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2008.07.13

08・07・13 アジロンや、つはものどもが夢のあと

「ADIRONDACK(アディロンダック)」。忘れられない言葉である。ある資料にタイプされていたその書体までイメージが残っている。

先月、勝沼のレストラン「風」のワイン・リストの中に見つけた「アジロン」。原始的エネルギーを感じさせるラベルだが、インディアンの部族名だからこの絵なのか?と、そういえば2年前にも同じことを考えたことを思い出した。
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ADIRONDACKは、ちょうど30年前、富士通のニューヨーク駐在員であった私にとっては、IBMが開発中の戦略的メインフレーム・シリーズのコードネームとして日常的に見聞きする名前だった。

PCM(プラグ・コンパチブル・メインフレーム)をもって追い上げて来た日本のコンピュータ・メーカを一気に蹴落とそうと、IBMは、大幅に価格性能比を向上させた複数の機種を投入する計画を進めていたのだ。

ADIRONDACKは、その開発部隊の拠点からさほど遠くないところにあるニューヨーク州の山岳地帯の地名でもあった。個々の機種にはLOOKOUT=見晴台とか、それらしい名称が付けられていたものだ。

富士通としては、PCM路線を維持するために、ADIRONDACKのハードとソフトの基本的なアーキテクチャに大いに関心があったし、そもそもPCMの参入の余地を作った高い価格設定による「プライス・アンブレラ(傘)」がどこまで下がって来るのかも心配だった。そうしたIBMの具体的な戦術に関する(今流行りの)インテリジェンス活動をすることが私(一人ではなかったが)の使命だった。

IBMの作戦は多面的であり、単に衝撃的な新機種を繰り出すだけではなく、PCM陣営、特に富士通のインテリジェンス活動についても手の込んだFBIの囮捜査を仕掛けるなど、断固たる対決姿勢があった…と、後になって思ったものだ。

当時は「IBM情報」が一つの小さな産業を成しており、無数のコンサルタントが情報を売り歩いていた…ように見えた。しかしこれも後から冷静に考えると、IBM情報を収集する我々に対して、無数のコンサルタントを仕立てて前後左右からアプローチさせていたのかも知れない。

その中の何社かは、クライアント毎に異なるコードネームを教えておき、じつは、それが業界に広まる伝播プロセスをトレースしていたということを、後年、当事者の一人から聞かされたことがある。まさに一網打尽にするための手を打っていた。彼ら自身も、ある時点まではIBMの企業秘密を流していた事情もあり、その罪を赦してもらうために、IBMやFBIと取引をして捜査に協力していたのかも知れない。真相はわからないが。

我々もあちこちから聞こえて来る情報を徹底的に分析整理して、本来の情報源とそれをエコーしているだけの情報リピーターとを峻別していた。業界付き合いの席で話題にする場合でも、敢えて一般に流通している情報の範囲に留め、真の情報源から得たネタは決して教えなかった。

幸か不幸か、我々の「インテリジェンス活動」は精緻な部分とそうでない部分とが絶妙にない交ぜになっていた。囮捜査側からすれば、この上ない美味しいエサになぜ食いついて来ないのか?と思ったに違いない。今にして思うと「品格」のなせる業だったのではあるまいか。

「原茂アジロン」というメニューを広げて、一瞬のことだが、こんな記憶がよみがえり脳裏を駆け巡ったのだった。

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