2005.09.25

05・09・25 Podcastと私

Podcastの制作のまねごとは依然として充電中が続いていますが、iPodを買って以来、聴く方はもう完全に生活の一部になったと思います。

携帯音楽プレーヤーというデバイスはこれまで幾つも買って幾つも壊して幾つも紛失して幾つも投げ出した。どうも私の身に付かなかった、としかいいようがない。30歳を過ぎてWalkmanに出会った時には自分自身の音楽の青春時代は既に終わっていたということでしょう。今でも音楽は好きではあるけれど、四六時中浸っているわけではないですから。

しかしiPodはひょっとすると長い付き合いになりそうだという予感があります。

iPodではもっぱらpodcastを聴いています。歩行中や電車の中はもちろん、時には車の中でカーステレオにiPodの音をFM電波で飛ばして聴くこともあります。CDもたぶん十数枚は入れていますが、聴く時間の割合で言うと音楽は20%以下でしょう。

私はもともとメディアの好みではラジオ人間なので、世界の(と言っても英語じゃないと困りますが)トーク番組が聴けるpodcastはまさに夢のようなサービスです。毎朝起床するとまずパソコンを立ち上げiTunesとiPodをつないで登録してあるpodcastをupdateします。これが全く億劫に感じない。歯を磨くより楽だ。

まあ、感覚的に言うなら、電子メールを受信するのと大差ない感じで「今日はどんな番組が届いているかな」とpodcastをダウンロードしています。

ニュース、ドキュメンタリー、話題の人へのインタヴュー、業界コンファレンスのプレゼンといったところが定番。その他では、ワイン業界の話題が聴けるカリフォルニアのGrape Radioや、友人がやっている横浜のポートサイドステーションあたり。

結局、素人が訥々とやっているpodcastは全然聴かなくなりました。そこが読むblogとの大きな違いですね。

やはり音声はリアルタイムの時間を消費するので、中身の情報価値やプレゼンテーションの質に対してシビアになるのかも知れません。

といいながら、iTunes Music Storeには殆どアクセスしないし、まだ一曲も買っていないのですが。

以上、iPodを購入して約2ヶ月経過した報告でした。

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2005.08.05

05・08・05 podcastingと音楽著作権

ニフティの"XCOOL"(エクスクール)というpodcastを聴いていると、「一曲目…では聴いてください」と司会者が言うので、音楽が始まるかと思いきや、音楽はまるごとスキップされて次のお喋りへと平然と進行して行きます。

音楽著作権問題があって、番組送信側が、podcastという方式でその音楽を配信する権利を得ていないからこういうことになるのでしょう。デジタルなので劣化ゼロの完璧コピーができること、かつそのファイルを保存し何度でも再生できるとなると、これは楽曲を販売したに等しい結果になるので、だからその部分はカットされるのでしょうね。

iTunesの音楽ストアが昨日ようやく日本でも開店となりましたが、podcastingの中での音楽利用はいつまでもこの問題を引きずるかも知れません。

しかし、考えてみると、DJが「では○○をお聴きください」と紹介した曲が、もともと自分のiPodの中に入っていたとしましょう。何処かで別の機会に購入した結果としてそこにあったとしましょう。そういう場合でもDJがあるコンテクストの中で紹介した曲がブツッとカットされていいものかどうか。

そのiPodオーナーはその曲を再生する権利は購入して持っているのだから、そのまま再生すればいいに決まっています。

ところが今の著作権管理の方式の中で、こういう問題が解決できません。不特定多数の人にダウンロードさせてよいだろうか?いや、ダメに決まっているでしょ、というところで思考停止しちゃいませんかね。

もしも、個々の楽曲に固有のidが降られていて、podcasterのDJが「では○○をお聴きください」と言った時に、必ずしもその楽曲のデータがそのDJのお喋りデータと同じファイルの中に統合的に存在する必要はないでしょう。

楽曲の生々しい音声データではなくて、その楽曲の固有のidだけをDJのお喋りの中に組み込んでおくという方法が考えられます。

そうすると、mp3プレーヤーのような再生プログラムがそのidの楽曲を、利用者のiPodの中から探すのです。持っているかどうか、と。もし存在したら再生する。その場合は、聴き手には、DJのお喋り→楽曲紹介→楽曲再生…という自然な展開が聴こえます。

もしも当該idの楽曲がデバイスの中に見つからない場合は、やり方は幾つかあるでしょうが、例えば、ただちにミュージックストアに接続して購入を誘うことが考えられます。(そもそもこのような場面で新曲を年間100曲までは5000円で自動購入する、なんていうライセンス契約があってもよい。) さもなければ、あっさりと音楽はスキップして(file not foundということで)DJのお喋りの続きに進んでもよろしい。

要は、podcastとしての音楽番組で厳しい著作権管理を求めるのなら、音楽データを直接配信するのではなくて、むしろ楽曲のidだけを配信し、そのidの楽曲が利用者のデバイスの中に存在する場合だけ再生するという方法があるということです。

なんだか馬鹿馬鹿しいように感じられるかも知れないですが、iPodでのシャッフルという概念のことを考えてみると、これはもともと自分が所有している音楽の数々が思いがけない順番で再生されることに新鮮な面白さがあるわけでしょ。

podcastとして飛び込んで来たDJのお喋りと音楽プログラム編成も、仮に紹介された全曲をiPodの中にもともと持っていたとすると、これはシャッフルの一種に過ぎないでしょう。

自分が持っている曲ばかりだといってそのDJ番組に価値が無いとは言い切れない。知っている音楽、持っている楽曲を、新しいコンテクストの中に並べて聴かせるのがDJの技であり価値でしょう。

podcastingの前に立ちはだかる音楽著作権問題をやや緩和する一つの試案でした。

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2005.07.24

05・07・24 Podcastingの気恥ずかしさ

「050724BeesTalk.mp3」をダウンロード
先日のコンテンツはICレコーダ一本で制作したので音質がひどかったのですが、今回はちょっと設備投資をして改善しています。

ま、ただ、トークの中でも触れましたが、音声ブログはテキストや写真とは別世界だなと思いました。面白い点はとうぜんありますが、これはなかなか続かないだろう(自分のことを言ってますが)と感じます。

テキストや写真だけの方が遥かに楽だということです。

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2005.07.22

05・07・22 "Bee's Talk" Podcastingの練習

Beeをダウンロード
BeesTalk20050721TrialEdition.mp3がファイル名です。
どうもRSSが配信されないみたいなんですが、とりあえずこのままにしておきます。
ニフティのpodcasting juiceの指示どおりにやったつもりなのですが…。

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2005.03.30

05・03・30 ブログが花粉症化してる

「ふうてんのタマさん」がblogを始めましたね。

レガシー・ホームページからなかなか出てこなかったのですが、ヒョイと暖簾をかき分けてサッと入って来て、もう昔からやってるみたいな風格があります。

最近、SF作家の森下一仁さんも、と言っても私は別に知人でも読者でも何でもないのですが、レガシー・ホームページからblogに乗り換えました。

時々のぞいていたこの方もつい最近blogを開設されました。

まてよと調べると、ホームページ歴はそうとう長いとお見受けするこの方も今年の1月からだ。

皆さん妙にタイミングが一致しています。

なんだか、この間まで花粉症なんか知らんと言ってた人が今年はたまらんとクシャミしたり鼻水を流したりするのと似ているような気がする。

ただ、どうも以前から個人ホームページをやっておられた人ほど遅めの参入になるもののようで。

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2005.03.17

05・03・17 ネット新聞は金を取れるか?

3月14日づけのNY Timesの記事"Can Papers End the Free Ride Online?"、つまり新聞は無料のネット版を止められるか?は考えさせられますね。西暦2005年は新聞というメディアの歴史に残る重要な年になるのではないかな。

というのは、ニューヨークタイムズ紙のネット版を見に来る人の数が2005年1月時点で毎日140万人になったそうで、どうやら紙のNY Times紙の購読者数を追い抜いたことが確実だというのです。

言い換えると、購読料を払ってNY Timesの紙版を読んでいる約120万人弱の他に、ネットで一銭も払わずにほぼ同じ情報を得ている人が140万人いるという話なのです。

それだけ人が来ていればネット版の広告収入はけっこうな額になっているかと思いきや、どうも一般的には新聞社の全収入の2-3%にしかなっていないとのこと。

単純にこのアンバランスな数字を見れば、高いコストを掛けて制作したコンテンツをチューチューと吸い取り続ける、なんか詐欺師のような、禍々しいネット害虫にでもとりつかれたような心境にならざるを得ないでしょう。

Katherine Q. Seelye記者のこの記事は、このままネット版が無料のまま広告収入だけでやって行けるのだろうか?といって単純に有償化すればいいというものではないことも既に色々な事例から分かっている。だから有償?無償?有償?…と、もう花占い状態で、決心がつかずに悶々と悩む。この先、ますます進むネット時代に新聞ビジネスはどういうことになってしまうのか?ということを問いかけているのでした。

そもそも新聞って何だっけ?テレビって何だっけ?で、広告って何だっけ?

どうもネットの普及が進んで来るにつれて、こうした基本的な問題を自問してみる必要が色々と出て来そうですね。

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2004.04.13

04・04・13 RSSリーダー利用急増中

たまに見に行っているSharpReaderの開発者Luke Huttemanのblogに、4月6日の提供開始一周年を記念してこの一年間のダウンロード数推移が公表されています。

1年前の4月には5000回ほどだったのが今年の3月は45000回です。たった一年で9倍。累計では15万回以上となっていますが、なんといっても注目ポイントは2004年に入ってからグラフが急にグイグイと伸びていることですね。

私もShapReaderを使っています。よくできているなといつも思っています。Luke Huttemanのこの記事にも祝福感謝のコメントが嵐(でもないか?)のようについています。

【後記】グラフ画像をココログの領域にコピーして使っていますが、Luke Hutteman氏の許可を得たものです。彼いわく、自分のサーバの負荷を少しでも減らすのに協力してほしい、とのことでした。なるほど。

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2004.03.11

04・03・11 BLOG="Better Listings On Google"に座布団一枚!

Executive Summary Consulting, Inc.のRick E. Brunerさんがblogについて面白いことを言っています。

BLOGとは? Better Listings On Google だというのです。

おもわず膝を叩きたくなるじゃありませんか。確かにgoogleではblogが上位に出やすい。日頃実感しています。

彼がこのことを2月下旬のDMAのセミナーで紹介したものだから他でもちょっと話題になっています。

もっともこの解読の元祖はJohn LawlorさんなんだとBrunerさんはクレジットしています。でもLawlorさんのサイトにはそのことが書いてありません。

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04・03・11 RSSがネットサーフィンを寄り倒した歴史的瞬間

InfoWorldでは、とうとう、そのホームページが閲覧される回数よりも、RSS feedがリクエストされる回数の方が多くなったそうです。

いよいよネットサーフィン時代の終わり。

同誌のコラムニストChad Dickersonは、"RSS tipping point"と題するメッセージで、この傾向が永遠に続くとすると、今、歴史的な瞬間に立ち会っているのだと興奮しています。

tipping pointというのは、物事の流れがある方向に少しずつ傾いて行き、いよいよ元に復元する見込みがなくなる限界点のことを言っているようです。社会学の用語なんだそうですが知りませんでした。でも、今覚えました。

土俵際でウーッと堪えていた力士が「ダメかっ」と諦めて土俵下に倒れる落ちる瞬間のイメージですか。寄り倒しでRSSの勝ち。負けたのはネットサーフィン。

これからネットの世界は大変な構造改革がおきそうですね。

そういう歴史的な瞬間を迎えた本日、ツツイドンがblogを始めました。ギリギリセーフでしたね。

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2004.02.15

04・02・15 blogは微細トラフィック発生装置

子供の頃、怪しい駄菓子をなめながら青洟をすすり上げつつ見た紙芝居。その「国性爺合戦1巻」の動画実演がネットでリアルにみられます。個人的にはライオンマンが印象に残っているのですが残念ながらこのドコモの電子図書館には登録されていません。

ここの紙芝居の歴史からちょっと引用すると

戦後になると、街頭紙芝居は再び急激な勢いで復活を遂げます。1946年(昭和21年)には、『ライオンマン』、『黄金バット』などの紙芝居が演じられ、戦災で職を失った人や復員兵などを中心に実演者も一気に増加しました。街頭紙芝居の戦後のピークは1952年(昭和27年)、東京で約3000人、全国で約5万人の紙芝居演者がいたと言われています。
そうか、そういうことだったのか…と遠くを見る目になってしまいます。※下線は私がつけました※

…てな具合に、blogの記事にはよそのサイトへのリンクが含まれることが多いですよね。そもそもblogの原点は「このサイトに注目!」といった紹介リンクだったと聞きましたし。

こういうblogに来た人の何%がリンクをクリックして他のサイトに跳ぶだろうかと考えると、私のこの記事の場合は、おそらく80%以上ではないかと推察します。どうでしょうか?

blogと対照的なのが例えばニュースサイトでしょう。今朝のAsahi.comのニュース「旅館全焼、宿泊客計80人が避難 秋田・横手」は秋田県横手市大町の旅館平利(ひらり)という文化財旅館の火災を伝えていますが、記事の中には一切リンクがありません。

こういうサイトはネット上の目的地ではあっても、そこから他のサイトへのトラフィックを発生させる機能は弱い。あったとしても検索エンジンに行って旅館の名前を入力してみることぐらいでしょう。

blogってなんなの?と聞かれると、ついつい

「個人の公開日誌のようなものかねぇ」
「そりゃ気持ち悪くないかい?」
という会話へとねじれていって、だんだん
「やっぱりオマエはヘンなヤツだ」
という溝にはまって悶えることが多いでしょ。昔のパソコン通信時代も我々は暗い溝に放り込まれておりました。

blogが果している重要な役割は、紹介リンクや推薦リンク、あるいは記事のネタとして埋め込まれたリンクを通じて、ネットワーク社会のあちこちに分散して、無数のミクロなトラフィックを発生させていることじゃないか、と私は思うようになりました。

検索エンジンを中心に発生する巨大な噴水というかシャワーのようなトラフィックとは違うのですね。

どう違うか?分散している、ミクロである、さらに、リンクに推薦者の評価がくっついていたり、リンク関係が本当の人間関係だったりすることです。つまり人間的リレーションが絡んでいる。

検索エンジンというのは、現状でもゴミが多いし、結果が何百何千と出てきても見切れないし、実は必要な情報に的確にガイドできているか怪しいでしょ。

やがてblogも数が増えて、つまりご紹介・ご推薦リンクの毛細血管ネットワークが発達して、ミクロを足し合わせた規模が巨大になったとするとどうなるか?楽しみですね。

blogって何だ?と聞かれたら、これからは「微細トラフィック発生装置」なんだ、とも言ってみようと思いますが、でも、もっとうまい言葉はありませんかね。

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