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2008.02.16

08・02・16 ハーディングの指揮でマーラーの交響曲第6番

昨晩(2月15日)、東京フィルのサントリー定期はダニエル・ハーディング指揮でマーラーの交響曲第6番。

この日の演目はプログラムに演奏時間79分とあるこの作品ひとつだけ。途中の休憩も無しという変則的な演奏会だ。しかし、大きな充足感をいだいてホールを出た。

ハーディングという指揮者は凄いと思った。作品の魂のうねりがこの人の肉体を媒介してオケに向けて、さらにホール全体に向けて凄いエネルギーで伝わって行く。その世界の振動が振らせているかのように指揮棒がじつにしなやかに優雅に表情豊かに宙に踊るのである。聞き惚れるだけでなく見惚れる指揮だ。

この作品はいたるところに見せ場や聴き場?がある。

だが、何といっても驚きは第四楽章の終わり方だった。最後の音を鳴らした後、ハーディングは指揮棒を下ろさない。棒は宙に静止したまま。身体も微動だにしない。

オケも同じで、バイオリンもチェロも最期の弓を弦から離した状態で凍結している。チェロの首席には、以前も東京フィルに参加したことがあるソリストのルイジ・ピオヴァーノ(だと思うのだが)のひときわ存在感の大きい姿があった。彼の弓が宙で静止し彼の大きな二つの目がまばたきもせずハーディングを凝視していた。

ステージ全体が一枚のスティル写真のようだった。

ホールにも完全な無音という音が響いた。うまいことに咳ひとつ聞こえない(これは聴衆側の大ヒットだ)。オケも聴衆も全員が息をひそめてハーディングの動きを待った。演奏にも匹敵する濃密な無音の時間が流れていた。凄い。ジョン・ケージも真っ青だ。

思い起こすと30秒ぐらいだったのだろうか。ハーディングの身体から緊張が抜けて行くのを目ざとく見届けた人が先行して拍手を始めて、ほどなく大拍手が巻き起こって演奏は終わったのだった。

その直後、私には解凍したルイジ・ピオヴァーノが目頭を手で拭ったように見えた。

それにしても、マーラーはこの最終楽章の最後の最後の休符を、どのように書いているのだろうか。あるいはハーディングの発明なのだろうか。

こういう無音の演奏はCDでは伝えようがない。素晴らしい演奏会だった。

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コメント

大変感動的なシーンが目に浮かぶようです。
僕も以前コバケンのチャイコフスキー・悲愴で第三楽章と第四楽章の間の数十秒、第四楽章が終わった後の陰鬱だけど至福の静寂を味わいました。コバケンも泣いていました。これだからコンサートはやめられない。

投稿: @大棟梁 | 2008.02.21 08:44

ところで、5月29日フィリアホールでのABQ最後のコンサートのチケット取れてます。近々お渡ししたいと思います。ついては飲みに行きましょう。ABQを生で聴くのは最初で最後になりますが、なにか予想外の感動があるといいのですがね。どうなりますか。外れてもそれはそれで意味があると思ってますが。golf

投稿: bee | 2008.02.22 00:30

ABQチケットの件了解です。が、3月に健康診断があり(日程未定)この日程により飲み会は設定したいと思います。

投稿: @大棟梁 | 2008.02.22 09:30

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