒に観て、いつも涙を流すのも一緒だったという思い出話である。

Podcastingでは、それより更に10年遡る1936年作のワイラーの作品"ドッズワース"により長い時間をさく。興行的には成功しなかったが、原作、俳優、そして監督が見事なハーモニーを奏でた名作だというような趣旨である。記憶の隅に引っ掛かっていたこの話を、店の棚のDVDタイトルを見た瞬間に思い出したのだった。

DVDの「孔雀夫人の見どころ」というボーナストラックにこんなことが書いてある

…UA宣伝部員として初公開を担当した淀川長治氏は「興行関係者がおかしな日本題名をつけたために、商売は大失敗した」と語る。…
池波先生とはかなり違う意見だ。

この映画は、ドッズワースという、教養や洗練とは無縁だが、誠実で家族想いで、事業家精神あふれる非文学的な男を実に愛情あふれる眼差しで描いている。主人公はアメリカそのものであろう。伝統にとらわれ停滞するヨーロッパと活力あふれるアメリカ資本主義の対比がある。ヨーロッパに対するアメリカ人の劣等感と自信の複雑なモザイクも見える。

老境に入った無骨で不器用な男がラストシーンで華麗なロマンスの主人公を演じるのは、実に微笑ましくも感動的である。

結論的に、私も淀川長治氏と同じ意見。この映画の題名は、ラストシーンと共鳴するような、何か別のものであるべきだと思う。

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2007.01.09

07・01・09 誰かに似ている海賊人形

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先日近所を散歩していて、道沿いのとある家の窓の中に飾られた人形が目にとまった。遠目にではあるが、我が家のものと全く同じだった。世界が狭いのか、この人形がポピュラーなのか、なんと言ったらよいのだろう。

私がこの海賊人形を買ったのは、たぶんボストンか、あるいはフロリダのディズニーワールドあたりか。もう記憶は消滅しかかっている。いずれにせよ観光地のあり触れた安物の土産物だ。この表情がなんとも面白くて買った…に違いない。
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そして話は変わるが、これが後から知り合ったジョンレノンミュージアム初代館長のKさんによく似ていることに最近気づいた。それだけ。

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2007.01.08

07・01・08 初ワインはLynch Bages 1999

家族のワイン教育もかねて、なんぞと屁理屈をつけて抜栓の覚悟を決める。犠牲になったのはLynch Bages 1999(ランシュ・バージュ)。まだもう一本あるし、というだめ押しの言い訳を考えてボトルを取り出した。

とにかくワインというのは飲むと消滅してしまう。音楽なら録音ができるのだが、今日のテクノロジーでは味覚嗅覚などの感覚体験の「録音」も「再生」もできない。感覚は所詮は神経系統の電気信号の流れだから、そのうち可能になるに違いない。だが、そうなると味オンチの人の感覚体験を「録音」しても無意味だから、名ソムリエの体験を買って来て喜んだりするのかも知れない。それだと自分では飲めないことになって面白くないではないか。

99年のLynch Bagesを念のためHugh Johnsonの2006版ポケットワインブックで確認すると黒の太字になっている。これは既に飲み頃であることを意味する。ちなみに緑の太字は今すぐ飲めということ。ということで、99年は少なくとも早すぎることはないと判る。

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抜栓して一時間ほどしてからどんどん開き始めた。あけましておめでとう、ではあったが、濃厚でまだ微妙に若いと感じる。PAUILLAC香もいまひとつ物足りない。まだ1-2年は行けそうだ。残したもう一本が楽しみである。

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一夜あけてこの空ビンがテーブルの上に残っていた。朝の陽光を虚しく浴びている。かくして人生は過ぎてゆく、"La vie s'en va"(スペルあってるかな?)

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07・01・05 小津安二郎「早春」

DSCF9948この年末に小津安二郎の写真を表紙にした雑誌を買った。季刊誌「考える人」で小津の特集号。読んでいるうちに「早春」のことを思い出して、はるか昔に古本屋で買ったシナリオを引っ張りだした。勢いでDVDも買った。「早春」はずっと心に引っ掛かっていたのだ。

DSCF9945まず、シナリオである。

昭和32年8月5日刊行の三笠書房「年鑑代表シナリオ集1956年版」450円。これを私は1975年11月1日に3,000円で買っている。ははん、8ミリ映画の制作に凝っていた頃だなと思い出す。それはともかく、野田高梧との共同執筆の「早春」は「ビルマの竪琴」「真昼の暗黒」「現代の欲望」など10本のシナリオの一つに選ばれてはいる。だが、必ずしも高い評価は得ていなかったようだ。

巻末に和田炬衞という人が「1956年度のシナリオ界の概況」と題する一文の中で、橋本忍、八住利雄、田中澄江、和田夏十を存分に持ち上げてから、忘れているわけじゃないよという感じで小津と野田に触れるのである。面白いので引用しておく。

野田高梧、小津安二郎の「早春」はもう別に重ねていうことはない。これははこれで完成したスタイルである。登場人物の喜代(ママ:世代か?)は若返ってはいるが、それをみる作家の眼はそのため特に若返ったとは思えない。これはいわば青春に対する初老のみたスケッチ集である。セリフのみごとなこと、構成の確かなことをみるべきであろう。ただセリフにも一定のスタイルがあり、その一つ一つのいきいきとしたリズムが反復されてゆくうちにふと隙間風を感じさせる。この作家たちにそれについてさらに何ものかを要求することはできないが、小説や戯曲と異なる映画の非情さを図らずもこのことからのぞきみさせるといってはいいすぎであろうか。
言い過ぎだったね。

何か小津関連の本がもう一冊あったはずだと本棚を探すと1989年刊行キネマ旬報特別編集「小津安二郎集成」が見つかった。

これには小津自身が全自作を語った言葉があって、「早春」についてはこうだ。

久方振りに取り上げたサラリーマンもので、会社員の生活を描いてみたかった。大学から社会に出た喜び、会社につとめた時の希望が、だんだん崩れ、三十年つとめてもたいしたことにはならない。会社員生活を世代の変化からとらえ、そこにサラリーマンの悲哀のようなものが出せればと思ってね。戦後の作品では一番長尺ですよ。しかしぼくとしては、なるべく劇的なものを避け、何でもないシーンを積み重ねて、見終わったあとサラリーマンの生きる悲しみが感じられるようにつくったつもりなんだが。
まったくこの言葉のとおりに作品はできている。

この本には小津のこんな言葉もある。1961年、昭和36年5月頃のmemo

どんなに今日的な題材を捉へやうがそれに社会性があらうが その語り口が説明では 劇にならない
まったく、これぞ私が映画に求める最低限度の基準である。言葉で説明しちゃっちゃあ映画じゃない。まあ、最近のテレビ・ドラマもいっそのことサイレントで制作してみたら、もっとまともな映像作品になるに違いない。

また「早春」のカメラを担当した厚田雄春の言葉も興味深い。彼の推測として書かれているが、小津は「早春」で、ローポジション・アングルとカットとカットの切断手法のマンネリズムを打破しようとしたらしく

昭和三十年の「早春」では、江の島海岸でのフル・ショット移動をこころみた。が、それもこれ一作だけのこころみで以後の作品にはまったく見られなかった。
とある。DVDで確認すると、江の島のシーンは違和感がないものの、二三回でてくる丸ビルの廊下のシーンでカメラが移動して正面のドアに接近するところは、見ていて不安感におそわれるほどだ。

同じ本に収められている岩崎昶の文章によると

そのころ(1958年頃らしい)、小津安二郎は映画批評家、ことにその若い世代からは集中砲火をあびている観があった。形式主義で、小ブルジョア的でテンポがのろくて、時代と遊離した低徊趣味におちいっていて、要するにまったくズレてしまっている、というのである。
とあり、どうもこの時期の小津の動揺が「早春」には反映されていると見ることもできそうだ。

DSCF0414「早春」を初めて観たのは、たぶん1959年、小学校6年生の時。PTAが主催したのだと思うが、通っていた新宿区立市ヶ谷小学校の体育館で映画鑑賞会があったのだ。1956年の作品となっているから、封切りから約3年後だった。あの頃、こうした専門の映画館でない場所での上映は珍しくなかった。

それ以降何度かテレビ放映されたものを見ている筈だ。そして、今回、DVDで144分もの長尺をのんびりと観た。

枝葉末節で記憶の勘違いにずいぶん気づかされたが、この作品が好きだったという印象は変わらなかった。私が子供の頃住んでいた大森や池上がこの作品の一つの舞台である蒲田に近いことも親近感の原因だろう。

高度成長期に向けてサラリーマンがどんどん増えて行く、戦後のひとつの時代がこの作品にはよく映し出されていると思う。会社員生活については悲観的に描かれている。そもそも憧れてサラリーマンになった三浦という男を、職場に復帰する夢を叶えぬままに、結核で死なせてしまう。脱サラしてバーを経営する山村聡は、まだ会社に留まっている元同僚の笠智衆からなかば羨まれる存在である。笠智衆も本当はやめたいのだがと言う。若い池部良は自営業の戦友たちに対して何の技術も持たない会社員を卑下して見せる。

仕事の喜びというものが全く描かれていないのが興味深い。何でだろう。いや、当然かなとも思うが。

考えてみると、「早春」では淡島千景がダンナ池部良の「給料がなかなか上がらない」とぼやいていたのに、その6年後には、植木等のスーダラ節が炸裂する「ニッポン無責任時代」が生まれて、サラリーマンはタイムレコーダをガチャンと押すだけで給料がもらえる気楽な稼業になるのである。その更に先に来るのが、ちょっと間があくが、NHKの「プロジェクトX」かも知れない。

小津は確かに会社員生活を取り上げはしたものの、「三十年つとめてもたいしたことにはならない」世界に本質的に興味がないのだろう。やはり関心は家族関係から見た世界の方にあると思う。

「早春」が異色だとすれば、たぶん、家族以外の関係に特に注目し吟味していることではないだろうか。同世代の通勤仲間、職場の同僚や上司、過去の関係ではあるが戦友。しかし何といっても、池部良がキンギョこと岸惠子と不倫をするように、家族として落ち着く前の夫婦のあやふやで頼りない絆を執拗に描いているのが目立つのである。

キンギョはズベ公とまで呼ばれるが、小津美学の世界に侵入して来た挑戦的な異物である。池部・淡島の倦怠期夫婦は、それと鍔迫り合いを演じた挙げ句に地方転勤という偶然によって危うく救われるのである。

「考える人」に小津の言葉として「品行の悪いのはどうにかなるが、品性の悪いのは救いようがない」とある。キンギョも幸いに悪いのは品行どまりに描かれている。若い岸惠子はとても魅力的である。

ラストシーンは気持ちがこじれたまま夫を独り転勤先に赴任させてしまった淡島が、気持ちを取りなおして後から汽車に乗って下宿に行き、既に改悛の情が明らかな池部と縒りを戻すところだ。「もう一ぺん初めっからやり直しだよ」「さう、あたしも…」「やるよ、今度こそ」「さう、しっかりね」という会話がある。

この部分について「何をどうやり直しするのか気になった」と北川冬彦は批評の中で書いているが、確かにこの部分は池部良のせりふも妙に力みがあって、違和感を覚える。色々と調べてみて私が感じるのは、これは映画作家としての小津が、自分に対する批判に対して、やっぱり路線は変えないぞ、と宣言をしているのではないか。

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2007.01.03

07・01・03 ロウバイ異変?

検索してみると既に多くの方がおかしいぞと指摘している。この冬は葉が枯れ残ったままの枝にロウバイの花がついているのだ。横浜市都筑区でもこうなっている。ついでにこのロウバイの花は個体によっては黒い筋が入っているが、どういうことだろう。

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07・01・03 神楽坂ブレンドで初珈琲

DSCF9676神楽坂の裏道でみつけたコーヒー豆。「神楽坂ブレンド」という自信を感じさせる名前にひかれて買ってみた。

コーヒーはかつては、確かキーコーヒーだったかのイブニングディナー・ブレンドを好んで買っていた。我が家でパーティをやった時にさり気なくこれを出したところ、このコーヒーは美味いとコメントした人がいたことを今でも覚えている。それがいつのまにか店から姿を消してしまった。以来、なかなかこれという味に出会えなくて、だんだん、もう何でもいいやという投げやりな買い方になっていた。

そんなグレかかった私が、神楽坂ブレンドで久しぶりに救済された感じがある。どこが好みなのかと問われても言葉で説明できないのが哀しい。シールに印刷された説明「苦みと酸味が程よく調和した香り・コクが自慢のブレンドです」にはとりあえず賛同するが。

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このブレンドの正体は専門家なら豆の写真を見れば判るにちがいない。しかし私には判らないので、今年の干支のイノシシをヤマシタキヨシしてみた。

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2007.01.02

07・01・02 キャディーバッグの修理

キャデーバッグの底が抜けて何年たつだろう。二年?三年?ひび割れた底を透明荷造りテープで貼り合わせてごまかして来た。しかし、昨年最後のゴルフに行った12月30日、バッグを担いで電車に乗ったら、底の割れ目からグリップが1本突き出しているのに気づいた。

DSCF9922帰宅して調べると前よりひび割れが進んでいる。もう記憶がはっきりしないが10年以上は使っている愛着があるPRGRのバッグだ。セットで買った同じデザインのボストンバッグは三つのポケットがついていて、シューズや着替えの収納にとても便利で気に入っている。片方だけを捨てるわけにはゆかない。

駄目になったのは底だけじゃないか。捨てるのはもったいない。とはいえ、うまく修理できるかどうかが問題だ。前のような適当なやり方では持ちそうにない。

ハイパーマーケット・オリンピックは元旦からやっていた。インテリア売り場の商品をジーッと眺めてA案B案と思案を重ねた。

そもそもキャディーバッグの底にどんな力が懸かるか?14本のクラブの重みがズッシリと底を押すことは間違いないが、それよりも、コースで打ち終わったクラブを勢いよく投げ込む時が問題だ。あれは底の一点を突き破ろうとするようなものだ。特にミスショットをした時には知らず知らず力が入る。

DSCF9924従って、力任せに投げ込まれたクラブの力にいかに耐える底を作るか、が課題である。そこで目についたのがこの天然コルクを貼ったクッション性に優れた床タイル。これを切り抜いて底に敷けば、投げ込まれたクラブの衝撃はクッションで吸収された上でさらに面全体に分散するはずだ。

DSCF9911作戦が明確になったところで修理を断行した。底の割れ目も今度はガムテープで丁寧にやった。黒のマジックインキでガムテープの色を隠している。仮にこれだけでは強度的に不十分だと判明したら、今度は床タイルをもっと固い素材で補強すればよい。

ということで2007年は愛用の逸品の修理から始まったのだった。修理すれはするほど愛着は深まる。修理してでも使い続けたいモノを買うのがいいのだ。

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