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2008.04.23

08・04・23 深夜の交通事故現場

Car Accident
タクシーで帰宅途中、いつも走り慣れた道が警官たちでブロックされていた。

ゆるく左にカーヴする道だが、どうやらこのトラックは真っ直ぐ突っ込んだようだ。

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2008.04.21

08・04・21 たまにはネガティヴ

ワインを飲みながらNHKの首都圏ニュースを観ていたら、東京ディズニーランドで「賞味期限」切れの幼児用食品を何件か販売してしまったという報道だ。「消費」ではなく「賞味」期限であるから、食品が傷んでいたわけではないし、具体的な被害者が出たわけでもないようだった。TDLからの発表を踏まえてのことだろうが、これが本当に「ニュース」かい?今、皆が知るべきことなのか?

今日の私は別に機嫌が悪いわけではない。血圧だって正常だ。しかし、メディア諸君(ったって、この場合はNHKだけだが)、ちょっと待ってくれよと言いたくなった。

そりゃ、もしかたらTDLのサービス品質の神話時代は終わったのかも知れない。パレードの山車が崩れたというニュースの記憶はまだ新しい。しかし、だ。賞味期限切れを取り上げるのなら、賞味期限切れ商品を定期的に平然とばらまいている業界が身近にあることを御存知ないのか、NHKさんよ、と言いたい。

それは新聞である。宅配の英字新聞である。

私はヘラルド・トリビューン紙(以下、ヘラトリ)を宅配で購読している。この新聞は私の記憶では休刊日はクリスマスぐらいしかない。少なくとも、嵐が吹こうと、阪神が優勝しようと、フセインが逮捕されようとも、日本の新聞業界が頑なに墨守している年に何回もの定期的な休刊日はヘラトリには無いと言ってよい。

日本の新聞の休刊日には日本の新聞は宅配されない。そりゃ、配達しようにもそもそも大元の新聞が制作されず印刷もされないのだから、仕方がない。(正確な理屈は、配達してくれないから制作しない、かも知れないが)

この同じ休刊日に、英字のヘラトリは制作されているのである。新聞はできているのだ。その証拠に駅売りはあるのだ。が、我が家に朝それが配達されたことはこれまで一度もない。私はヘラトリの購読者であるにもかかわらず、それとは関係のない日本の新聞の休刊日になると、側杖を食らってしまうのだ。

ふだん私は、朝、出勤する時に、門の郵便受けから新聞を取り出してカバンに突っ込んで出かけて行くのだが、日本の新聞の休刊日の朝、ヘラトリは届いていない。ないものは仕方ないからカバンは虚しく家を後にするしかない。

夜、帰宅すると、賞味期限切れのヘラトリが郵便受けの中でアクビをして私を待っているのである。

誰が何時頃にこの腐りかけたニュースという商品を平然と配達しているのか。その姿を想像するだにバカバカしくて私は問い合わせをしたこともないし、突きとめようとしたことも一度もない。購読開始時にそういう予告を受けた記憶もないし、毎月集金に来る新聞販売店の人から謝罪された記憶もない。この業界の人はこれがまったく当然だと思っているらしいと察するばかりである。遅れて配達される新聞は賞味期限切れだが、そんな時間に配達に来る新聞屋の職業倫理は消費期限切れと言わざるを得ない。

休刊日にも発行される新聞の宅配をどうするか、恐らく新聞販売店によって対応は色々だろうと想像している。それでも「被害者」が数人にとどまる筈はないだろう。全国で数千、いや数万人にのぼるかも知れない。

新聞ジャーナリズムはこれを問題として取り上げることはないだろうが、NHKならできるだろう。(と私に言われたら新聞人諸君は侮辱だと思ってほしいのだが…)

たまたま、さっきアマゾンから届いたので読み始めたのが我が敬愛する元毎日新聞記者・徳岡孝夫氏の「『民主主義』を疑え!」である。帯には「新聞、テレビはなぜ堕落したか?」と書いてある。「現場」へ行け、「マス・メディア」を疑え、「事実」から目を背けるな、「人は何のために生きるか」、常に考えよ、とも書いてある。

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