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2008.01.29

08・01・29 真冬の湯河原カンツリークラブ

先週末、湯河原でゴルフ。温泉の湯気が立ち上るのんびりとほんわかしたイメージのある湯河原であるが、じつは、カンツリークラブは標高300~400mぐらいの丘陵にあって、意外にも山岳コースなのだ。
DSCF1404これは何番ホールか忘れたが、真鶴半島の眺望。マナヅルというが、こうして見るとナマズがのたうち回っているようにも見える。ナマズがなまってマナヅル?かどうかは知らない。

太平洋プレートに乗って漂着した小島が自身は沈み込み切れなくて小さな半島として居残っている姿なんだろうと思う。伊豆半島の生い立ちがそうであるように。この形を見ると、何千年何万年単位の時間の中で陸のかけらが身震いしたり身悶えしたりしつつ否応もなく日本列島に圧着させられて、今となっては身動きもままならないような佇まいが感じられないこともない。囚われたナマズだ。これが暴れると大地震になる。

DSCF1399コース内の池には氷が張っていた。やってくれるかなと期待していたら同伴者がやってくれました。演出でも何でもなく、天然の池ポチャならぬ池ツルリン。場合によっては氷上ショットとなるところだが、氷の厚さは1cm程度。残念ながら通常のウォーター・ハザードの処置となった。

湯河原カンツリーはなかなかトリッキーなコース。還暦をゆうにすぎたヴェテランのテクニシャン・ゴルファーが血気盛んな飛ばし屋を連れてラウンドしてギャフンと言わせるのに格好のコースだ。飛距離はいらない。冷静な状況判断とコース・マネジメンがものを言う。特にグリーンを狙うときの高低差がクラブ選択を非常に難しくしている。それだけにうまく行くととても気分が良い。それでもトリッキーさは太平洋クラブの相模に比べるとまだ素直だと思う。

DSCF1395ま、私たちはキャディも含めて全員がヴェテランなのでギャフンと言わせる相手がいなかったが。(ところで「ギャフン」の語源は何だろうか)

この週の週刊ダイヤモンドは湯河原カンツリーのレストランの名物メニューを紹介していた。単なる偶然ではあるが、我々のプランを見透かしたような記事に驚いたものだ。そのメニューとは石焼きあんかけカニ炒飯(正式名称は忘れた)。迷わず注文した。お鍋のじゃなくてお釜のオコゲが香ばしくうまい。

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2008.01.21

08・01・21 甲州F.O.S.とココファームの様々なこころみ

さくらさくらは相変わらず日本産ワインに鋭い目配りをしている。おかけで今夜も珍しい甲州ワインを体験することができた。CoCoFarmの「甲州F.O.S.」。Fermented On Skins、つまり甲州種のブドウの皮も一緒に発酵プロセスの中に放り込んで作るのだとのこと。

私の狭い体験で言うと、昨年とりふじで飲ませてもらった貴腐ではないセミヨンの古いもの(あれは何年ものだったか?忘れた)と印象が似ていた。こっちは確か2005年だから別に古いわけではない。Skinsの効果なのだろうか。非常に興味深い味わいがあった。もう一度改めて飲んで印象を確認したいと思った。

Tannat Nortonというのも面白かった。ノートンというブドウの種類は初耳。Jancis Robinsonの本によると北米種のハイブリッドの一つで、別名Cynthianaとあるのみ。それ以上の解説がなにもない。傍流のブドウだということだけは間違いない。

こちらのblogによると足利に立地するココファームの気候条件と似た地域で育っているブドウということでTannatとNortonに目を付けたのだと解説している。

なるほど。Zinfandelだってクロアチアを離れてカリフォルニアに移住して本領を発揮したのだから、メジャーなTannatはともかく、Robinsonの本でも北米で"occasionally encountered"としか書かれていないNortonとなるとどうだろう。この広い世界の何処かに自分の才能が開花する土地があるかも知れない、と考えてもおかしくない。

ココファームはまさに「こころみ」の看板に偽りがない。

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2008.01.19

08・01・19 高関健の指揮で東京フィルのブラームス

17日、東京フィルのサントリー定期でブラームスの4番と2番を聴いた。高関健の指揮は確か2-3年前に急遽誰かの代役で登場したのを聴いている。その時にいい指揮者だなぁとジワーッと感心したことは覚えているのだが、どういう風に感心したかは忘れていた。ボケである。

しかしこの日演奏が始まってすぐに思い出した。オケがとってもよく歌う。そして演奏にメリハリがある。さらに身振りが見事に音楽のドラマを体現していて、鳴っている音と一体化しているように見えるので、どんどん演奏が乗って来るのだ。

確か2番の第二楽章では、指揮棒を逆に持って、というとわかりにくいが、スキーのストックのように握ったその手で振り始めたのだが、途中で指揮棒も譜面台の上に置いてしまって手だけの指揮に切り替えていたりする。キザな感じが皆無。

想像するに、オケとの関係は学生時代の音楽部のリーダーと部員たちに近いのではないか。他の部員を引っ張って行く並外れた説得力を持っているのだろう。そういう意味で、指揮台に立っただけでドラマが始まるというタイプではない。近寄りがたいカリスマ性もないだろうな。逆に近寄って雑談したくなるような感じ。マエストロなんて呼ばれるのは好まないかも知れない(真相は知らないが)。

当日のプログラムに指揮者自身からのメッセージが掲載されていて、それによると、今回の演奏は新しく編纂されたブラームス全集に盛り込まれた研究成果を取り入れているとある。4番も2番も指揮台の上にはスコアらしきものが置かれていたが、最後まで表紙は閉じたままだった。あれは研究論文だったのだろうか。

さて、久しぶりに聴いたブラームス。特に2番を注意して聴いていたのだが、ブラームスの肉声はチェロ、ビオラ、そして木管楽器あたりからよく聞こえて来る。バイオリンは時にG線で低く力強く歌うことはあっても、まとまったメッセージはほとんど担当させてもらってない。映画で言えばエキストラ的な存在になっているように感じた。少なくとも第三楽章まではそんな印象が強かった。

DSCF1370プログラムの野本由紀夫氏の詳しい楽曲解説が興味深い。4番の第一楽章の「ため息」のテーマが、よく見ると12音技法寸前まで来ているという指摘。12音のうち11音まで使われているというのだ。

この日、二曲のシンフォニーが終わって大拍手となったわけだが、きっとアンコールがあるだろうと読んだ。はたせるかな、あったことはあったのだが私の予想は裏切られた?

なんと、指揮者とともに楽屋からピッコロをもった元首席フルート奏者を始めとする数名が出てきて一段と大編成にした上でのアンコールだったのだ。こんなの初めて。しかも決して小品とは言えない大学祝典序曲を賑々しくやったのである。

この日のプログラムがブラームス交響曲研究発表会的な演奏会だったとすれば、まことに相応しい選曲だったかも知れない。

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2008.01.18

08・01・18 大田弘子経済財政担当相を大いに見直す

今日の衆議院本会議での国務大臣の演説(施政方針・外交・財政・経済)、大田弘子さんの演説が最も心に響いた。イライラするほど旗幟不鮮明な福田内閣にあって、ようやく政治家?から本物の政治的な言葉を聞いたような気がした。民間の経済専門大臣ということもあろうが、もう我慢がならないと政治的しがらみをエイヤーッと吹っ切ったような迫力があった。私は一気に大田ファンになった。

演説の冒頭でいきなり、わが国の誰に対してだからわからないが、要するにダメだしをしたのだ。「2006年の国民経済計算によりますと、世界の総所得に占める日本の割合は24年振りに10%を割り、一人当たりGDPはOECD加盟国中18位に低下しました。残念ながらもはや日本は経済は一流と呼ばれるような状況ではなくなってしまいました。」と述べたのである。経済は一流、政治は何流、とまでは言わなかったのはせめてものポリコレではあるが。

「これまでアナタのプライドを尊重して優しい言葉でそれとなく諭してきたけど、(ここで突然声の調子が厳しくなって)アンタはいつまでグズグズしてんのー!」ということだ。しかもその「アンタ」とは大田大臣が所属する福田内閣そのものだ。

テレ朝の報道ステーションの報道による限り、大田大臣が演説の中でこういうあからさまな指摘をすることは、必ずしも内閣の承認を受けていなかったようだ。

アメリカでは民主党のヒラリー・クリントンが党の大統領候補への道を歩んでいるようだが、今日の演説を聞いて思いがけず、大田さんの姿がそこに重なった。

これまで考えても見なかったが、既得権の調整だとか権威のメンツへの気配りだとかを大胆に無視し、ホンネしか受け付けないリーダーシップというのは、案外、今の日本には効くかも知れない。男の政治家を怒らせるような非政治的なことでも、正論ならばと、しゃーしゃーとやってのけることが出来るのは、女性だけかも知れない。「女の平和」じゃなくて「女の改革」。あるかも知れない。

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2008.01.16

08・01・16 佐伯泰英の作品だった「新アルハンブラ物語」

DSCF13602年前のスペイン旅行の時に参考にした「新アルハンブラ物語」の表紙を何気なく見ていて、ハッと驚いた。著者名に「佐伯泰英」とあるではないか。正確には安引宏との共著であるが。もっとあからさまに言ってしまうと、本文の大部分は安引氏が書いている。佐伯氏は写真のキャプション的な極めて短い解説文だけしか書いていない。なのに共著者としてどうどうと名前が出ているのは、もしかたら写真も佐伯氏のものかもしれない。この本にはなぜか写真のクレジットがない。

この人は昨年のNHK木曜時代劇「陽炎の辻 居眠り磐音 江戸双紙」の作者としてハッキリと記憶している。私が久々に、おそらく何十年振りに、放送日をワクワクして待ったテレビ番組だった。そもそも日頃ドラマをあまり観ない。まして時代劇はほとんど観ない。たまたま義母に付き合って見始めたら、なんと、私の方がはまってしまったのだった。

山本耕史をはじめとする出演者も魅力的だったが、結局、作品としての出来がよかったのだ。無駄なカットを見せられた記憶がない。芝居をしないで音楽で心理描写を代替するという誤魔化し演出はほとんどなかった。ちゃんと映像で勝負していた。音楽の使い方にも節度があった。新妻聖子の主題歌もよかった(CD買った)。そういう格調高い額縁の中で役者たちの演技が素晴らしいご馳走に見えた。一人一人の人物がこんなにいとおしく感じられた作品は記憶にない。

時代の経済的背景を押さえたストーリィの中で、社会の階層を上から下まで、権力者から庶民まで、目配りよく描いていた。もちろん剣の達人としての坂崎磐音の描き方はリアリズムではない。しかしそんな馬鹿な、という気分には決してさせないところが不思議。うまい。よく泣かされたものだった。

原作も買って読んだ。ただスイスイ読めて切りがないので数冊でやめておいたが。

佐伯泰英氏が時代劇作家として成功するまでには長い苦労の時代があったとどこかで読んだ。Amazonでこの作家の作品リストを出版年月日順に表示してみると全部で173件あり、「新アルハンブラ物語」はその158番目に来る。まだ時代劇を書く前の作品の一つである。

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2008.01.14

08・01・14 御殿場食堂のBOTTEGAシャンパン・クーラー

御殿場食堂のバーニャ・カウダの写真が見つかった。ニンニクもアンチョビも裏ごししてあるので、カニミソ感がリアルである。これが本物。私の手抜き式自作は偽物(そもそも似ていないが)。

DSCF2416DSCF2415

レシピは盗めるが、このシャンパン・クーラーは勝手にお店から持ち帰ることができない。初めて見た時に、使い勝手が良さそうで、デザイン的にも気に入ったので、できることなら手にいれたいと、美人店長と交渉した。

DSCF2131これは見たところブランド名が大きく付いている。おそらく売り物ではなく、貴店の仕入れ先から貰ったプロモーション品ではないだろうか。したがって店の備品ではあっても経費にも資産にも計上されていないにちがいない。ならば処分するのに経理的に面倒なことはないだろう。ついては、ン千円ぐらいで譲ってもらえないだろうか、と。

もちろん断られた、というより、同意が得られなかった。店を出る時に、もう一度目で答えを求めたが、美人店長は微笑でシッカリと拒絶したのダッタ。

二回目、三回目は、作戦が定まらないこともあり、いったんあきらめたフリをして、交渉せずに黙って褒めるだけにしておいた。

調べると"BOTTEGA VENETA"というファッション・ブランドはあった。しかし"BOTTEGA"一語だけのブランドは同じなのか別物なのか。ある時同席したイタリア語堪能な人によると「店」という意味だというのだが。

時々デパートなどで探してみるのだが、このシャンパン・クーラーはいまだに見つからない。私の御殿場食堂美人店長攻略作戦も足かけ二年になるがまだ定まっていない。

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2008.01.11

08・01・11 ゴルフ場の未確認浮揚移動物体

去年の10月、太平洋クラブの佐野ヒルクレストで見掛けたあやしい乗り物である。昼食を終えて後半のラウンドへとハウスを出たらエンジン音が聞こえて来る。みると練習グリーン上でこの怪しい乗り物がスイスイと実に気持ちよさそうに滑るように動いている。

DSCF2537余りにも滑らかな動きで、これは地上スレスレのところを浮揚して動いているようにしか見えない。浮いているのだろうか?と真相を確かめたくてムービーを回しつつ近寄って行った。乗り物というより、これは明らかにグリーンのメンテナンスのための装置である。他のコースでも見たことがない。この不思議な感じは動画じゃないとわからない。

乗っているオニイサンは遊んでいるようにも見える。ジーッと運転席の青年の顔を観察したが、終始、真剣な眼差しを崩すことはなかった。

要するにこれはパッティング・グリーンを仕上げるローラーであって決して浮揚してはいない。これが似ている。転がる方向を左右に切り替えるペダルがあって、オニイサンはグリーンの端に近づくとこれを踏んでいたのだ。トーナメント級の高速グリーンを作り上げるにはこういう装置が必要らしい。

DSCF2539DSCF2541
この日は素晴らしい天候に恵まれた。秋を迎えたハスの姿を間近に観察することができた。種子を抱いた部分に木質感があるのに興味を惹かれた。触って硬さを確かめてみたかったが池に転落するおそれがあったのであきらめた。

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2008.01.10

08・01・10 鮭児に凝らす工夫

DSCF2588昨年の11月の話。友人宅のパーティで「鮭児」を食する機会があった。希少価値ゆえに大変に高価なものだが、実体はただの若いサケである。本来はアムール川に遡上すべきサケらしい。それがアホーツク海(Охотское море)を泳いでいるうちに北海道方面に還るサケの群れに紛れ込んで日本の漁師に捕獲されたもの、なのかな?しっかりとした自我をもったサケならこんなことにはならなかっただろうに。

DSCF2584なにしろン万円とかいう高価な魚のでこんなkeijiバッジまで付けている。証明書だとかお買い上げの御礼状まで付いて来る。高いことを納得してもらうのが大変らしい。しょせんは若いサケだから。

DSCF2623これを魚をさばくのを得意技とする友人がさばいて、私が盛りつけした。タマネギを下に敷いてケイジのサシミを並べる。ケッパーと千切ったディルを適当に載せる。ま、これはよくあるスモーク・サモンの盛りつけの応用である。周囲をアンチョビ詰めのオリーブで囲ったのは、例によって、高価なケイジにばかり手が伸びるのを防ぐためのパーティならではの仕掛けである。

DSCF2616ケイジには未発達のやせた筋子が入っていた。そもそも量的に少ないし、そのまま食するには見た目にも貧相である。これをどう食するか。捨てちゃう?こともチラッと考えたほどの痩せ筋子なのだ。

DSCF2622しばし考えて、突き出しにすることにした。筋子を人数分に切ってしまう。そして、ダイコンおろしの上に筋子のかけらとキザミネギ少々をもっともらしく載せてみた。こうして、かろうじて人数分の突き出しができた。

この時、どんなワインを飲んだか、どうも思い出せない。

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2008.01.09

08・01・09 米国の新聞サイトはネット新聞に変身していた

クリントンがニューハンプシャーで意外にも?勝利した。直前の涙の報道は大統領としての資質の欠如というメッセージかと思ったのだが。

ま、それはともかく、今日、どうなったかなと米国の新聞サイトを時々覗いていて、思ったことは動画による報道が多いことだ。写真だってスライドショーになっている。ニューヨークタイムズでもワシントンポストでも同じ。画面にカメラのアイコンが目立つ。クリントンの涙の動画も勝利宣言の動画も観ることができた。紙媒体ではないネット媒体としてのニュース報道が実現しているではないか。動画取材の記者がいるということなのか?それともテレビとの提携なのか、それはわからない。そこまで細かくは見なかったが。

数年前、ネットにやられてしまうという危機感をもったのは当然ながら日本より早かった。米国の大手新聞社ではネット媒体と紙媒体と制作体制を一体化するといった組織改革があったことを記憶している。そのころ日本の新聞はまだのんびりしていたと思う。日本はちがうのだという不思議な特別意識さえあったかも知れない。

日本の新聞は今になってネット対策に深刻に悩んでいると聞く。たった今、日米の新聞サイトを比べてみると、この時間差は歴然としていると感じた一日だった。

この意外に早い変化の背景には、アメリカでは経営に対して変革を迫る市場の圧力が健全に働いているのではないかということを感じる。マードックがダウ・ジョーンズを買収したように、自己改革を起こさないでもたもたしていると、どっちみち改革の意思とアイディアをもった資本に、買収され改革を迫られるのだ。従って経営者は買収されたとしたら?という前提で動かざるをえない。それが大胆な自己改革を促してゆく。

日本の構造改革がなかなか進まないのは、市場からのプレッシャーがどこかの防風林でブロックされているからではないのかと感じた一日だった。

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2008.01.08

08・01・08 久しぶりのブショネ bouchonné=corky

夜、駅を降りて、そういえば今日は安いワインを切らしていたかな?と思って、コンビニで買った1000円未満のワイン。開けてうれしや?軽いブショネだった。年に一回あるかないかの出来事である。DSCF1348

もしレストランで、テイスティングしたワインがbouchonnéだったらダメだしをしてもよいと教えられていた。

十数年のシリアス・ワイン歴の中でレストランでワインをリジェクトしたのはたったの一回だけ。東京のやや場末のイタリアンだった。ブショネの度合いを軽・中・重とわけるとしたら中ぐらいは行っていたと思う。

ワインを持ってきたウェイトレスを呼んで、
「これブショネ入っていると思うけど、どう思う?」
「エッ?はい、ちょっと調べて来ます」
とワインボトルを持ってキッチンに消える彼女。
やがて戻って来る。
「あのー、ブショネって、何ですか?」
(ガクッ)
椅子から落ちそうになるのをこらえる私。
「じゃあ、とにかくもう一本同じワインを持って来てくれる?比べればわかるから。」
「は、はい」
とキッチンに消える彼女。
(外れていたらどうするかな)
ウェイトレスは新しいもう一本を持ってきた。
テイスティングする私。
(これは大丈夫だった。違いは歴然。ホッとする。)
「これはOK。ほら、ちがうでしょ」
(テイスティングするウェイトレス)
「ほんとうですね!」
(わかってくれてよかった。素直な娘だ。)

ということで、せっかくリジェクトしたのにずっこけたというお話。

二回目は謎だった。こんどは本格的なソムリエ相手だった。
私は軽度のブショネが入っていると感じた。リジェクトするつもりはなかった。単に、どうなんだろうとソムリエ君の意見を求めただけだった。彼は改めてテイスティングして真剣に考えている様子。すぐには答えが返って来ない。
(?やはりブショネかな?)
「うーむ、これはグラーヴの個性じゃないですかね」
(そういわれると私には判らないんだな)
「あ、そ」でオシマイ。
いまだにグラーヴがそういうものなのか、私はわからない。

三回目はレストランではない。ある時、長野県のワイナリーで若いメルローを飲んだら、その印象が関西方面のある国産ワインに似ているなと思った。旅行から戻るやいなやその印象を確かめたくて、近所のスーパーでその国産ワインを買った。帰宅し長野の記憶と比較しようと急いでコルクを抜いた。そしたら見事な重症ブショネ。比較どころではなかった。2000円弱だが返品もできない。

bouchonnéと書くブショネ。英語でcorky。コルクの臭いが液体に乗り移って、本来は新鮮さや熟成が期待できる筈のものが生気も将来性も失った状態になってしまったワイン。低体温でとにかく盛り上がらない。超一級の重症になると、私の言葉で言うなら、梅雨時にさっきまで履いていたぬくもりと湿気の残る履き古した革靴の中に鼻を突っ込んだ時の恍惚感ということになる。

(話は逸れるが、私は幼児時代、着火したばかりの練炭から立ち上る臭いが好きで、赤紫の炎が出始めた練炭に鼻を近づけて陶酔していたらしい。だから練炭小僧と呼ばれていた。)

ただ、こういうワインも心のもちようで味わい深く鑑賞することはできる。遭遇確率が低いことを考えると、むしろ、喜んで味わってみるべき液体であると私は考える。

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2008.01.07

08・01・07 玉露高山烏龍茶

DSCF1313台北で、「地球の歩き方」の紹介を頼りにお茶屋さんに行ったら、店の中に「地球の歩き方」のページが目立つ場所に掲示されていた。やっぱりこの店だということは分かりやすいのだが、さり気なさが一切ないのがちょっとひっかかる。

店の老店主は、これまた歩き方の記述通り、大変親切に説明をして試飲させてくれる。日本語が上手だ。

DSCF1322ただ、とにかく凍頂烏龍茶を勧めるのである。もちろんこれも十分にいい香りである。でももうちょっと高価な玉露凍頂烏龍茶も試してみたいと言うと、私の思い過ごしかも知れないが、あまり出したくなさそうな気配を感じた。が、結局は試飲することができた。

こういうお茶はガブガブ飲むものではなくて、ワインのように味わって飲まなきゃいけない、というようなことも言われた。私とて全く異論はない。

茶器にお湯をかけて温めてから煎れた一煎目を聞香杯に注ぎ、それを茶杯で蓋をしてヤッとひっくり返すと液体は茶杯に移り、聞香杯には香りだけが残る。

DSCF1330聞香杯を鼻に近づけると、私流に言うと、ハワイのプルメリアの花の香りだった。ただの凍頂烏龍茶よりも香りの粒子が一段と大粒な感じで濃厚である。お茶の不思議というか発酵の不思議を感じる。以前、トリフジでこういうお茶を飲ませてもらったような記憶が蘇えってきた。

なぜ日本のお茶文化はこういう方向に行かなかったのか?とも思う。発酵食品文化が十分に発達している日本で、なぜ?

ということで迷わず玉露を買って来た。茶器は専用のものは買わなかったが、自宅で有り合わせの道具で適当に香りを楽しんでいる。

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2008.01.06

08・01・06 買ったら製造中止になったソニーのリアプロ

別に愚痴ではない。11月に買った時に予想はついていた。が、意外に早く、先日製造中止のニュースが出ていた。ソニーのリアープロジェクション・テレビBRAVIA KDS-60A2500である。

DSCF1299年末年始、久しぶりに落ち着いてテレビを観た。レコ大も紅白も全部ではないが珍しく観た。のだめカンタービレは面白いしよく出来ているのでいたく感心した。

観たと言っても60インチの高精細画像を堪能したと言った方が正確かもしれない。確かにきれいだしリアルだ。これはスクリーンであって、もはや子供の頃から知っている「テレビ」とは別物だ。ホームシアターという言葉を実感できる。

買ってしまったのだから認知的不協和の偏見を免れ得ないし、冷静になったとしてもルー大柴的な後のフェスティバルになるのだが、Wikipediaにリアプロの長所と短所が整理されているので、ひとつひとつコメントしてみよう。

《長所 》
●大画面TVとしては、安価かつ軽量
価格はもちろん意識した。50インチあたりだとそろそろ液晶に追いつかれるかもという不安?があったので60インチにしたのだった。
●3色混合表示による自然、かつ奥行き感のある色表現
DSCF1300こちらは正直なところぼんやりと眺めていて気づくかどうかは怪しいが、画面にいくら目を近づけても三原色の各色毎の画素らしき粒は、見えない。まるで銀塩写真を虫眼鏡で見たような感じである。ふだんそんなことはやらないが。一つの画素の中に三原色が溶融するのがSXRD方式のこれぞ技術的に正しいぞ、という魅力である。
店で説明を受けた時に強調されたのは黒が真正の黒だということ。黒とは光が存在しないこと。リアプロの黒は本当にその部分に光が届いていないから黒に見えているのだ。バックライトの光が漏れて来る液晶とは根本的に異なる。
●応答速度が速い(ソニーSXRD搭載モデル2.5ms以下)
液晶でもこの問題はずいぶん改善したと聞いていたが、SXRDが優れていることは確実。
●高コントラスト(SXRD、D-ILA共にデバイスコントラスト5000:1以上、セットコントラスト10000:1)
これは上に書いた黒の表現能力に関係することだと思う。
●省電力
これは決定的なポイントだと考えていた。リアプロは60インチでも50インチでも215ワット。液晶は、例えばAQUOSの65インチは500W、57インチでも390W。
●ランプ交換による輝度回復可(ユーザー交換可)
「輝度回復可」というのは物は言いようという感じだが、確かにその通りだ。
●高精細化が可能
フルハイビジョンだから現在の製品を買ったとも言える。

《短所》
●スクリーンに直射光の当たるような場所で使うには明度が低い
そんな場所に設置するつもりはもともとナシ。
●視野角が狭い(縦方向)
あるていど事実だが展示製品を見た時に特に気になるほどではなかった。それに、大型画面での視聴は、テレビといえども、座る場所を決めて腰を落ち着けて「鑑賞」する気分に近い。きれいに見える場所で見ればよいだけの話。
●適正視聴距離以下での4隅の明度ムラ
これも上と同じ。
●ランプの寿命が従来のテレビと比較して短い(ランプ購入コストが別途必要。1個あたり1万5000~2万5000円程度)
8000時間と聞いた。平均1日4時間として2000日。約5年半である。ちょっと短いかなと思う。しかし致命的欠陥ではない。むしろ長所として書かれていた「輝度回復」という面もあるので、長持ちしても劣化する一方の装置よりはいいのかも知れない。
●奥行きがPDP、液晶に比べて大きい
設置環境次第。ソニーのリアプロは約50センチだが、我が家ではたまたま問題にならなかった。
●画面表面に軟質素材を使用したモデルが多いため物理的な衝撃で傷が付きやすい
気をつけよう。
●視野角が広く、明度ムラを出さず、且つ光源のポテンシャル(高コントラストや高解像度等)を十分に引き出す透過型のスクリーンがない
現在の製品を買ってしまった私には関係ない。開発側が今後悩むことだ。

こうして細かく検証してみると、けっこういい選択をしたような気がする。(←これが社会学の世界で昔から有名な認知的不協和の理論です)

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08・01・06 台北で漢字鑑賞旅行

DSCF2700昨年11月の連休に台北に行き「中文字譜」という漢英字源字典を買ってきた。ゴルフをやりに行ったのだが…。

台北の街に溢れる漢字がいたく新鮮に感じられたのだった。店の看板をジッと眺め、一つ一つの文字の日本での意味をもとに要するにこの店は何だと推論する。で、店の様子を観察して納得したりしなかったりする。漢字の姿形を珍しいもののように観察したのはたぶん幼稚園時代以来のことではないか?わからんが。

DSCF2681日本とは微妙に違う意味で使われている文字も多いし、英語の発音表記に当てる漢字にも意表を突かれる。淡水の名門ゴルフ場は「台灣高爾夫球場」と書く。どうしても野球場のイメージが重なってしまう。コニカの店舗の看板を眺めるとデジタルが「数位」らしいと想像がつく。サービスは「服務」で、なんだかいやいや提供する雰囲気がある。行きの飛行機内で観た映画ムーン・リバーは余りにもそのまんまの「月河」だった。

DSCF1333漢字マッサージで揉みほぐされた脳ミソは、最終日、飛行機の時間を気にしながら台北駅近くを歩いていた。たまたま古本屋の前を通り掛かった。入ろうか?中国語読めないから無駄じゃないか?でも見るだけ見たら?二度と来ないかも知れないのだから。自問自答のすえ入る。入口近くが辞書の棚だった。あまりゆっくりしていられない。買うならサッサと買えよ、という気持ちで背表紙をサーチ。目に飛び込んで来たのが「中文字譜 漢英字源字典」だった。"Chinese Characters, A Genealogy and Dictionary"という英語に安心感があった。

値段は400元だから約1600円。両替した元を使い残しても無駄だという気もあった。レジで金を払おうとしたら350元だという、というか、お釣りをくれたのだ。前日、土産物屋でカラスミを定価で買って来たら、同行者たちに、台北で値切らないのはアホだと馬鹿にされたのだが、そのことを思い出す前に店の方から値引いて来たのには驚いた。

帰路の飛行機の中でこの字典をパラパラと捲り始めた。自分の名前の「章」は?とみると、これは「音」と「十」の組み合わせだという。音(Music/sound)が十(completed)=完了する、だから楽章の意味になるとある。初めて聴く説明に驚いた。自分では特に根拠もなく「立」と「早」の組み合わせだとばかり思っていた。「鎌」はどうだ?と索引を探すがこれが見当たらない。何故だ?約3時間の飛行時間の大半をこの字典で遊んでいた。

この字典の著者はRick Harbaugh という今は米国インディアナ大学にいる経済学者である。国立台湾大学(National Taiwan University)で修士論文に取り組んでいる時に、退却神経症ではないだろうが、本来の研究からの"distraction"として1998年にできちゃったモノと断っているが、できが良すぎる。論文の方の出来か心配になるほどだ。しかも、印刷物以上に充実したネットサイトが今も維持されている。

さて、日本人なら漢字のことは白川静先生に最終的な結論を聞くべきだ。私の「章」はどうなんだと字統(普及版)を引いてみると流石である。白川説によると、後漢の許慎による「説文解字」に「章」=「音」+「十」で楽章だという説が書かれているが、当時、「章」に楽章の意味があったことから逆に発想して、そのような解釈が成立するように字形の解釈をするという過ちを犯したものと断じている。Harbaugh教授の字典は「説文解字」をそのまま引用しているだけだということがわかった。

そういえば「中文字譜」の前書きにはちゃんと「説文解字」準拠であるため、それ以前の時代の漢字の形である甲骨文などの情報は使っていないとの断り書きがある。

とはいえ「説文解字」は「字形学的な字書として唯一のものであり、その聖典とされる」と白川先生は書いているし、Harbaugh教授も西暦100年頃に成立したこの字書が"one of China's first and still most influential dictionaries"だとしている。この「中文字譜」は「説文解字」の世界に手軽に親しむのに絶好の字書だと思う。案外、日本には類書がありそうでないのかも知れない。

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2008.01.05

08・01・05 パッティングの距離感

パッティングは距離と方向に尽きる。方向は真面目に取り組めば誰でも比較的簡単にマスターできる。問題は距離だ。特に速いグリーンはむずかしい。どうしたらよいのか?

年末に太平洋クラブの相模コースを回った時、グリーンのスピードはスティンプ・メーターで8.5フィート(259cm)だった。一般のプレー用としては速いが、このクラブでは珍しくない。ちなみに競技用の設定だと速いというのは10.5フィート(322cm)だという。太平クラブマスターズの時は13フィート(396cm)近くにまで持って行くらしい。

パットの距離感をフィーリングではない方法論で克服するには、やはりテークバックの距離を目安にするのがよいと思われる。しかし、そのためにはパットの打ち方に注意する必要がある。腕の力でガツンと球を打ってしまったら、転がる距離はテークバックの量とあまり関係なくなってしまう。もっとそっと打たないといけない。

そっと打つのはなかなかむずかしい。そもそも「打っ」ちゃってはもうそれだけでだめ。私が心がけているのは、できるだけ軽くソフトに握りヘッドの重みを十分に感じること。ヘッドが振り子のように動いて来て球に当たるようにする。手としては全然打っていない。この打ち方ではパターのヘッドの質量が距離を決める重要な要素になる。

このソフトなパッティングができれば、後はテークバックの量で距離を調節できるようになる。私の場合、何センチという意識ではなく、靴の幅を目安にするようになってからしっくりと身について来た。

putting靴幅一つなら両足を揃えてアドレスして、右靴の右端までテークバックを引く。二つの場合は、両足を揃えてアドレスした後、右足を靴幅一つ分右にスライドして、同じことをする。以下同様である。

図解しておいたが、要するにコースに出る前に練習グリーンで何をするかというと、靴幅一つのテークバックで転がる距離sを測定するのだ。二つで2s転がるか、三つで3s転がるか、これを確認する。中間的な距離だって靴の位置を微調整して対処できる。要は、テークバックはいつも右靴の右端まで引くというルールを崩さない。

先日の相模コース、8.5フィートのグリーンでは私のパター(古いOdyssey)で靴幅一つが約3ヤード(約三歩)に対応していた。確かに速い。これをフィーリングで自分に納得させるのはちょっとむずかしい。こういう時こそ感覚を殺して計器運転に徹する必要があると思う。

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08・01・05 ショットのルーティンに開眼

昨年の自分のゴルフを振り返って、一番の変化はショットをする前のルーティンを細かく守るようになったこと。

以前は、なんとなくシックリ来る構えができたらスウィングを始動していた。球に向かってから打つまでの段取りは決まっているから、端目には「ルーティン」に見えていただろう。

違和感を感じたまま打ってミスすることはもちろんあるが、そうでなくてもミスはけっこう出る。極論するとこの「ルーティン」はショットの品質管理になっていない。たんなる儀式だ。

改心のきっかけはドライバーのスタンスを広くしたことだった。広くすると、ダウンスィングを始める時に、球がいつもよりずっと左に見えるので、このままではクラブヘッドが球に当たらないのではないか、球の上っ面を擦るだけになってしまうのではないか、という不安感が湧いて来る。面白いもので、こうなると身体は反射的に左への体重移動が起きてクラブはちゃんと球に当たるのである。体重移動した分インパクトも強くなり飛距離は増すという結果になる。

問題は、とてもシックリとは来ないほど広げるものだから、フィーリングに頼った立ち方ではなかなかこのスタンスに至らないこと。

addressing-the-ballフィーリングに頼らない方法を考えた。まず、両足を揃えて球に正対する。球は左足の先に合わせる。しかる後、右足を決められた幅だけ右にスライドする、という手順(足順か?)を決めた。左足は動かさない。

アイアンでも基本は同じ。違うのは両足を揃えて球に正対する際に、球を右足寄りにずらすだけ。私の場合、一般に言われているよりも球は左寄りにしている。その理屈は上に書いた体重移動反射を刺激するためである。

このルーティンを始めてから、いい時はすごくいい。気持ちのいいフェード(というより軽いスライスか)が打てるようになった。飛距離も伸びた。ミスショットは大幅に減ったと思う。

しかし、悪い時はかなり悪い。左に引っかけ気味に飛び出したまま真っ直ぐ飛んで行ってしまう。フェードしてくれない。OBになりやすい。

調子の良し悪しの原因の一つは、テークバックの回り具合が深かったり浅かったりすることにある。回転が浅くて左の肩が顎の下まで来てくれない時はスウィングは早くなり左に引っかける。これは以前から気づいていた。

体調が良くスタート前に十分に練習できた時は身体の動きが良くなっているから深いテークバックがとれるが、一般的にはそうは行かない。疲れていたりすると筋肉がミシミシ泣いてテークバックが浅いところで止まってしまう。身体を硬く感じる時もだめ。冬の厚着でのゴルフもだめ。

stanceそこで考えた。回転が足りない時はスタンスをクローズドに構えることで回転を補填してやれば良いではないか。ただし、調子によってクローズドにする量は微妙に変化させる必要があるので、スタンスのとり方はとてもフィーリングに頼ることはできない。

微妙なクローズド・スタンスをどうしたら実現できるか?上のルーティンの変形で対処できることに気づいた。両足を揃えて球に正対した後、右足だけをちょっとだけ後ろにスライドさせる。靴の長さを基準に、二分の一、三分の一、四分の一などとずらす量をコントロールする。こうして後ろにずらしてから右に開くのである。

クローズドに立ったんだから無理して肩を回さなくても大丈夫だなんて考えると、逆に回転不足になって大スライスが出ることもあるからゴルフはむずかしい。

なお、言うまでもないが、オープンに立つ時は右足を前にスライドしてから開けばよろしい。

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2008.01.03

08・01・03 ケニー・スミスの持ち主ミヤケ・ヤスマツ氏

2001年春に偶然手に入れたケニー・スミスは調べてもらったら1970年にローマでミヤケ・ヤスマツという人が注文したものだったという話は以前ここに紹介したとおり。

当時、カスタムメイドの高価なゴルフクラブの持ち主は富豪と決まっていた。発注した場所がゴルフ文化と縁がなさそうなイタリアのローマとは奇妙だが、恐らくその地に駐在しておられたのだろうか。なかなか人物像が鮮明にならない。ミヤケ・ヤスマツさんとは何者だったのか?漢字はどう書くのだろうか?ずっと頭の片隅にこの疑問が引っ掛かっていた。

しかし最近改めてgoogleしてみて、まだ試してない漢字があったことに気づいた。すると、googleの巨大な書庫の底から浮上して来たのは戦後まもない頃の衆議院の委員会の議事録だった。昭和二十五年三月十一日(土曜日)午後二時四十四分開議の第007回国会 経済安定委員会 第9号。そこに委員外の出席者の一人として農林事務官 三宅康松の名前があった。昭和三十一年五月二十八日(月曜日)の第024回国会 農林水産委員会 第44号の議事録では農林事務官(農林経済局企業市場課長)となっている。

1970年、つまり、昭和45年にイタリアに駐在していた可能性はどうなのか?

googleは三宅氏が「世界の中層トロール漁法」という論文?の訳者であるとも言う。農林省と言ってもどうやら水産方面らしい。ならば地中海のイタリアに駐在してもおかしくない?(Johnson T.アメリカ西海岸における中層トロールの設計,「世界の中層トロール漁法」(三宅康松訳).海洋水産資源開発センター,東京.1984; 51-60.)

この本をみれば訳者の略歴もわかるかも知れないと思いつつもそのままになっていた。去年はそこまでしか解明が進まなかった。

年があけて改めてgoogleでトローリングすると、また新たな情報が引っ掛かって来た。文官高等試験外交科(外交官及領事館試験)合格者一覧である。三宅康松さんは昭和17年(1942年)東大法卒でこの試験に合格している。同期には昨年亡くなった宮沢喜一元首相(1919~2007)もいる。仮に宮沢さんと同年齢とすると1970年には51歳だ。その時に何らかの事情でイタリアに駐在しておられた可能性は十分考えられる。

終戦直後の経済安定会議で「労務者用配給物資に特別価格設定の請願」とか「新聞用紙統制撤廃反対の陳情書」とか「飮食営業臨時規整法の一部を改正する法律案」とか「公共事業及び経済復興に関する件」を審議していた時代から20年が経過した1970年、日本は高度経済成長期の真っ只中にあり、三宅さんも「やれやれ」と戦後の肩の荷を降ろし、ケネス・スミスという贅沢な道具に心置きなく手を伸ばすことができたのかも知れない。

私がケニー・スミスを使っていてもほとんどのキャディーは気にもとめない。だが、12月に太平洋クラブ相模コースを回った時、人手不足のためにキャディー役を務めてくれた年配の男性スタッフだけは違っていた。こっちが自慢する前にエーッと叫び声をあげて驚いてくれたものだった。

打ちやすくよく飛ぶ今日のゴルフクラブの基準に照らすと、このケニー・スミスには骨董価値以外の価値がない。よぼよぼのジーサンが昔の偉かった時代の古い名刺を見せびらかすようなものかも知れないな。その名刺も誰も知らない紙切れに近付いているわけだ。私としては、40年の歳月を経てde facto無名の道具に戻ったこのクラブを使ってナイスショットを連発して「いいクラブですね。100万円ぐらいで譲ってくれませんか?」というヴァカ者が現れるのを待ちたい。

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2008.01.02

08・01・02 Bagna Cauda(バーニャカウダ)にはまる

御殿場でゴルフをする時、しばしば夕食に寄るのがA TAVOLAというイタリアン。昨年の春、ここでBagna Cauda(バーニャカウダ)という前菜を知り、それが我々の定番メニューとなった。

DSCF1278年末、我が家のパーティに来た一人から「これって温かいお風呂とか言う意味だってテレビで言ってました」と聞いたばかりか、その直後、神楽坂のMATOIでも新しいシェフの料理の第一号として出て来たのがこれだったのには驚いた。どうもバーニャカウダが日本で流行っている気配を感じる。

野菜スティックのディップというか、ソースを火にかけたまま使うのでフォンデューと言った方が近いと思う。なんと言ってもソースがミソである。初めて食した時、これはカニミソか?と錯覚するような味。よくよく考えて、アンチョビが入っているらしいことは見当がついたのだが、その他がわからない。

DSCF1265降参して店の人に尋ねるとニンニクをミルクでとことん煮るのだという。しかし食べてもニンニクだとはなかなか気づかない。ミルクで臭みが取れてしまうらしい。

新鮮な野菜スティックをパリパリと食べるためのyet anotherの方法として、野菜好きの私には魅力的である。セロリ、ニンジン、キュウリ、ダイコン、アスパラ、ブロッコリなど、手当たり次第の野菜が楽しめる。ソースの味はワインともよく合う。

インターネット時代、料理の名前が判ってしまえば検索でレシピはすぐにわかる。お店で教えてもらったことがうろ覚えでも、手がかりとなるキーワードさえ正確に記憶していれば困らないのである。だから教わるにしてもなんだか緊張感がない。いいのかな、こんなことで、とも思うのだが、何とかなってしまうのでしまらない。

DSCF1277年末の休みに試しに作ってみた。大まかには、まずニンニクのパリパリの皮を剥いて、牛乳で30分ほど煮込む。鍋焼きうどんの土鍋で熱したオリーブオイルにアンチョビ・フィレを入れすりつぶす。煮上がったニンニクを煮詰まったミルクの皮膜などとともに土鍋の中に入れて、かき回しながらこれもすりつぶす。これで出来上がり。時間はかかるけど、手間はかからないお手軽料理である。

DSCF1269一回目の感想はアンチョビの缶詰をそのまま使うとけっこう塩辛くて、翌日、のどが渇く。ニンニクは牛乳で臭みが取れるのには驚かされるものの、翌日になってみると身体の奥底で原子炉に火が着いたような感覚があり、流石にちょっと刺激が強い。

そこで二回目にはアンチョビのオイルを捨てた上で魚の身もぬるま湯で濯いで塩分をできるだけ洗い流してみた。これでかなり減塩してマイルドになった。

三回目。塩抜きアンチョビ・フィレの他にオイル・サーディンの身を足してみた。サーディンは小魚とはいえ銀色の皮がついているので見た目の色が黒っぽくなってしまう。見てくれは減点要素だが、アンチョビ風味を失わずに塩分控えめのままソースのボリュームを増やすのに効果あり。お好みでアンチョビ・ソースを使えば偽装も容易である。

四回目。ニンニクを煮るミルクの中にタマネギも加えてみた。これでマイルド化はだいたい完成。

という有り様で、年末から年始にかけて、もう何度も試作を繰り返しているため、早くも飽きが来そうな気配である。でも、ニンニクを牛乳で煮るという手法は他にも応用がききそうで、これは大きな収穫。

ところで、近所のスーパーでニンニクを買い求めたが、青森産が一つ198円なのに対して有機栽培の中国産が三つで98円。驚くべき価格差だったが、今日の実験は国産にしておいた。

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08・01・02 「謹賀新聞」のメイキング秘話

正直なところ、毎年、できればさぼりたいなと思いつつも、そうも行かんだろと自らをいさめて、自分で自分の首根っこを押さえてムリヤリ書かせているのが私の年賀状「謹賀新聞」だ。

子供の頃は木版画とかゴム板の版画だった。年賀状は学芸会とか文化祭の延長戦みたいなところがあって、毎回、趣向を凝らして制作していたものだった。

2008NewYearGreetingCard「謹賀新聞」というスタイルを始めたのは約25年前、MyOASYS2というパーソナル・ワープロを自宅に購入したのがきっかけだった。確か48万円もしたはず。印刷は16ドットのプリンタだけど、手書きと違って葉書の限られたスペースにも沢山の文字を詰め込むことができる。その点を活かす方法として新聞の体裁を借用することにしたのだった。

パーソナル・ワープロで何でも書きたい何にでも印刷したいとはしゃいでいたのだと思う。印刷した版下を、キヤノンから発売になったばかりの家庭用コピアで葉書に大量複写していた。

初期の頃は本物の新聞のまねをして、題字の下のスペースに近所のお気に入りのケーキ屋、ラーメン屋などの広告を勝手にはめ込んでいたものだった。

本文の記事は最初から「私事放談」としていた。40年ほど前の政治討論番組「時事放談」をもじったもの。細川隆元氏と小汀利得氏の歯に衣きせぬ毒舌がウリで、父が必ず観ていた懐かしい番組だ。このタイトルを借りることで、放談なんだから言い過ぎがあっても勘弁してという言い訳にしていた。インタヴュー形式にしたのは自分で自分にツッコミをいれるためである。私は年賀状には仕事のことは極力書かないようにしている。

創刊当初から考えていたことだが、いずれは謹賀新聞を、昔の「布哇報知」のように、ボロボロに擦り切れた古くさい活字で印刷してみたい。10年ほど前から版下はMS Wordで作るようになったので、フォントさえ手に入れば可能なのだが、はたしてそんなフォントはあるものだろうか。

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