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2008.05.11

08・05・09 東京フィル+椎名豊トリオでラプソディー・イン・ブルー

5月9日の金曜日、東京フィルのサントリー定期、じつは、格別の期待もなく出かけたのだが、終わってみたら、予想外の贅沢なもてなしを受けた気分でホールを後にした。

演目は、アメリカの現代音楽が一つ、ガーシュインのラプソディー・イン・ブルー、そしてベートーベンの7番だったが、ガーシュインで一気に今夜は特別だぞというモードに突入した。

そもそも予兆は1曲目にあった。ステーヴン・マッケイ(Steven Mackey)という人のターン・ザ・キー(Turn the Key)という日本初演の作品。

という作曲家の名前も作品名も覚えていないので、いま、あらためてプログラムをひっくり返して書き写しているだけだが、これが、

「曲の冒頭は、打楽器奏者が自由なテンポで手を叩き、ホールの後ろからステージへ向かって歩くようにという指定がある。やや遅れて2人目の打楽器奏者が4分音符=92のテンポで登場。2人のセションとなり、やがて聴衆もこれに参加。そして指揮者がようやく小太鼓へスタートの合図を送って、オーケストラが目を覚ますのだ。」
というもの。

開演前にこの説明を読んで、現代音楽にありがちな作者の独りよがりに付き合わされるうんざり感を想像した。ところが、この演出がけっこういい。一般的に現代的作品とは敵対しがちな保守的聴衆の心理をアッという間につかんでステージの上に連れて行ってしまう。鳴り出した音楽も音色のカクテルがけっこう口当たりがよくて楽しめる。格式にとらわれないアメリカ的なサービス精神に富んでいる。

10分間の演奏はヒュー・ウルフ(Hugh Wolff)という初耳のアメリカ人指揮者=シェフが母国から取り寄せた気の利いたオードブルとなった。この店、けっこう良さそうだ、という空気になったところで10分間の休憩。

2曲目の開演にむけてステージが作られる。中央には見慣れたピアノが1台。いつもと違うのはその横に、ジャズのライブハウスから切り取って来たように、ドラムズのセットとウッド・ベースが置かれたことだ。不思議なもので、もうこれだけで自由な空気がステージに流れている。やがて三々五々座り始めるオケの奏者たちも、すでに心がスイングしているように見えてしまう。

ラプソディー・イン・ブルーの主役はジャズの椎名豊トリオだった。

冒頭、まずピアノソロから入るので、ありゃ?と驚かされる。聞き慣れたクラリネットのグリッサンドはその後で始まった。これがまたアッと驚くJazz感あふれる節回し。

まるでオケがジャズ的に発情して、おれたちも仲間に入れてくれぃニャンニャンと椎名トリオに向けて発したラブコールに聞こえた。フツーはこの関係が逆で、ジャズからクラシックへのおずおずとしたラブコールに聞こえるものだ。YouTubeにあるバースタインの演奏でさえもそうだ。ガーシュインのクラシック作品が時に痛々しく聞こえてしまうのはここに原因がある。東京フィルではそれが逆転したのだから驚いた。

それもむべなるかな。初めて聴いた椎名豊という人のピアノは音の隅々にまで表現の意思が込められており、従ってそこに自ずと一つの人格が立ち現れる、まぎれもない一流の音楽だった。

そのピアニストがこの際はJazz側に居て、要所要所にトリオの即興的と思われるセションを挿入しつつ進行するのだから、もうこのラプソディー・インブルーはピアノトリオ・コンチェルトとでもいうべき形式だった。ジャズが主役としてのびのびと自分の音楽を語りつつオケとも対話を重ねて行く、まことに、これこそがラプソディー・イン・ブルーのあるべき姿かと、図らずも感動が込み上げて来た。

演奏後の拍手がすごかった。ふだんとは明らかに鳴りが違う。ちゃんと伝わるのである。

この形式を企画し椎名トリオを指名したのが指揮者だとすると、ヒュー・ウルフという人はただものではない。ということで、ベートーベンの交響曲第7番ではもっぱら指揮者への好奇心がそそられることになる。

ヒュー・ウルフはちゃんと音楽を指揮していた。そんなの当たり前じゃんと言われるかも知れないが、個々のフレーズを指揮するが音楽を指揮せず、という印象を与える指揮者がいかに多いことか。これは振り始めるとすぐにわかってしまう。

印象的だったのは、第3楽章のトリオの部分のテンポだ。もったいをつけたベートーベン節にせずに比較的あっさりと軽快に足早に通り過ぎて行った。勘違いかもしれないがそう思った。最初はまさにもったいない感じもしたが、第4楽章で激しく人心を鼓舞する仕事が待っているのだから、そんなところでノンビリたるんでいるヒマはないぞ、というメッセージだったような気がする。

その効果なのか、最終楽章Allegro con brioでオケはもうすっかりベートーベンと一体化し激しく波うち燃焼した。この楽章は、精神的運動不足の人間をつかまえて、精神のラジオ体操をしつこく迫る押しつけがましさがあるが、たまに聴く分には気分爽快だ。

改めてカルロス・クライバーのCDを聴いて記憶と比較してみたが、そもそも第2楽章で十分にしんみりして来ているので、流れとしてはヒュー・ウルフの方がスムースであり、全体構成が納得しやすい。やっぱりこのアメリカ人指揮者は凄いぞと思った。

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コメント

初めまして、トラックバックありがとうございました。

ヒュー・ウルフというマエストロ。
ともすれば肉体派演奏会になる恐れもあった当夜のプログラムをそれだけに終わらせなかった手腕は流石でした。
捻りの利いたベートーベンだったのですが楽しんでいただけたようですね。
ぜひまた共演したい指揮者の一人です。

東フィルの定期によく足を運んでいただいてありがとうございます。
また感想などをお聞かせください。

投稿: にのじ@ばよりん | 2008.05.12 03:23

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